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忘却の彼方へ〜私を忘れた騎士に捧ぐ〜  作者: 冬瀬
忘れられた記憶〈冥界の鐘〉
16/23

プロローグ

二章をゆっくり更新することにしました。

温かい目で見守っていただけると幸いです。

エレンのお仕事についてのお話になると思います。

(結構、がっつりファンタジー?)





「ねぇ、知ってる?」

「何を?」


エリアーナに問われて、ネイトは首を傾げる。

そこはギルロード帝国の東にある支国レージェスのアバロス大学食堂。

ふたりは晴れて先月から付き合い始めたばかりの恋人同士で、それぞれ始まったばかりの大学生活で手に入れたパートナーと距離を縮めようと、暇を見つけては一緒に過ごしている。

エリアーナはいたずらを思いついた子供のように笑って、彼に顔を寄せた。


「この大学にある縁結びスポット。ふたりで行かない?」


そんな話を聞いたことがなかったネイトは、誰とでもすぐに打ち解けられる彼女の性格を思いながら、また友人にでも噂を聞いたのだろうとすぐに分かった。


「それはどこにあるんだい?」

「裏山に古い教会があるでしょう? そこにある鐘をふたりで鳴らすと幸せになれるらしいの」


この大学はレージェスの田舎にある。

周りは見渡す限り山や草原。ショッピングをする店どころか、人が住む家など全く見えない。こんな場所だが、ちゃんと国家魔導騎士団による魔物払いの魔法もかかっているので、安全な全寮制の大学なのだ。

