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三人はそれから残りの部屋を回り、1件目の行方不明者——ネイトとエリアーナ以外の全ての部屋から〈ゴーストの足跡〉を確認した。
これには騎士のふたりも沈黙し、エレンの言う可能性が益々怪しまれる。
「こうなると、最初のふたりが鍵を握っていそうだな」
「そうですね。どちらも自分から外に出た形跡が残っているので、どこに向かったかが分かれば……」
〈ゴーストの足跡〉とは言うものの、それはゴーストが何かしらの魔法を使ったときに残るもののため、移動した痕跡を追うということは難しい。
反応が無かったネイトとエリアーナを頼りに探すべきだとエレンは考えていた。
彼らがわざわざ窓から外に出たのは、消灯時刻を過ぎて寮の外に出ようとしたからだろう。
捜査の資料を見る限り、ネイトとエリアーナは恋人同士らしいので、どこかで逢っていたのではないか。
ネイトの部屋で、三人はそれぞれ考えを巡らせる。
エレンはエリアーナの部屋と同じように高所から降りたときに衝撃を和らげる魔法が浮かび上がった窓から、外を見つめた。
ここから飛び降りて、彼はどこに行ったのか——。
そこでふと、視界の彼方に何かが映る。
エレンは目を凝らした。
特徴的な十字架が三角の屋根の天辺に乗っている。
「あれは、教会?」
裏山の中からちらりと頭をのぞかせている教会に気がついた。
「もう使われなくなった教会のはずだ。気になるのか?」
事前にこの学園の情報を頭に入れていたジークフリート。
彼女の隣に立ち、同じく教会を確認した。
「はい。教会には書庫や宝物庫が設けられていることがほとんどです。研究者からすると外せないお宝スポットですね」
少し興奮した声色に、ジークフリートは目を丸くする。
「私、教会に行ってきます。何かヒントがあるかもしれません」
彼女はそう言うや否や、部屋の外で待機してくれているコージーに声をかけた。
「教会ですか? 老朽化が進み、立ち入り禁止になっているのですが……」
彼は少し困った表情になる。
「何か分かるかもしれません。いけませんか?」
彼女の眼差しにコージーは唸った。
そこで声をあげたのはジークフリートだった。
「俺が付いて行きますよ」
それなら、とコージーは頷く。
「ロイは引き続きこっちで調査な」
「……ハブられた」
ロイは嘆く。
コージーに連れられ、エレンとジークフリートはアバロス教会へ。
裏山の中には小道が続く。
今は人が入らないため、小枝や木の葉があっちこっちに落ちている。
(誰かが通ったかもしれない……)
ジークフリートは折れた枝を目にして思う。
案外エレンの勘は当たっているのかもしれないが、学生が興味本位で訪れただけかもしれない。
彼は周囲に注意を払いながら前へ進んだ。
「旧アバロス教会は学園が創立された年からずっとあるもので、今は学園の中心に新しく移されています」
「創立って、三百年くらい前ですか?! かなり古いですね」
「はい。中にあるものはほとんど新しい教会に移されてしまっているかと」
「あとでそちらにも行ってみたいです」
書物や宝物にはお目にかかれないかもしれないが、建物そのものにだって価値がある。
エレンはだんだんと見えてきた白い建物に胸を躍らせる。
そんなに長い時間が経っても尚、こうして残っているとは、建築時に付与される魔法が優れているからだろう。
「こちらです」
彼女は高まる鼓動を感じながら、フェンスの前にたどり着く。
彼らはフェンスを退けて、立派な扉を開いた。
中は埃っぽくて、重たい空気を漂わせている。
なかなか味のある教会だと思いながら、ここが夜だったらとジークフリートは想像した。
「学生が喜んで肝試しをしそうだな」
そんな感想にエレンはくすりと笑った。
