邂逅
俺の名前は星崎優斗。向こうの世界では総合格闘家だった。向こうの世界というのも、どうやら俺は試合後に異世界に転生してしまったらしく、俺が今いる場所は日本は愚か、地球ですらないのだ。
そんな異界の地で俺は、とてつもない恐怖と対面している。
「君は使うのかい?」
リーンと名乗る敵組織の幹部が、俺を見ながらそうつぶやく。先程から、声を張った様子は無いのに、体にズッシリと残る声色。それは、この威圧感から来るものだろう。
「使うって、何を?」
感情を支配する恐怖を抑えながら、何とか絞り出す。
「とぼけなくてもいいんですよ。あなたも私たちと同じく、格闘家なんでしょう?」
格闘家。その言葉に意表を突かれる。そうだ、俺は格闘家だ。しかし、その言葉をこの世界で聞くとは思わなかった。
「私たちって、やめてくれよ。俺はそっち側に着く気はサラサラないぞ。」
「あらら、それは残念ですね。あなたなら一気に私の補佐まで推薦してあげますよ?」
そう言い、早速、リーンは軽く構える。
「行けるのか?」
リューマは焦った表情を隠さず聞いてくる。その言葉の意味からも、こいつの脅威はしっかり感じ取れているようだ。
「売られたもんは買うのが格闘家の礼儀だ。」
そう言い、俺も構えると共に、リーンの構えを観察する。
ワイドスタンスにズッシリと構えつつも、両足は踵を浮かせ、いつでも対応できるようにしており、手は軽く握りつつ、胴辺りにこさえている。俺はその構えに見覚えがあった。
「伝統派、か。」
「ご名答。」
ニヤリと不敵に笑うリーン。そう、あの構えは日本の代表的武道である空手の「伝統派空手」の構えだ。
「伝統派とは一体?」
リューマが怪訝な顔をして質問をしてくる。
「俺の国の武道のひとつだ。」
伝統派空手とは。
日本代々語り継がれる武道、『空手』における流派のひとつだ。伝統派空手は、組手のみではなく、型、つまり動きの美しさをきそうものや、礼節や思考など、戦闘だけではなく、生きていく上での精神的な部分までも鍛える。
リングの上だけを想定してトレーニングを重ねる他の武道と違い、正に実践や私生活を視野に入れた、綺麗な武道である。しかし、
「そんな武道をおたくらが使うとはね、合ってないんじゃない?性格によ。」
「そうですか?実践を想定し、スピードを極めよ、と銘打たれているこの武道は、私のように暴力でのし上がる人間にはピッタリだと思いますが?」
「…物は言いようだな。」
強がって俺はリーンの弁論を軽く流し、ステップワークでリズムをとる。いつ攻撃が来ても躱せるように自分の中で動きやすいリズムを作るのだ。
こいつの言う通り、まぁ使う格闘技は伝統派空手と仮定して問題ないだろう。となると、気にするべき点は行動の起こりだ。
伝統派空手は基本的に先制打が無い。いや、無いこともないのだが、その格闘技の性質上、基本的に『相手に行動させ、その隙を着く』というのが常套手段である。試合中にユサユサと肩や手、足を動かすのも、相手に攻める意思は見せながらも揺さぶりをかけ、先制させるためにやっているのだ。
しかし、次の瞬間、リーンの突きが飛び込んでくる。意外な先制打に戸惑いつつ、パーリングと少しのウェービングでそれを躱す。
「空手に先手なし、じゃなかったのか?」
「生憎、技術しか学んでいない半端者でね。」
憎たらしい皮肉を言うリーン。それを口火に俺達のインファイトが始まる。
格上だとは感じていた。しかし、この状況で俺は何一つ不安要素がなかった。なぜなら、伝統派にはインファイトの要素が無いのだ。
伝統派空手は、ポイント制の競技であり、お互い距離を取り合い、上段突き等のワザあり技を当てた方が1本。その後、仕切り直しで最初の位置に戻る。つまり、最初の一合、もっと言えば一打で試合が終わってしまうと言っても過言では無いのだ。そんな伝統派には近距離の打ち合いが非常に起こりにくい。現役で総合格闘家をしていた時も、伝統派空手あがりの相手と戦ったことがあるが、遠間は相手に分があるも、近付いてしまえば、試合を上手く運ぶのはこちら側になっていた。つまり、手を伸ばせば当たるこの距離では明らかに俺に分があるのだ。
俺は低い体制のリーンに対し、膝を上向きにあげてから撃ち落とす、中段と見せかけての下段というフェイント、つまり変則蹴りを狙う。これも作戦の内。伝統派にはローキックがないのだ。
ヤツはさっき、技術しか学んでないと言った。つまり、誰かから教えをとかれている。独学でその武道に行き着いたなら、下段の攻撃にも対応する手を身につけるだろうが誰かから教えられたのなら、自主的に、そのような自ら回答策を見つけに行こうという気は起こりにくい。つまり、ルールにない行動に対応しにくいのだ。
しかし、俺のうち降ろされた蹴りがリーンの腿に直撃…とは行かなかった。
蹴りを放ちながら俺の頭に生じた疑問が、心をざわつかせる。
俺の打ち降ろした足は、リーンの左腕により、止められていた。そこで、やっとその疑問が明らかになる。
しまった、こいつまさか!