その自然豊かな一帯に大きく構えるこの大学の裏山にある教会は、確か老朽化が進んで立ち入り禁止だと耳にしたことがある。

ネイトはそれが気になった。

しかし、可愛い彼女からの誘いだ。


「いつ行こうか?」


単純に、誘いを断るのは嫌だなと思った彼は行くつもりで話を進める。

エリアーナも教会が立ち入り禁止になっていることは知っていた。

刺激の足り無くなってきた大学生活に、久々にスリルを感じるシチュエーションに、胸の高鳴りを覚える。


「満月の夜よ」

「満月って、明日じゃないか!」

「ええ」


ネイトはエリアーナが教会に行くつもり満々であることを知った。次の満月まではまた時間がかかる。断るという選択肢はこれで完全に無くなった。


「夜って、ちょっと危なくないか?」

「ドキドキするけれど、それもちょっとした試練ってことなのよ。まさか怖いの? ネイト」

「そんなことはないさ。ただ、君を危険な目に遭わせるようなことだけはしたくないんだ」


ああ、なんて素敵な人なんだろう。

紳士な彼に、エリアーナはぎゅっと心を掴まれる。

彼女はネイトを少しでもからかったことを後悔した。


「あなたと一緒なら、どんなところにだって行けるわ」


エリアーナは微笑む。

彼とならどこにでも行けると、彼女は本気で思っていたのだ。

ネイトはそんなエリアーナの言葉に頷く。

ふたりは明日の夜、寮を抜け出して落ち合うことを約束した。






輝く星と満月が見守る元で鐘を鳴らす。

なんてロマンチックなのだろうと、エリアーナは寮の窓からうっとり夜空を見上げた。

夜の教会を恐れることはない。「星教」では星が出る夜にミサが行われることは珍しくないのだ。

裏山を歩くには少し険しい道になるだろうが、お気に入りのワンピースを着ようと決めて彼女は服を着替える。

今は春とはいえ、夜は冷えるので上着を羽織った。

最後に黒いパンプスを履いて、最後に鏡で全身をチェックして準備は終わり。

そろそろ約束の時間だ。

ルームメイトがすやすや吐息を立てて寝ているのを横目に、エリアーナは魔法を使って窓から寮を出た。


「ネイト!」

「エリアーナ。さっきぶりだね」

「ええ。もしかして待たせちゃった?」


待ち合わせの場所に立っていたネイトに抱きつきながらエリアーナは尋ねる。


「いや。ぼくも今来たところさ」


優しく笑うのが見えたエリアーナは、いつになく彼がかっこよく見えてドキドキし始めた。

彼女が身体を離すと、ネイトはエリアーナの手を取る。


「行こうか」

「……はい」


夜の森は静かで暗い。

昼間でも光が届かない裏山は、夜になると一層闇が深かった。

微風でざわざわ木々が揺れる音は、まるで何かと会話をしているようだ。

ネイトはエリアーナと手を繋いでいない右手に、炎を灯して前を照らす。

教会が封鎖されるまでは、よく学生の信者たちが訪れていた場所なので行く道は開き均され歩きやすい。

しばらくすると、星の輝きを催したとされている十字架が乗る尖った屋根の白い建物が現れる。あれが目的地のアバロス教会だ。


「鐘は……。あそこだね」


十字架の下に見える鐘。

想像していたより、大きそうだ。

あそこにならふたりで行っても確かに問題無さそうである。


「どうやって行こうか。教会の屋根を登っていくのは気が引けるな」

「中にあそこへ抜ける梯子がかかっていると聞いたわ。そこから行きましょう」


そうと決まれば、ふたりは教会を囲うフェンスを乗り越えて重たい扉を開く。

教会が封鎖されてから二十年は経っているそうなので、中は埃っぽい。

ところどころ内装は剥げて、蜘蛛の巣も張っている。

これでは何処ぞの幽霊屋敷のようだとネイトは思ったが、そのことを口に出すのは阻まれた。

言い出したエリアーナも、中の様子に足を止めている。握っていた手を離したかと思えば、腕にしがみつくものだから、ネイトは自分がしっかりしなければと己を奮い立たせた。

外から見ればこの教会は今でも立派なものだ。

鐘を鳴らすまでの辛抱だと、彼は自分に言い聞かせて薄気味悪い廊下を進む。


「あそこの階段を登って、廊下を左に進むと扉があるそうなの。そこから外へ出られるわ」


廊下の突き当たりの右手に階段が現れ、エリアーナが言った。


「へぇ。ここの鐘の話は有名なのかい? よくそんなことまで知っているね」


ここに来たことはないはずなのに、道を教えてくれるエリアーナにネイトは尋ねる。


「同じ学科の先輩から聞いたの。あなたと付き合うことになったって話をしたら、それなら素敵な噂があるのよって教えてくれたのよ」

「そうだったのか」

「ええ。効果を知りたいから試したら教えて、なんて言われているのよ」

「そうか。じゃあ、その先輩のためにも鐘を鳴らさないとね?」


エリアーナは「ええ」と笑って頷いた。

少し緊張も解けたところで、軋む木製の階段を上り、月明かりが窓から差し込む廊下を左へ行く。


「この扉だね」


エリアーナが言った通り、扉を見つけたネイトは中へ入ろうとドアノブを回す。


「あれ。鍵が閉まっているみたいだ」


ここまで来て扉が開かないとは。

ネイトは困った。

魔法で扉を壊すのは簡単だが、果たして神聖な教会でそんな事をして良いものか。


「大丈夫よ、ネイト。わたし、鍵開けの魔法を知っているの」

「それは本当かい?!」


まさかそんな魔法を知っているとは思わず、ネイトは驚いた。


「小さい時にお気に入りのおもちゃの指輪とかを入れた宝箱の鍵を無くしてしまって、お母さんが鍵開けの魔法を使って開けてくれたのを覚えているの。他の人には秘密よ?」


いたずらに笑う彼女はいつも自分より一枚上手だ。

まあ、そんなところも好きなのは、惚れた弱みという奴なのかもしれない。

エリアーナはネイトの前に出て、ドアノブに手を添えた。


〈I 願う 이 ключ aperio〉


彼女が呪文を唱えると、「円形文陣」と呼ばれる呪文が円形に並んだ魔法の光が浮かび上がる。

呪文を唱えると円形文陣。魔法陣の詠唱をすると魔法陣が、魔法の発動時に現れるのだ。

違いは、前者が文字だけが並ぶ陣だが、後者は文字の他にも記号が並び、複雑な構成になっているということ。

円形文陣の方が、少ない魔力を注げば良いので手軽だ。一般人はこちらをよく使う。

呪文さえ知っていれば、これくらい誰にでも出来るものだ。

ガチャリ。

音を立てて、簡単に鍵は開いた。


「開いたわ」

「まさか君にこんな特技があるとは思わなかったよ」

「ふふ。驚いた? でも、わたしも『一般新書』に載っていない珍しい魔法はこれしか知らないわ」

「十分凄いよ。国に申請はしないのかい?」


新しい魔法が見つかったとなれば、国から報酬が出る。

鍵開けは小さな魔法だが、とても役に立ちそうな魔法だ。

ネイトはつい、いくら国からお金が出るのか想像してしまった。


「しないわ。これはお母さんの祖先からずっと受け継いできた魔法らしいの。『あなたが大人になったら、ちゃんとこの魔法を教えるから大切に繋いでいって』って言われているから、国には言わないわ。大事なものなの」

「そうか。それは君の宝物なんだね」


エリアーナの真剣な眼差しに、ネイトは彼女がそれを大事に扱っていることを知る。


「そう。あなたになら知られてもいいと思って使ったの。だから、ふたりだけの秘密よ?」

「ああ。勿論さ。約束する。誰にも言わないよ」


ふたりだけの秘密。

ネイトはエリアーナに信頼されていることがしみじみ嬉しかった。

エリアーナのお陰で開いた扉をゆっくり押す。

ブワリ。

彼らの横を何かが通り過ぎた気がした。


「い、今の。なに?」


ふたりは振り返る。だが、そこには何も無い。


「気のせいだよ。きっと風が何かさ」

「そ、そうよね」


すぐそこに梯子がかかっている。

ふたりは顔を見合わせると、まずネイトから先に上がった。


「おお。結構高いんだな」


床を外して顔を出すと、目下に学校が見える。

完全に鐘のもとまで出ると、ネイトは蹲み込んで後から来るエリアーナに手を差し伸べた。

彼女を引き上げて、ここまで来れたことに安堵する。帰りはここから魔法で降りようと決め、彼は座り込んだ頭上の鐘を見上げた。


「ん?」

「どうかしたの?」

「いや。なんでもないよ。鐘、鳴らそうか」

「ええ」


内側に何か文字が見えた気がしたが、外側にも凹凸で装飾がされているので気にすることでもないだろう。

ふたりは立ち上がると、舌に括られた紐を持つ。


「ずっと一緒にいてね。ネイト」

「ああ」


真新しい紐に疑問を持つことなく握り、彼らは鐘を打った。

カーン、カーン。

裏山に、夜には相応しくない高い鐘の音が響き渡る。

一陣の風が鐘の音に合わせるように波打ちながら木々を通り抜けた。





その日、1組のカップルが消えた。

いつ付き合うのかと周りから囃されていたふたりは、将来結婚してもおかしくないくらい側から見ても相性が良かった。

駆け落ちでもしたのではないか、と噂されたが、ふたりの部屋にはほとんど荷物が残ったまま。

疑問は解けなかったが、しばらくすれば戻ってくるだろう。そう判断した学校は、保護者に連絡だけをした。

それから三ヶ月。

ふたりは戻ってくるどころか、さらに3組の男女が行方不明になった——。







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― 新着の感想 ―
[良い点] まってました! [一言] またすぐお会いできて嬉しいです。 こんな大変な時期にありがとうございます。 ゆっくりでよいので、更新楽しみにしてますね。
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