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忘却の彼方へ〜私を忘れた騎士に捧ぐ〜  作者: 冬瀬
忘れられた記憶〈冥界の鐘〉
19/23




出発当日。


「ん〜。良い天気!」


天気は快晴。青い空には雲ひとつない、清々しい朝だ。

昨日、エレンはなんとか魔法陣の解読を終わらせることができたので、すっきりした気分で出張に臨めそうである。

解読の賜物である、それまでの魔法より遥かに性能が良い収納魔法陣が組まれた〈魔法鞄〉を肩から下げて、彼女は待ち合わせの場所へと急ぐ。


「お。来たね!」

「おはようございます。ロイさん」

「おん。おはよう」


皇城にある転移装置室の前で待っていたロイと合流し、ジークフリートを待つ。

集合時間まではあと五分ある。


「エレンちゃんは居館に住んでるんだよな?」「はい。城にお部屋をいただけて、すごく快適ですよ」

「ハハ。そうだろうな。

少なくとも2日は向こうにいることになるけど、準備は大丈夫そう?」

「メイドさんが色々手伝ってくれたので、万全です」


とっても仕事が早いメイドのサラが準備を整えてくれたので、エレンの支度はバッチリ。

服まで用意してもらって、申し訳ないくらいだ。

今回はいつも着ている白衣は目立つのでお留守番である。

サラからは、ちゃっかりお土産を頼まれているので、忘れないようにしないといけない。


「そっか。最初、話を聞いた時は驚いたけど、エレンちゃんなら大丈夫みたいだな」

「え?」


話の真意がわからず、エレンは首を傾げた。


「ほら。あいつ、ちょっとした女嫌いだからさ……。エレンちゃんの護衛をやってるってのにも割と心配してたんだ。でも、昨日見た限りでも、無理してないみたいで安心した」


ロイの緑色の瞳が優しく揺れる。

なんだかジークフリートのお兄ちゃんみたいだとエレンは思った。


「ロイさんはジークさんと長い付き合いなんですか?」

「まあな。オレはあいつより三つ年上だけど騎士団の中じゃ一番歳が近かったんだ。下っ端の時はよく一緒にしばかれてたよ」


懐かしいなぁ、とロイは目を細めた。


「あいつ、チビのくせして売られた喧嘩は全部買ってたから、けっこう問題児だったんだぜ? そんで、なんで止めなかったって、オレまで怒られんの」

「悪かったな、問題児で」


ギクっとロイは肩を竦める。

横を見ると、ジークフリートが立っていた。


「よ、よう。ジーク。今、オレはお前の勇敢な過去をエレンちゃんに語ってたところなんだよ」

「おはよう、エレン」

「お、おはようございます……」

「無視?!」


ジークフリートはロイを無視して、エレンの前へ。


「荷物持とうか」


エレンの大きめのショルダーバッグを見て彼は尋ねる。

彼にだって斜め掛けのバッグがあるのに、それはできない。エレンは首を横に振る。


「平気です。ありがとう」


(誰だ、こいつ?)