俺は蹴り足を戻し、バックステップで距離をとる。その着地の瞬間に、さっきの蹴り足の脛がジンジンと痛んだ。そして距離を開けざま、俺は、リーンが前屈姿勢になっていたのを目撃して、確信した。
あれは伝統派ではなく、空手そのものの基本とされている、下段受けである。前足を打とうと狙った下段の蹴りに、自分の腕を横薙ぎに振り、脛にかち合わせる。伝統派の技では無いことに戸惑いを隠せずいると、リーンがこう呟く。
「私がスポーツ的な伝統派を体得していると思ったんですか?」
そう、やつの伝統派空手は、競技としてではなく、相手を仕留める、実践を想像してのものなのだと遅ればせながら理解する。
それもそうだ。格闘技を使い世界を牛耳ろうとするやつら。そりゃあルールに敷かれた技に甘んじることなく、常に実践を想定して鍛錬をするだろう。
「来ないなら私から…」
リーンがまたもや突っ込んでくる。俺はそれに合わせるように前手のフックを振る。
そこで俺はもうひとつ、ミスをした。
伝統派空手には下段蹴りだけでなく、フック等の横に打つ攻撃がない。一見、刺さりそうなこの動きも、先程のミスからは悪手ということがわかる。相手が競技的な伝統派空手を武器にしているならいい選択だろうが、リーンはそうでは無い。俺のフックを見切ってか、すんでのところで前進をやめ、スウェーバックをする。空ぶった所に1つ2つ3つと、リーンの鋭い打撃が打ち込まれる。重い。伝統派は先程言った通り、ポイント制であり、ルール上も寸止めである。なので、威力よりもスピードを重視するのだが、やはりそこもリーンは違うものを見せてくる。
ノックバックしつつ、アクアに叫ぶ。
「強化魔法だ!俺にかけてくれ!」
俺の勢いの良いリクエストに素早くアクアは応えてくれる。
途端に、全身の血流が蒸発するかのように体に熱が篭もる。ワールダーになる前、つまり魔法耐性が無い時にあった、爆発しそうな不安定感は消え、ドクン、ドクンと心臓が脈打つ。それが今はとても心地よく感じられる。
「もっと手応えのあるワールダーだと思ったんですけどねぇ…」
「悪ぃな、この世界に来て間もないんだ。慣れるまでもうちょっと付き合ってくれ。」
「ほぅ…」
今度は、強化魔法のかかった俺から突っ込む。
伝統派の隙を突こうにも、従来の対策は生きないと言っていい。なら、俺に今できるのは、基本に立返ること。隙や弱点に固執するのではなく、いつもやってきたこと、自分に出来ることを最大限に出力する。
俺は前手のジャブ、ストレートのワンツーを繰り出す。リーンはそれに容易くカウンターを合わせてくる。リーンの攻撃がヒットしたことを意に介せず、同じように突っ込む。しかし、ずっと同じことをするのは悪手である。
俺はワンツーの手順を逆にし、ツーワンと差し込む。しかし、その連撃も前手のパーリングで弾かれてしまう。
「まだまだ!」
俺ははねのけられた両手を直ぐに定位置である顎から胸元周辺に戻し、右手のフックを放つ。
その瞬間、目の前から一瞬でリーンが消える。と思った矢先、俺の体は宙に浮いた。
カンフー映画よろしくの水面蹴り
理解とともに受身をとり、着地する。その瞬間、リーンは伝統派には無いローキックを、下がった俺の顔面目掛けて放つ。俺はそれにクリーンヒットし、大きく横飛びした。
「大丈夫かい!?」
リューマは血相を変え、駆けつけてくる。
なにか打開策はないのか。強化魔法を受けて尚、差は縮まず、寧ろ相手に調子付かせてしまっている。なにか、なにか無いか。
俺は思考を巡らせる。
「そうか!アレを忘れていた!」
そういったのはリューマだった。
「アレ?」
「バンテージだよ!」
お久しぶりです。ストックはあるので、暇な時に編集しながらまた追加していきます。




