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思い出の愛(5)

 コツン、とプレシアの靴音が屋敷内に響く。屋敷内は、外の明るさを完全に遮断しており照明もついていないため真っ暗だった。


「ひ、ひぇ………ここに入るんですか……?」

「ああ」


 庭の景色といい、屋敷の様子といい、不気味な雰囲気がプレシアの背筋を凍らす。

 思わず泣き出しそうになるが、ぐっと堪える。


「え、えっと……奥様はどこにいるんですか……?」

「多分自分の部屋だろうなぁ。ほら見てよ、カーペットの染み。きっとワインをぶちまけたんだ、後で掃除しなきゃ」



 ──え?


 思わずブラウニーの指さしたカーペットを覗き見る。真っ赤なカーペットに染みがあるようには見えない。言われてやっと気づく程度だ。


 ──それよりももっと気づくところない…?


 カーペットには虫食いがところどころあり、端っこは破けている。本当にこの家にブラウニーが住み着いていたのかと疑問に思うほどだ。


「この……虫食いとか、破けてるのは別にいいんだ。奥様の趣味だから」

「趣味……!?」


 こんなのが趣味な人が居たとは。もしかすると、とんでもない屋敷に入り込んでしまったような気がする。




 一番後ろに居たプレシアは、いつでも屋敷から出られるようにドアノブに手をかけた。が、


「あれ、開かない……?」

「あー奥様の許可がない人は自由に出入りできないんだ。許可をもらうには奥様に会わないと」

「え」


 ───ってことは、奥様に会わないと帰れない!?


 プレシアはおそるおそる屋敷の奥を覗き込む。真っ暗で、何かが潜んでいそうな雰囲気。思わず涙がでてきそうだ。


 そんなプレシアをよそにどんどんブラウニーとギルバートは先を行く。


「あっ、ま、待ってください……!! 私も行きますから……!! だから、置いてかないでくださーーい!!」








「ひっ、い、今っ!! か、っ鏡に!! 何かが!!」

「何か居たか?」

「多分ウィスプだと思う。暗闇を照らそうとしてくれてるんだ、悪気はないよ」

「あっ………そう、そうなんですか……」


 ───でも、怖いでしょ!?


 プレシアは杖の先に光を灯す魔法をかけ、身を縮こませてギルバートとブラウニーの後を着いていく。

 ブラウニーは片手にカンテラを持ち、迷いなく屋敷内を進んでいくがギルバートは暗闇を気にしていないらしい。

 暗闇が怖くないんだろうか。


「うぅ……帰りたいです……」


 でも帰るためには奥様に会って、屋敷を出ることを許可してもらわなきゃいけない。

 なんだかやってることとやりたくないことがごちゃ混ぜになってる気がする。


「いつもこんなに暗いのか、見づらくないか」

「いいや。多分奥様が暗くしてる、そういう気分なんだ」


 まるでこの屋敷は、奥様の体内のようだ。プレシアはそんなふうに感じた。暗い気分だから暗く、けれどごちゃごちゃに荒れているわけじゃない。本当に悲しんでるんだ。

 心做しか雨が降っているような、じめじめとした気分になる。


 廊下に飾られている肖像画の前を通る。あまりにリアルな絵で、いまにも動き出しそうだ。


「お願いだから動かないで……」


 一人、二人、三人………と貴族風の服装を着た男女の肖像画を横切る度、心臓が飛び出そうだ。なんとなくこちらを見ているような、そんな視線が怖い。

 杖の光に照らされて、徐々に見えてくるのは綺麗な女性の肖像画。これが最後の肖像画だろう。



 ───気にしない、気にしない。


 と心で何度も念じながら、通り過ぎようとして、その肖像画の女性が話しかけてきた。





「あなた……」

「きゃあああ!?!?」


 咄嗟に前に居たギルバートにしがみつく。


「い、いまっ、しゃ、喋っ!!」

「絵が喋る訳が……」


 ギルバートはプレシアの方を振り向き、そしてプレシアの指さした肖像画を見る。

 話しかけてきたのは、黒い目と黒い髪をストレートに伸ばした綺麗な女性。大きな瞳をじっとプレシアに向け、問いかけてきた。


「あなた………女の子、よね」

「へっ、あっ、そ、そうですけど」

「────来て」

「え」



 その女性の言葉を聞いた途端、プレシアの視界が傾いた。いや、違う。視界ではない、足が床に沈んでいるのだ。


「!? な、なにこれ……!?」

「何をした!?」

「───来て」


 どんどん、どんどん沈んでいく。何か掴むものはないかと手をさまよわせるが、なにもない。

 ギルバートがプレシアの脇に手を入れ、引っ張りだそうとするが一向に上がらない。


「ど、どうしよう奥様がお怒りに……!?」

「これはそいつの仕業なのか!?」


 慌てだしたブラウニーとそれを問い詰めるギルバートが見えた。が、もう肩まで沈んでしまった。


 ───嫌、いやだ。このままじゃ……


 下半身の感覚がない。もがいているはずなのに、全く動かない。

 一体どうしてこんなことに。


 手をギルバートに向けて伸ばす。ギルバートもそれを掴むが、滑るようにその手が離れた。






「────ぁ」




 手の離れる感覚を最後に、プレシアの意識が暗闇に囚われる。


 プレシア、と呼ばれる声が小さく聞こえた。




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