無視されたことについての文句は何処かに吹き飛び、ロイはそのやり取りを見て唖然とした。

社交パーティーで、お世辞でも女性に対して笑いかけることすらしない男が、こんな事ができたのかと単純に驚いた。


——めっちゃ紳士じゃん……。


そういえば公爵の息子だったな? とロイは改めてジークフリートを見直した。

ジークフリートは懐を探ると何かを取り出す。


「これ、魔導師長から。防御の陣が組まれたブレスレット」


忘れる前にと、それをエレンに差し出した。

シルバーの細いチェーンに小さな魔石のチャームがついている、品のある可愛らしいデザインのブレスレットである。


「可愛い……。もらっていいんですか?」

「ああ。護身用だから、常につけておいて欲しい」


「貸して」と彼はブレスレットを受け取り、エレンの左手にそれをつけると、呪文を唱える。


〈fix firmemente〉


ジークフリートの詠唱と同時に円形文陣がブレスレットの上に浮かび上がった。

何かの拍子で取れないように、ブレスレットを固定したのである。


「ありがとうございます」


エレンは自分の腕に輝くブレスレットを眺めながら、ジークフリートに礼を言う。

呪文を聞き取れば何の魔法が使われたのか、彼女にはすぐ判断できるのだ。


「じゃあ、行こうか」

「はい。これからお世話になります」


エレンはジークフリートとロイにぺこりと頭を下げる。


「おう。こっちこそ、よろしくな!」


ロイが場を和ますように、歯を覗かせてニッと笑った。


三人は転移装置室の中へと進む。

そこには魔石が埋め込まれた立派な魔法陣が敷かれている。

何度見ても素晴らしいな、とエレンは感心しながら、その複雑な陣の上に乗った。


(こんなに精巧な魔法陣を一体誰が作ったんだろう。今度、調べてみようかな……)