「もしかすると本当に肝試しをしたのかもしれませんよ? 男女ふたりで夜に使われなくなった教会だなんて、考えただけで微笑ましいですね」
「あまり褒められたことではありませんがね」
コージーがため息混じりに苦笑する。
それから彼らは一階から順に教会の中を見てまわった。
コージーの言う通り、この教会には残されているものも少なく、めぼしい情報は無いかと思われた。
「老朽化が進んでいるというから、もう少し痛んでいるかと思っていたが。平気そうだな」
これなら、エレンひとりに任せても平気だったかもしれない。
ジークフリートは彼女の後ろについて回っているだけなのでそう思う。
このまま何も手掛かりなしに満月を迎えることは避けたいのだが、警備隊が手こずるだけのことはあって、なかなか捜査が進みそうにない。
「あれ? あそこの部屋。扉が開きっぱなしですね」
それまで全ての部屋の扉は閉まっていたのだが、二階に上がって左手にあるひとつの扉だけ開いていた。
エレンは興味深そうに、真っ直ぐ部屋に向かって行く。
中には梯子がかかっており、その先からは外の光が差し込んでいる。
天井が開いたままだった。
「ここは?」
「鐘を鳴らすために設けられたものです。天井が開けっぱなしとは。雨が降り込んでしまいますね」
コージーは眉を潜めた。
「鐘……」
エレンは呟くと、引き寄せられるようにして梯子に手をかける。
「エレン?」
彼女が足を掛けたものだから、ジークフリートが慌てた。
木製の梯子はあまり状態が良いようには見えない。
「大丈夫です。ちょっとその鐘を見てくるだけですから」
「気を付けろよ?」
ジークフリートはどこか落ち着かない様子でエレンが登っていくのを見守る。
彼女は無事に上まで上がると、その鐘を見て目を瞬かせた。
「これ……」
その鐘はとても古いもののようだった。
所々錆が流れて色が変わっている。
エレンが驚いたのは、その鐘に刻まれる文字たち。
「魔法陣が組まれてる」
それも、外側だけではなく内側にも彫られていた。ひとつのものに二つの魔法陣が書かれているものを、エレンは初めて見た。
「何か分かっ——」
「分かったか?」そう尋ねようと顔を覗かせたジークフリートは、視線の端に入ったものにハッと息を飲んだ。
エレンの奥に見える屋根に、ポツンと片足だけ黒い靴が転がっている。
彼は咄嗟に屋上に上がり、エレンを庇うようにして辺りを鋭い目つきで見渡した。
「ジ、ジークさん?」
エレンはその様子に驚いたが、彼が見つめる先に落ちていたパンプスに気がつく。
周囲に危険がないことを確認して、ジークフリートはふぅと息を吐いた。
光に弱いゴーストがこんな昼間に出るとは思っていないが、かなり焦った。
彼は屋根に降りて、落ちていた靴を拾う。
行方が分からなくなっている学生のものかもしれない。
「どう思う?」
「事件に関係がありそうですね。この鐘、魔法陣が刻んであるんです。とても古いもののようですし、これが異常を起こしているのでは無いかと思います」
エレンの目は既にその文字たちに釘付けだった。
◇
「ああー。オレ、ひとりぼっちで可哀想……」
そう独りごつのは、寮に取り残されたロイだった。制服が身分を証明してくれるので、学園を見てまわることに支障は無いが、方や幼馴染み同士仲良く捜査をしていると考えるとなかなか虚しい。
聞き込みの調査をしてみようと食堂に向かうことにした彼は、ひとりで廊下を歩いていた。
「あ、あのっ」
そこでロイを呼び止めたのは、丸い眼鏡をかけた女子学生。
「国家騎士団の方ですよね」
「そうだよ」
ロイは足を止めて彼女を見る。
その学生は顔を青くして周囲をきょろきょろ見回した後、酷く不安な面持ちで彼を見上げた。
「わ、わたし、オリア・ワーズと申します。事件のことでお話したいことが……」
