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思い出の愛(4)

 正直に言うと、自分は体力の無い方だと思う。年単位で外出するくらいで、掃除だって料理だって魔法で済ませてしまう。


 だからこんなに息切れしてしまうのは仕方ない。


「っは、はぁっ……はぁぅ、はぁ゛っ……」


 右腕、左腕を交互に振って前へと進む。

 その先には真っ白な服を靡かせ凄まじい勢いで地面を駆けるギルバートと、小柄な体格で足場の悪い獣道を飄々と走っていく姿があった。

 しかし徐々にその姿が小さくなっていくのを見て、プレシアは思わず嘆いた。


「まっ、待って……まってくださぁい……!!」


 いくら嘆いても前方にいる二人には聞こえない。もう米粒大にまで小さくなった姿を最後に、プレシアはその場に立ち止まってしゃがみ込んだ。


「はあっ、はぁ……も、もう無理です……!!」


 顔の横に垂れ下がったべールを元の位置に戻しつつ、呼吸を整える。こんなに走ったのは何十年ぶりだろう。


「………もう、追いつけ、ないよね」


 すっかり前の二人の姿が見えなくなり、プレシアは俯いた。額にうっすらと汗が滲み出し、背中にべったりと服が張り付く。



 ───これだから、本当に魔法は不便。


 いくら難しいことが出来ても、誰にも出来ないことが出来ても、あまりにも不便だ。

 だって、誰にでも出来ることができないんだから。


「はぁ………」


 もう走ってきた道は覚えていない。プレシアは深いため息と共に、これからどうしようかと悩み始めた。

 ギルバートはおそらく、ブラウニーの言う奥様──べール被りの魔女に会いにいくのだろう。


 自分以外のべール被りの魔女。なんだか、その言葉を反芻するだけで胸の奥がざわつく。


「………でも、私のことじゃないはずだもの」


 災厄を起こした覚えは本当にない。そもそも災厄を起こせるほどの魔力が自分に内包されているはずがない。

 災厄級の魔力を持っているとしたら、祖母かその友人達かもしれない。小さな頃に会ったことがあるが、いまでも元気だろうか。


「…………会いたいな」

「誰にだ」

「うひゃあっ!!」


 突然聞こえた野太い声にプレシアは腰を抜かし、ひっくり返った。


「なっ! えっ、ぎ、ギルバートさん……?」


 随分と遠くまで行ってしまったはずのギルバートが目の前に居た。まさかブラウニーを諦めたのだろうか。


「ぶ、ブラウニーは……?」

「捕まえた」

「えっ、つ、捕まえた!?」


 プレシアはギルバートの手に視線を移す。するとそこには首根っこを掴まれてじたばたと暴れるブラウニーの姿があった。


「離してくれよー! 奥様が大変なんだよー!」

「その前に、案内してもらおう」

「ええ!? あんたらを!?」


 ブラウニーはピタリと暴れるのをやめ、ギルバートとプレシアを見る。


「う、うーん……おいらを助けてくれたし……案内するだけなら……もしかして、奥様に会いたいの?」

「ああ、確認したいことがある」

「僧侶なんかじゃないよね?」


 どき、と心臓の鼓動が早まった。

 果たしてギルバートは嘘をつくことに躊躇する人だろうか。真面目な人だというのがプレシアの感じた印象だ。

 ここで真面目に正直に言ってしまえばブラウニーの怒りを買い、べール被りの魔女には会えなくなる。

 それはつまり、


 ───私が災厄を起こしたべール被りの魔女、ってことになってしまう。

 それは避けたい。本当に。

 冤罪ほど辛いものはない、とプレシアは思う。だからこそ無意識に願ってしまうのは仕方ない。


 ───お願い、嘘をついて。





「………ああ、僧侶なんかではない」


 ギルバートは数拍おいてそう言った。

 嘘を、ついた。



 プレシアは安堵し、ゆっくりと立ち上がった。ブラウニーもそれを聞いてすっかり落ち着いたようだった。


