思い出の愛(7)
「申し訳ないわ……女の子がいらっしゃるなんて思ってなかったので興奮してつい……」
「つい、で誘拐するな」
骸骨なのに不思議と表情がよく分かる。スケルトンがどんな仕組みで動いているかはよく分からないが、その言葉と表情に悪意がないのは分かる。
「奥様……今度は何があったんです? おいらに八つ当たりしてもいいけど、なにがあったかは言ってもらわないと……」
「ブラウニー、申し訳なかったわ……気が動転してしまいまして……」
「んで? その女の子に相談したんだ?」
奥様、という割にブラウニーの態度は友人のそれだ。
先程まで泣いていたプレシアでさえスケルトンの手を握り、慈しむように撫でている。
「何を相談したんだ」
「ワタクシが……ブラウニーを追い出した原因、いえ理由……ですわ」
そう言うとスケルトンは穴の開いた目を狭める。人間でいうところの、"目を伏せる"行為だろう。
「ワタクシ、実は男性の方とお付き合いしていましたの……あの方は音楽が大好きで、ワタクシも多少音楽には興味がありました……」
ぽつぽつ、とスケルトンは話し始める。長い話になりそうだったため、ギルバートは近くにあった椅子に腰掛けた。
「それで、意気投合してお互い付き合い初めて、明日結婚式を挙げる予定でした……なのに……なのに、あの方は……」
スケルトンは両手で顔を覆う。
「『旅に出る』と言って、ワタクシの元から去ってしまったのです!!」
「なんて悲しい……」
わっ、と泣き出したスケルトンに寄り添うようにプレシアが慰める。
が、ギルバートの頭の中では疑問が湧き上がっていた。
───今のどこに泣く要素があったか?
たしかに結婚式直前に旅に出るのは無礼であり、常識のある行動とは言えない。たかが旅だ。すぐに戻ってくるだろう。
しかし、事態を理解していないギルバートの耳にブラウニーの囁き声が聞こえた。
「……『旅に出る』ってのは、結婚を断ったってことさ。もう二度と戻ってこないって意味だよ」
「──なるほど」
つまり、結婚を断られた悲しみでブラウニーに八つ当たりをしたと。
「それを解決することは俺たちにはできない。………新しい奴を見つけろ、そう言うしか……」
「ギルバートさん!」
「……?」
プレシアはギルバートへと駆け寄る。そしてギルバートの耳もとに顔を寄せると小声で話し始めた。
「ダメなんです。私も昔の人を諦めたらどうかって提案したんですけど、忘れられないらしくて……彼女が結婚したいとまで思った人なんです。何か、他のもので彼女の悲しみを癒してあげられませんか……?」
「………俺に何が出来るんだ?」
「え、えーと、その……祈りの力とかで……」
「それをするとスケルトンが浄化されるんだが」
「あっ、そうだった……うーん、どうしましょう……」
プレシアに相談しただけでも気を紛らわすことができたはずだ。それ以上のことを求められても、ギルバートに為す術はない。
べール被りの魔女ではなかったことが判明し、ギルバートにはもうここに居る理由がない。多少の慰めを告げてここはもう帰るしか───
「あれ? これ、ギルバートさんのですか?」
プレシアがギルバートに問いかける。そのプレシアの手にはギルバートが今朝購入した贈り物があった。
「!」
───しまった、部屋に入る時に落としたのか!
いつ渡そうかとタイミングを見計らっていたせいで、咄嗟に返事をすることが出来なかった。その間にもプレシアが箱の包みを開けていく。
包み紙を剥がれ、箱の蓋が開く。
「……これ、オルゴール……ですか?」
中に入っていたのは手のひらに乗る程度の小さなオルゴール。ハンドルを回すことで音楽が流すことができるタイプだった。
プレシアは試しにそのハンドルを回し、オルゴールを鳴らしてみる。
「この曲……すごく綺麗です」
「あぁ……あぁ……」
曲が部屋に響き出す。すると、スケルトンはプレシアの方へと歩み寄っていく。
「どうしたんですか? 奥様……?」
「こ、この曲……この曲は……あの方がいつもワタクシに口ずさんでくださった曲……」
スケルトンはプレシアの腕にしがみつくと、その場にしゃがみ込んだ。
「この……このオルゴールを……ワタクシに譲って貰えないでしょうか……?」
「え、で、でも……」
プレシアはギルバートの方をちらりと見る。もともとそのオルゴールはプレシアへの贈り物として購入した物。
プレシアがどうしようとギルバートが文句を言う資格はない。
「……好きにしろ」
「! じゃ、じゃああげます。どうぞ…!」
プレシアがスケルトンにオルゴールを手渡すと、スケルトンは嬉しそうに目の穴を大きく開く。
「感謝致します……!! あの方の歌……大好きなのですわ……フラれても、置いていかれても忘れられない……だって今までの思い出は、私への愛が込められていたのですから……」
そう言ってスケルトンはハンドルをゆっくりと回し、オルゴールの音色を噛み締めた。




