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ジークフリートの討伐のおかげで、無事に通常運転で進んだ魔法列車。
ちなみに一定距離を高速で移動—エスケープ出来るように、数回分の魔石が列車に積んであるのだが、使用すると魔力酔いを起こしやすいので、たとえ早く到着できるからといって使いたがるものではない。
終点の「アバロス大学前」で、彼らは束の間の列車の旅を終えた。
「お。大きい。これが学校?」
エレンは駅を出てすぐに、目前に現れた建物に思わず後ずさりしてそれを見上げる。
圧巻の大きさ、広さだ。
古い歴史を持つ学舎は、年を重ねるごとに設備を増やし、今ではこの大陸で一番充実した学園都市となっている。
ここまで大きな学校であれば、こんな山奥のセーフティゾーンに建てられていても、学生が入学を希望するのも頷ける。
ロイが守衛に声をかけると、燕尾服をかっちり着こなした案内人が現れる。
「お待ちしておりました。ご案内いたします」
学校に通うことができるのは、選ばれた者だけ。案内人の後ろを付いていくと、知的な制服—白衣を思わせるデザインだが、色は落ち着いた紺色でロングコートのようなもの—を着た学生たちが沢山いる。
むこうの大陸では森で育った、根は田舎者のエレンは置いていかれそうになりながら、まじまじと学校を見回した。
このは国の重要施設の間違いなのではないかと思ったが、中に入ってみれば学生たちが充実した表情で、国家魔導騎士団の制服を着ているジークフリートとロイ、ついでにエレンにも会釈してくれる。
そんなに年が変わらない人たちがこの場所で勉強しているのだと思うと、エレンは何だか落ち着かなかった。
一体どんな授業を受けているのか気になり、つい、教室の中を覗く。たまたま見た授業では、どうやら経済学の勉強をしているようだった。
「こちらです」
扉の開く音がして、エレンは後ろ髪引かれながら、今はダメだと頭を振って小走りで後を追った。
「学長。国家魔導騎士団の方がいらっしゃいました」
中には白い髭を口元に蓄えた男性がひとり。書類が積み重なる長机に座っていた。
「どうぞおかけください。わたしはエルロン・ディーゼル。ここの学長を務めております」
ソファに腰掛けエレンは学長を見る。
彼はやや猫背でふくよかなお腹をしていらっしゃる。
「〈青い龍〉のロイ・ソーヤです」
「同じく、ジークフリート・ルド・ロマロニルスです。こちらは捜査協力者の魔法研究者、」
「エレン・ウォーカーと申します」
エレンはジークフリートから紹介を預かり名乗った。
彼女が城以外で仕事をするのは、一人暮らしを除いてこれで二回目。しかし、秘宝を取りに行った〈ポルメリア遺跡〉の時とは、また違った緊張感である。
三人は早速事件の詳細をエルロンから聞いたが、報告書通り、満月の日に男女1組が消えるということ以外ほとんど何もわかっていないようだ。
「最後に消えた学生たちと会話をした学生は?」
「寮は二人部屋になっていますから、ルームメイトに尋ねたのですが、誰もが口を揃えて彼らがいなくなるような心当たりがないと答えるのです」
「……そうですか。
ではまず、消えた学生たちの部屋を拝見しても?」
「はい。おい、コージー。案内を」
「かしこまりました。どうぞ、こちらへ」
荷物を預けると、先ほど案内をしてくれたコージーに連れられ問題の寮に向かう。
「まずは、男子寮からでよろしいでしょうか」
「はい」
授業がない学生が男子寮に入ってきたエレンを見て目を丸くしていたが、事件の捜査だと分かると気難しい顔をして部屋に戻っていく。
「ここが最初のひとり、ネイト・スミスの部屋です」
アバロス大学は全寮制の学校。
寮は全て二人部屋となっている。
同室だった学生は念のため他の部屋へ移動したらしい。
ベッドはふたつとも高い位置に設置されて、その下に机や小さめの棚が置かれていた。
「ネイト・スミスが居なくなってから、ほとんどそのまま置いてあります」
「わかりました」
