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紅茶の香り(1)

「は?」


 頭上からの鋭い視線が少女の身体に刺さる。


 ──え、もしかして怒ってる? でもそんなことした覚えもないし、嘘なんてついてないし!!



 向こうにも僧侶としての立場や、わざわざ辺鄙な場所にまで足を運んだ苦労があるだろう。

 しかしここはお帰り願おう。そう思った少女は目元に溜まった涙を拭う。そして引き攣る喉をなんとか抑えながら言葉を紡ぐ。


「そ、そういうことなので!! お、お帰り……ください!!」

 

「……つまり、認めない。ということか?」


 凄まじい視線に、少女は負けそうになる。

 魔術師には目を合わせながら会話をする文化がない。そのせいか余計にその視線から圧力を感じてしまった。

「そっ、そうです……!! そんなこと、した覚えもない……ので!!」

「それは困る」

「……? こ、困るって、な、なにが……?」


 聞き返そうと、俯きがちだった顔を上げた途端、少女はずっと玄関で会話をしていたことに気づいた。

「あっ、と………」

 外の日差しが相手に遮られていたことに遅れて気づき、そういえばこの土地は高所で太陽の光が厳しいことを思い出した。

 ずっと立たせるのはあまりにも失礼だ。

 あくまで罪の真偽を問おうとしている人に対しての態度がこれだと、まるで隠し事をしているような怪しい人物と思われてしまう。


 情けなく泣きっ面を見せた手前、態度もなにもないが、せめて善人だということを示さないと罪人にさせられてしまう。

 少女は黒のローブの裾で目元をゴシゴシと擦った。


「な、長話もあれなので、中でお茶でも……どうでしょうか……?」

「! ……貰おう」

 少女が体を横に移動させ道を開けると、ぬっとした白の巨体が部屋に入っていく。


 ──頭が天井にぶつからないかな……


 魔術師は長命童顔低身長の集まりでもある。そのためなかなかこんなに大きな身内はいない。家だって魔術師用に小さくしてある。

 だからこそ彼が窮屈に感じてはしまわないだろうか。と彼女は懸念する。


 ──一応、高めにしとかないと。


「………屹立(アボーブ)


 僧侶には聞こえないように呟く。魔法を使うところが見えると不審に思われるかもしれない。後ろ手に杖を隠して、魔力の雫を一滴地面へと落とした。


 ──これで大丈夫。


 ゆっくりと音を立てずに天井が上へと移動していくのを見届ける。


「……ん? なにかしたか」

「いっ、いえ!! なにも!!」

 袖の中に素早く杖をしまいこみ、目の前で両手を振ってみせる。 


 ──僧侶さんに魔法を使うところなんか見られたらそれこそ、軽率に魔法を使うバカみたいな女に見られちゃうよ!!


「そ、それよりも紅茶飲みましょう!! この近所に、小さいんですけど美味しい茶葉を売っているお店があって、」

 そそくさと玄関から急ぎ足で台所へと向かう。

 たしか魔法で茶葉も復活しているはず。

 カコン、と缶の蓋を開けて匂いを嗅ぐ。うん、土のいい香り。



 ───うん? 土の香り?


 缶の中をもう一度よく見る。色は焦げた茶色で、まるで豆のような大きさ。

 おかしい。いつも飲んでいる茶葉は葉っぱであってこんな大きな粒じゃない。

 そこまで考えて、おそるおそる人差し指と親指で缶の中から一粒、その焦げ茶の豆粒をつまみ上げる。

「………なに、これ」

「種だな」

 どっ、と汗が流れ、顔が青ざめる。


 ──種? でも私、魔法で再生させただけなのに、まさか茶葉のなる木の種にまで戻っちゃったの!?


「ちょ、ちょっと私、茶葉を買ってきます…!!」

「待て」

 肩を捕まれ、外に出ようとする少女の体がその場から動かなくなった。

 べールを被っている少女からはその僧侶の表情は見えないが、声のトーンから怒っているようにも聞こえる。


 ──ひ、ひえええええ。


「い、いや、その、あの……っ、け、決して逃げるわけでは無いので……!!」

「………逃げるつもりだったのか?」

「いっ、いえいえそんな!!」


 おそらく今振り返れば間違いなく殺されるのだろう、というほどの声の低さ。


「茶葉を買いに行くのだろう?」

「っえ、は、はい」


 肩から手が退けられる。

 おそるおそる振り返るとそこには、眉間にシワの寄った険しい顔。心做しか呆れているようにも見える。

 少女の緑色の瞳が、僧侶の赤色の瞳を捉える。



「───なら、俺もついていく」







 ───な、なんでなんでなんでなんでなんで!?

 

 少女は古びた家の扉を両手で勢いよく閉めた。

 視界に映る袖は普段中々着ないような、厚手のもの。そしてその肩に掛けているのは、五年ほどタンスにしまい込んでいたショルダーバッグ。

 なにもかもがいつもの日常とは異なり、少女の頭はパンク寸前だった。


「それで、その茶葉を売っている店はどこにあるんだ」

「あー、えっと……その」



 まさか僧侶と一緒に出かけることになるとは。

 少女は額に手を当てため息をついた。

 接待のための紅茶の茶葉を、接待しなければいけない相手と買いに行くなんて。

 いや、これはきっと監視だ。逃げ出さないように見張るための監視に違いない。

 けれど──

 

 

「どうしてこんなことに……!?」

「聞いてるか?」

「あっ、はい!! えーと、この道を右に……」



 ───こうなったら仕方ない!! 私が悪人じゃないことを、証明するしか!!


 



 

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