「そっか、じゃあ案内するよ」


 愛嬌のある大きな瞳が、太陽の光を反射してきらきらと輝く。

 その晴れやかな顔には一切疑心が感じられない。なんとか信じてもらえたようだ。





「で、そこを右だよ」


 ブラウニーの指示通り、プレシアとギルバートは右に曲がる。

 最初見た時はただの獣道だと思っていたが、よくよく見ると木々がまるで道を作っているようになっていた。これがブラウニーの通り道なんだろう。


 ───歩きずらいけどね。


「そういえば、どうしてあなたはあんな場所に挟まってたの?」

「あー、追い出されたときに魔法で吹き飛ばされたんだよ」

「………ひどい奥様だな」


 確かに。家の世話をしてくれるはずのブラウニーを魔法で追い出すなんて。

 そもそも、ブラウニーを追い出した理由も分からない。


「さっき、怒られた、って言ってたけど……なにか悪いことでもしたの……?」

「まさか! 奥様の悪い癖さ! 悲しいことがあるとボクのような妖精に八つ当たりするんだ」

「や、八つ当たりって……」


 ブラウニーは呆れたように腰に手を当て、やれやれと首を振る。どうやら一度ではなく、今までにも同じことがあったようだ。


「でも助かったよ、いつもは門前に叩きつけられるだけだったけど今回はかなり遠くまで飛ばされたからね。それに枝に挟まって痛かったよ……」

「で、でも、なんでそんなふうにされてまでその……奥様の家に住み着くの? 嫌になったりしない……?」


 うーん、とブラウニーは顎に手を当てしばらくの間、唸る。


「八つ当たりすることもあるけど、でも普段はいい人なんだ。おいら達みたいな妖精は家の世話をするときにその家に住む人の衣類を借りたり、食料を少しだけ貰うんだけど……奥様はおいら達がちょうど欲しいと思った物をこっそり用意してくれるんだ」

「八つ当たりされてもいいくらいの物なの……?」

「いや、物の問題じゃないんだ! こっそりくれること。これが大事なんだ!」

「こっそりくれること……?」


 そういえば祖母が過去、家に住み着いていたブラウニーに豪華なブレスレットを直接与えたら、ブラウニーが出ていってしまったことを思い出した。

 案外、彼らは何をくれるかよりもどうくれるかが大事なのかもしれない。


 それを思うと、その奥様は彼らの理想の主人だとも言える。


「だからおいらは一生あの奥様についてくって決めたんだ! でも……」

「でも?」

「今日の奥様は……いつもより悲しそうだった。あんなに怒って周りに八つ当たりする奥様は見てるこっちが悲しくなるよ……」


 ブラウニーは悲しげに肩を落とす。なんだかそんなブラウニーを見ているプレシアも切ない気持ちになる。

 なんとかして、奥様の悲しみを解決してあげられないだろうか。べール被りの魔女であろうが、悲しんでいる以上は力になりたいのがプレシアの性分。それに、妖精のような魔物を助けるのが魔術師の本懐だ。


「あ、そろそろお屋敷だ。そこを左だよ」

「あれ? でも、こんなところにお屋敷なんてあったっけ……?」

「普通の人に見つけられないように魔法で隠してるんだ。奥様は人嫌いだから」



 木々の間を抜け左に曲がると、柵が見え、その奥に壮大な屋敷が見えた。

 確実に森の木々よりも大きいはずなのに、今まで気づかなかったのは魔法のせいなんだろう。


 でも、それよりも先に思ったのは───


「こ、これがそのお屋敷……?」

「そうだよ。おっきいだろ?」

「それはそうだけど………」

「これは……」


 思わずギルバートも驚きの声をこぼす。

 目の前に見えるのはたしかに壮大な屋敷だ。けれど、窓は割れ蜘蛛の巣はかかり、庭の木々は心做しか生きているように蠢いている。

 まるでこれは、





「ご、ゴーストハウス……?」




 


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