ロイとジークフリートはしばらく部屋を探索したが、特別変わったところは見つからない。
少なくとも、ネイトが争ってここから消えたことは無さそうだ。
それから他の三名の部屋も見たが、同じように異変は感じられない。
「不思議ですね。普通、事件の捜査というのはここまで情報が集められないものなのでしょうか?」
捜査の見学をしていたエレンの問いは、騎士のふたりも同じく感じていたことだった。
何かおかしいと思っていたが、この事件には情報が少な過ぎるのだ。
もう少し、彼らがいなくなった理由やここを抜け出した目撃証言があってもおかしくないはずなのに。
「おかしいな」
ジークフリートは耽美な口元に軽く握った拳を当てた。
「そうだな。これだけ人数がいる大学で、全く情報が得られないのはおかしい」
ロイも顔をしかめる。
「それはつまり、なんらかの魔法が使われていると?」
「そうかもな。でも、そうなると手強いぞ。このマンモス校から術者を見つけるのは至難だ」
こうなると、また事件が起こるまで待つしかなくなる。
捜査の基本は現行犯確保。
長丁場になりそうだと、ジークフリートは小さく息を漏らした。
「つまり、彼らの部屋で怪しい魔法が使われたのか調べればいいんですよね? それでしたら問題ありませんよ」
エレンがきょとんとして答える。
「どういうことだ?」
ロイは首を傾げる。
それが分からないから、張り込みになるということが、彼女には分からなかったのかもしれない。
「女子寮でお見せします。ぴったりの魔法があるんですよ」
そう言って笑うエレンについて女子寮に行くと、エリアーナ・フォン・カールソンの部屋で彼女は詠唱を始めた。
〈puissance 的 trace montre toi〉
彼女の詠唱が終わると、部屋の至るところに円形文陣や魔法陣が浮かび上がる。
「……これは」
「魔法の痕跡である陣を浮かび上がらせました。魔力残滓を導いて使うので、魔力が少ない私でも使える魔法です」
エレンはそう言うと、浮かび上がった陣の解読に移った。
どれも生活する上で使われるもので、怪しい点は見つからない。
「すごいな、エレンちゃん……」
「……ああ」
騎士ふたりは呆然とその様子を見つめる。
自分たちよりよっぽど有能な捜査官である。
「す、すみません。捜査には不慣れなもので。最初に言っておけば良かったです」
——最初から使っていれば、もっとスムーズに事が運んだだろうに。
視線を背中に受けたエレンは申し訳なさそうに謝った。
しかし、ジークフリートは「いや」と否定すると、自分も魔法陣の解読に移る。
これは大いに捜査に役立ちそうな魔法だ。
ジークフリートやロイにも使える魔法なのに、解読できなければ意味がないところがネックだが、まあいいだろう。
『一般新書』に載るくらいの陣であれば、彼らにでも何とかわかる。
「後で詠唱、教えてくれ」
ジークフリートはエレンに言った。
——こういうところが、昔から尊敬できる人だ。
努力家なジークフリートに、エレンはちょっとだけ目を見開いたあと「はい」と微笑んだ。
蹲み込んだジークフリートも記憶を頼りに床の陣に異常が無いか確認し始める。
ロイは陣自体に見落としがないか、部屋を探った。
「エレンちゃん」
それから少しして、ロイがある陣を見つける。
窓に何かあったらしく、エレンもそちらに歩み寄った。
よく見ると、縁に陣が浮かんでいる。
「これは、着地の衝撃を和らげるのによく使われる陣ですね。まだ光も濃くて新しい。魔力の色からしても、エリアーナさんが使ったものと見て間違いないでしょう」
「となると、彼女は自らの意思で部屋を出たことになりそうだな」
「はい」
窓の縁に残った陣を見てエレンは肯く。
「次も見てみましょう」
「そうだな」
同様にしてエレンは次に消えたソフィリア・カートンの部屋で魔法を発動する。
すると、どうだろう。
「これは!」
陣は浮かび上がるどころか、部屋全体を覆うような特殊なモヤが現れる。
「なんだ、これ!」
ロイとジークフリートも辺りを警戒する。
「これは〈ゴースト〉特有の魔法残滓……」
エレンの言葉にふたりは驚いた。
