紅茶の香り(2)
「おばあさーーん!! こんにちはーー!!」
少女の声が森の隅でこだまする。
立派な大樹と豊かな緑に囲まれ、蔦の張り付いた古い店看板。
おそらくここ数年は人の手が入っていないだろう。しかしショーウィンドウには手入れの行き届いたガラスの照明と紅茶の缶が飾られている。店自体は営業中なのだろう。
しばらくショーウィンドウをじっと見つめていると、窓の向こうが明るく光った。それと同時にくぐもった声が聞こえる。
「はい、はい」
「あ、おばあさん!!」
からん、とドアベルが音を立て、蔦まみれの扉が開かれる。
そこから顔を出したのはシワの深い老婆。腰を痛めているのか、杖を片手に握っている。
「おや、お客さんかい……? わざわざこんなところに来るなんて珍しいねぇ」
「ご、ごめんなさい!! もしかして休業日でした……?」
「いやそうじゃないんだけどねぇ……店先でもなんだし、入っとくれよ」
はい、と言って少女は店内に戻っていく老婆の後を着いていく。同じく僧侶も店内に入ると、埃っぽい匂いが少女の鼻をくすぐった。
「けほっ……やけに埃っぽいですね……」
「ここ数年は営業していませんからねぇ……」
「? その割にはショーウィンドウがやけに綺麗だが……」
僧侶はショーウィンドウに飾られたガラスの照明と紅茶の缶を見やる。埃一つなく照明の光を反射している。
「ああ……いやなに、あの照明と茶葉の缶は思い出の品なのでね……」
「あの、おばあさん、私の事覚えてませんか? 五年前くらいにここで紅茶を買ったんですけど……」
「さぁ……五年前なんて覚えてないからねぇ……それよりも、なにか買いにいらしたんですか?」
老婆は杖をつき、椅子に腰掛ける。
店の外からでは中の様子があまりよく分からなかったが、老婆の言う通り店内に商品は見当たらない。
「あの、これ……この茶葉が欲しいんですけど……ありますか?」
「んー……?」
少女は種が入った缶を老婆に見せる。缶の表面には茶葉の名前と茶葉の絵が描かれている。だが、ところどころ剥げているせいで少し見づらい。
老婆は首に下げていた老眼鏡を手に取ると、缶の表面を眼鏡越しにじっ、と見つめる。
「これは……プレシアだねぇ」
「! そ、そう!! それなんです!!」
「でもねぇ……」
「?」
老婆は缶から目を離すと、うつむきがちにため息をついた。
──なにか事情でもあるのかな?
「店主。それは今、営業していないことと関係あるんだな?」
「ええ……まぁ、見てもらった方が早いですかねぇ」
老婆は膝に手を付きながら立ち上がると、店の裏口へと歩き、二人に向かって手招きした。少女は首を傾げ、僧侶は不機嫌そうに裏口へと向かう。
裏口を出ると、そこには雑草が好き放題に生え、手入れの行き届いていない畑があった。しかしよく見ると、何かが植えてあるのが分かる。
「これはなにを植えてるんだ?」
「茶の木だったものさ」
「だった?」
少女が聞き返すと、老婆は地面に膝をつき、悲しげに呟いた。
「──数年前、突然この畑に植えていた茶の木が全て枯れちまったんだよ」