彼女がじっと下を向いているのにジークフリートが気がつく。緊張しているのかと思ったが、その目は文字を追っていた。


「陣が気になるのか?」

「はい。専門ですからね。これはいつ見ても凄い魔法陣です」

「そうか……」


通常運転のエレンに、ジークフリートは少しばかり不安を覚える。

これから行方不明者の捜索に行くのだ。どんな状況になるか分からない。本当は危険がある場所に、エレンを連れて行きたくなかったのだが任務なので仕方なかった。


「ポイント決めたぞ。もう発動するからな」


転移装置は代表ひとりがそれを発動させる。

魔法陣にポイントを書き加えて、準備が整ったロイが立ち上がり声をかけた。

数秒後、三人は淡い光に包まれて、転移先へと消えていった。









「到着、と」


光が眩しいので目を閉じていたエレンは、ロイの呟きを聞いてまぶたを開けた。

そこは、先ほどまでとは明らかに違う部屋。

さっそく検問官がこちらに歩いて来た。

彼は制服を見て「ああ」と声を上げ、納得した様子。


「アバロスに向かわれる国家魔導騎士団の方ですか?」

「そうです」


ロイは頷く。

検問官はすぐに書類を三人に手渡した。

所属と氏名を記入すれば手続きは終了だ。

違う国に来たのだという実感が少しずつ湧いてくる。

紙を回収した検問官はエレンの署名を見て目を丸くする。


「魔法研究部?」


彼は初めて見る所属部に首を傾げた。


「最近、復活したんだよ」


ロイが助け舟を出す。

エレンの登場で、かつて格下げされた魔法研究所が再び帝国に設けられることになったのだ。

エレンはひとりで仕事をしてはいるが、一応魔法研究部の所属となっている。

解読士と名乗ってしまうと、身の安全が危ぶまれるので、そういうことになったのだ。


「へぇ。それは知らなかった。魔法研究部、エレン・ウォーカーさんですね。確かに受け取りました。お仕事、頑張ってください」

「はい。ありがとうございます」


検問官は書類をしまいながら、エレンにエールを送って微笑んだ。

彼は三人を出口に案内しながら言う。


「ここからアバロスまでは、中央駅から西部行きの魔法列車に乗ってもらって、4時間ほどかかります。最近、西部では高位種の魔物が目撃されているので、お気をつけて」

「高位種?」


ジークフリートは眉根を寄せる。


「はい。S級ハンターたちが駆除に当たっているところです」


検問官が答えた。


「“ハンター”って?」

「魔物を狩る職業のことだよ。そっちには無かったのか?」


聞き慣れない単語にエレンがポカンとする。

ロイが簡単に説明した。


「ハンターはギルドに所属していてな、自分のランクにあった魔物駆除の依頼を受けて報酬をもらうんだ。こっちじゃ、結構メジャーな職業だぞ」

「なるほど。あちらで言う〈冒険者〉に近いんですかね」

「冒険か? なんだか楽しそうな仕事の名前だな?」


ロイは笑う。

こちらの大陸でハンターと言えば、かなりリスクの高い仕事だ。生半可の気持ちと能力では、決して手を出してはいけない職業である。

駆除の要請がある魔物の相手をするのだ。身の危険からは逃れられない。

だが、その分報酬は弾むというもので。

帝国全国民が支払う税金が、彼らの報酬にも割かれている。


「ハハ。少し前までは、傭兵団みたいな感じでしたけどね」


あのご時世なら仕方なかったな、とエレンは苦笑いして続ける。


「でも、そう言われてみると、あっちは魔物の駆除というより、魔物から得られる素材に価値があったのかもしれません。

依頼を受けなくても、素材をギルドに売ればかなりのお金になっていましたから」

「へぇ? 依頼を受けるよりも先に、討伐しちゃうってことか? なんてリスキーな」


冒険者と言われる仕事だけあって、旅をしながら冒険者ギルドでちょこちょこ仕事を受ける、というのがよく見られた。

旅の途中で魔物を退治するのは、珍しいことではない。


「こちらの大陸より魔物が弱いので、旅がしやすいんですよ」

「旅かぁ。魔物がうじゃうじゃいる国外を歩き回るなんて、そんなことする奴、こっちの大陸じゃあ飛んだ物好きだな」


ロイは想像してゾッとしたのか、ぶんぶん頭を横に振る。

その反応を見て、エレンはこの大陸の地図を思い出す。


(そういえばこの大陸には、国境らしい国境ががないな……)


帝国ギルロードをはじめとする、それぞれの首都国家たちは壁で囲って住民区域を確保している。

向こうの大陸は、然程魔物の被害を受けないので領土を広げやすく、少し前まで統一戦争。

なるほどな、とエレンは思った。


「それで? S級となると相当な奴が出たのでは?」


そこでジークフリートが話を戻した。


「〈サイレント・ベアー〉が出ました。かなりデカいやつです。列車も西部行きの運行を減らしています」

「また面倒なやつが出たな?」


ロイが嫌な顔をする。


「〈サイレント・ベアー〉は、どんな魔物なんですか?」

「図体がデカいくせして、音もなく忍び寄って鋭い牙か爪でグサリ。器用なやつさ」


名前だけ聞けば可愛い魔物な気がしたのだが残念だ。エレンは頬を引きつらせる。


「見つけるのに手間がかかるな」

「そうですね。最近、魔物が多いのでハンターたちも忙しそうですよ」


検問官がジークフリートに同意した。


基本的に警備隊や騎士団たちは、魔物の討伐は依頼を受けることができるハンターが不在の場合や、国から離れた遠い場所での魔物の急激な増殖を抑えるためにしか行わない。

全て彼らが担っていると手が回らないので、ずっと昔に仕事が民間に下されたのだ。

警備隊や騎士団は、治安維持を優先する職なのである。また、法的に犯罪を取り締まる権限を持っていることが、ハンターとの大きな違いだろう。


「こちらが出口です。中央駅は左手を真っ直ぐ進んで頂くと突き当たりにございます」

「おう。ありがとな!」


ロイが軽く手を上げ、エレンはぺこりと頭を下げる。三人はレージェス警備隊本部を出た。

次に目指すのは中央駅。検問官に教わった通り、真っ直ぐ道を進んでいく。

石畳で整備された道の端には街路樹が綺麗に並び、同じ形をした家屋がずらりと顔を揃えている。異文化が集まる帝都とは違って、統一感があった。

エレンはレージェス首都の町並みを見物しながら、ロイとジークフリートの少し後ろを歩く。

騎士団の制服を着ているふたりに集まる視線と、「あの子どうしたのかしら?」「補導?」という自分に向けられる視線が違いすぎて、恥ずかしいを通り越して笑いそうだ。


「弁当、列車の中でも買えるけど、どうする? おすすめは駅弁」

「じゃあ、駅弁で!」


振り向いたロイの言葉にエレンは笑う。


「遠足かよ」

「こういうのは楽しんだもん勝ちだろ!」


そんな会話をしながら三人は中央駅で昼食を購入し、列車に乗り込んだ。









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