「ゴーストだって?!」
「ここはセーフティゾーンだぞ?」
エレンは陣に魔力を注ぐのをやめ、魔法を解く。
もちろん彼女とて、ここがセーフティゾーンなのに魔物が出るとは信じられない話なのだが、それでも間違いない。
「今のは確かにゴーストなんです。それも、かなり強いものと思われます」
「じゃあ、今までの行方不明者はそいつにやられたってか?」
「その可能性が高いです。ベッドに反応が大きかったので、寝ていたところを襲われたか、さらわれたか……」
茫然と三人は立ち尽くす。
しばらく部屋には沈黙が漂った。
「と、とりあえず。魔物のことはここだけの話な?」
「そうだな。学生の不安を煽ることは避けるべきだ」
ロイの提案で、ゴーストが出没していることはこの部屋にいた三人の間だけの秘密とする。
「……疑うようで悪いけど、本当にゴーストが出たのか?」
ロイはエレンに尋ねた。
「絶対です。あのモヤは文献だと〈ゴーストの足跡〉なんて表現されるものなんですよ。
満月の夜にしか現れないと仮定すると、何かこの学園には秘密があるのかもしれません」
「秘密って言ってもな。明日には満月だ。どうする?」
彼女は口元に手を当てて考える。
「——イレギュラーは、必ず何かの原因があって起こること。何かの条件でゴーストが出没し、学生が消える……。二人の男女、学生、“満月”…………」
独りごちて思考を整理するのは昔からだな、とジークフリートはエレンの姿を見て思った。
彼女はゆっくり視線を前に戻す。
「十中八九、〈ボイドタイム〉が絡んでいるでしょうね……」
それは確信的な発言だった。
「ボイドタイム?」
ジークフリートが聴き慣れない言葉に首を傾げる。
ロイも知らないようなので、エレンは説明に移った。
「満月の日に天体の配置の関係で起こる現象です。魔法が発動しなかったり、普段とは違う作用を起こしたりするのが、主にあげられる例ですね。何もその影響は魔法だけではなく、人の精神や肉体にも及ぶといわれています。
“満月の日には家で大人しく家族と過ごしなさい”と言うのは〈星教〉で有名なならわしです」
「確かにその類の話は誰でも知ってるだろうが、教えを信じて満月の日に家に籠もっている奴なんていないと思うぞ。
少なくともオレの周りはそうだ。
それに、満月の日にだって魔法は使えるはずだぞ? でなきゃ、守護結界なんて意味を為さないことになるんだからな」
ロイは満月の夜に任務に当たっていたことを思い出していた。
詠唱しても正常に魔法が使えなくなるなんてことは、今までに一度もない。
教えはただの迷信だと思っていた。
「ロイさんの言う通り、たとえ〈ボイドタイム〉でも魔法は使うことができます。
魔法を発動するのに欠かせない“陣”は、満月の作用を受けないようにする効果も組み込まれることが普通ですから、ちゃんと使えるんですよ。先人たちの知恵とは恐るべきものです」
話が逸れました、とエレンは先を続ける。
「とても古い魔法陣だと、その機能が付与されていないものがあります。もう何百年も経って滅多にお目にかかれない代物ですけどね。
今まで使われていなかった陣が何かの拍子で発動し、ボイドタイムに引っ掛かってしまった可能性も考えられなくは無いと私は思います。
ここは由緒のある学校ですからね」
彼女の話を聞き終えた騎士ふたりは顔を見合わせた。
自分たちにはすぐ理解が出来ない内容に判断し兼ねる。
「オレたちにはなかなか鵜呑みにできない話だな。でも、エレンちゃんはそのまま事件を分析して欲しい。それで何か分かったら教えてくれよ。
オレたちはオレたちで犯人を追うようにするからさ」
「お前の主観に俺を巻き込むなよ……」
ジークフリートが「オレたち」を連発するロイに言うが、実際エレンの予想だけを頼りにすることはできない。
「魔法関連についてはエレンに任せてもいいか?」
彼は少し困った面持ちだ。
「平気ですよ。私はこれから怪しい魔法陣が残っていないかを中心に調べてみようと思います。ふたりはその他の点から当たってください」
エレンの言葉にふたりは頷いた。