挙動不審なオリアにロイは目を細める。
よく見てみると眼鏡の下には黒くなったクマに、顔色も悪い。
「オリアッ!」
廊下の角からはもうひとり女子学生が現れ、切迫した表情でオリアの名前を呼ぶ。
その声を聞いたオリアは肩を震わせ、怯えた。
様子がおかしいと思ったロイは、オリアに囁く。
「彼女に用があるのか?」
オリアはぶんぶん首を横に振る。
それを見たロイは迫ってくる彼女には申し訳ないが、気がつかなかったふりをして、オリアと共に転移した。
「さて。大丈夫か? 顔色が悪いようだけど?」
ロイはジークフリートたちと集合場所である客室に着くとオリアに尋ねる。
彼女の手は小刻みに震えていた。
「とりあえず、座ろうか」
オリアは椅子に座ると目を瞑って深呼吸を繰り返し、落ち着いてからロイを見る。
「わたし、この学園の広報部に所属しているオリア・ワーズといいます。今起こっている行方不明者事件について、心当たりがあります」
少し早口でオリアはそこまで言い切った。
ロイは目の色を変え「続けてくれ」と言う。
「広報部はいくつかのチームに分かれていて、わたしが所属するチームは、なかなか成績をあげることができていませんでした。いつも端っこのほうにしか調べた記事を載せてもらえなくて……」
オリアは膝の上で拳を握る。
「そこで学生の興味を引くような、学園に関する秘密を集めてみようという案が出たんです。
そうしたら、これが思いの外みんなの反応がよくて。……でも、ネタが尽きてしまって」
ロイはそこまで話を聞き、先が見えて来た気がした。
「わたしたちは、旧アバロス教会に〈開かずの扉〉を見つけてしまったんです」
「教会って、裏山にあるやつのことか?」
「はい」
オリアが頷くのを見て彼は舌を巻く。
どうやらエレンの考えは当たっている可能性が高いみたいだ。
「鐘を鳴らす梯がかかっているはずの部屋は、何をしても開かなかったんです。チームメイトは〈開かずの扉〉と名をつけて広めれば、きっと皆んなが興味を持ってくれると思っていました。でも、ひとり、それでは面白さに欠けると言う子がいて……。鍵開けの魔法を知っている女子学生を誘い、その中に何があるのかを調べようと言い出しました」
「もしかして」
「はい。……その女子学生が最初に行方不明になったエリアーナさんなんです」
オリアは目に涙を溜めて事実を告げる。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
謝罪の言葉を口にすると、堰をきったように涙が溢れた。
ロイは少し困って頭を掻く。
「さっきの子に口止めでもされていたんだろう? 勇気を出してくれてありがとな」
彼女を責めることは出来ず、彼は優しくそう言った。
「で、でも。もっと早く言っていればっ」
「どうにか出来たかもしれない、か?」
ロイに問われてオリアは押し黙る。
「まあ、そういう事だ。警備隊が調べても分からなかったことを、君の証言でどうこうできたとも思えない。最悪、学生の戯言として一蹴されたかもしれないな。
でも、ま。今回、オレたちには大先生がついてるから心配すんな。きっと行方不明者を見つけてくれる」
「大先生……?」
「魔法のスペシャリストだ。今、その教会に行ってるよ」
まさかもう手が回っているとは思わず、オリアは赤い目を丸くした。
「さすが、国家魔導騎士団のかたですね……」
「んー? エレンちゃんは魔導騎士ではないぞ。魔法研究者だ。
ま、事件はどうやらその教会が鍵になっていることは間違いないみたいだし、オレたちもそっちに行くか」
「“たち”?」
「あ。なんか用ある? できたら一緒に来て欲しいんだけど」
オリアは覚悟を決めた眼差しで一緒に行きます、と答えた。
かくして、ふたりも旧アバロス教会へと向かう——。




