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忘却の彼方へ〜私を忘れた騎士に捧ぐ〜  作者: 冬瀬
私を忘れた騎士に捧ぐ
15/23

〈おまけ〉ババロアの拾い物

ご評価、ご感想、本当にありがとうございます!

とても嬉しいです! 励みになっております。

ババロアのお話を追加させて頂きます。




それは彼女の気まぐれだった。

他人の方向感覚を狂わす魔法をかけた森の入り口に置かれた籠。

〈迷いの森〉を畏怖して捧げられた供物かと思ったが、その中に入っていたのは人間の子どもだった。

知恵の魔女ババロアはその落とし物を前に少し考える。

長く森に住んでいると、こうして森に子どもや年寄りが捨てられることは珍しくもない。

気が向いたら助けて、森から出して他の場所に送ってやるのだが、今回は違った。


「丁度いいかもしれないね」


今日は星の位置も悪くない。

むしろ、縁起が良い日だ。

一人暮らしもだいぶ長くなって、暇を持て余していたところなので、自分で育ててみるのも一興かもしれない。

ババロアは詠唱もしないで籠を浮かすと、シワが増えてきた手を赤ん坊に伸ばした。

柔らかい肌はふわふわしていて、自分にもこんな時期があったのかと思うと不思議だった。

その子どもの額の上に手をかざし、彼女はその子の情報を探る。


「へぇ。これは珍しい。お前、大量の魔力が上手く放出できずに引っかかってるせいで 〈魔なし〉と思われたのか」


ババロアは目を丸くした。

その赤子はどうやら、魔力を持たない「魔なし」と呼ばれる存在に間違えられ、無能と判断されてしまいここに捨てられたらしい。

「魔なし」は前世の行いが悪いために魔力を没収されたといわれ、忌子として扱われてしまうのだ。


「これはいい拾い物をした」


捨てた奴は勿体ないことをしたな、とババロアはほくそ笑んだ。

こうしてその赤子は、知恵の魔女ババロアに拾われたのだ。


「トト! いい物を拾って来た」


犬型をした使い魔トトが、魔法で家を片付けていたところ、ババロアが帰宅する。

トトはババロアが上機嫌で差し出した籠の中を見て吠えた。


「ババロア?!! それ、人間の子ども!! 拾って来ちゃダメな奴!!」


——散歩に出かけたと思ったら、なんて物を拾ってきたんだこの主人は。


トトの苦労の始まりはそこからだった。



名も無き赤ん坊は、男の子だった。

彼女に「セオ」と名付けられたその子は、明るい茶色の髪に綺麗な青い目をしていた。

とても愛らしい子だった。

ババロアの魔導書を読んだり、書いたりと代わり映えのない毎日が、彼のお陰で劇的に変わった。

もう何年も森にこもっており、人との関わりも極端に少ない彼女だったが、案外順調に子育ては進んだ。

というのも、トトがとても面倒見が良いものだから、子どもを育てたことがない魔女でも何とかなったのだ。

彼女ひとりだったら、きっと長くは保たなかっただろう……。


毎日飽きずにセオの成長を見守ったババロア。

人の子を育てることは初めてだったので、興味津々で彼を世話した。

そのうちセオの愛くるしい姿に目がなくなったババロアは、それはそれは彼を可愛がった。

色んなことをしてやりたくて、

美味しくて精がつく物を食べさせてやろうと伝説級の怪物—ドラゴンを狩って来たり(トトの説得後、ババロアとトトだけで美味しくいただきました)、

彼のために家を増築したり(ある日突然木々をなぎ払うので遂に狂ったかとトトは思った)、

上質なベッドを作るためにフェニックスの羽をもいで来たり(止めるのが間に合わなかったので、トトがやむなくそれで布団を作りました)、

子守唄を聴かせてやろうとセイレーンを連れて来たり(ちゃんと元の場所に戻させました)、

魔法で高い高いをしたり(昔、村の子どもがされているのを見たことがあったらしく、歳で持ち上げられないババロアは魔法でポンポンセオを飛ばすものだから、トトは心臓が止まるかと思った)、

セオの身に何か起こった時に発動するようにこっそり脳に魔法の記憶を埋め込んでおいたり(これはトトが知らないうちにババロアがやってしまいました)——。


「ババロア! それは赤子にやることじゃない!」


セオがよちよち歩いてる下に浮遊の魔法陣を出現させたのを見つけたトトが慌ててババロアにストップをかける。


「え? そうかい? 歩き出したんだから、空も飛べたっていいだろ?」

「なぜ、そうなる!?」


赤ちゃんじゃなくても、普通の人間は空中を移動しないよ! と必死にトトは彼女を止めた。

「魔女」と呼ばれる彼女は規格外過ぎた。


その後もトトの苦労は絶えることはなく、




「トト! セオがひとりでは、可哀想だと思ってね。また拾った!」




目尻に皺を寄せて、それは満足そうに笑うババロア。

彼女の横には魔法でぷあぷあ浮いている赤ん坊が……。

セオと遊んでいたトトは、一瞬言葉が出なかった。


「この子はエレンって言うみたいだ。女の子だよ。セオよりひとつ若くて、丁度いいだろ?」


野菜が安売りしてたから買ってきた。みたいなノリで言う主人。


「………バーバーローアぁっ!」


トトは吠えずにはいられなかった。

セオは不思議そうな顔で「だう?」と、彼の尻尾を引っ張った。









トトの苦労あって、健やかに成長を遂げたセオとエレン。

セオはババロアの手解きで、ちゃんと魔力を解放したので5歳くらいの時には彼女から魔法を習った。飲み込みが早く、彼は次々に魔法を覚えた。

エレンは3歳の時にババロアの持っていた魔導書を読んだものだから、魔力が少ない子ではあったが「この子は天才だ!」と彼女は喜んだものだ。



しかしながら、その頃大陸は既に戦乱の真っ只中。

子どもたちの才能を見せびらかして、「どうだうちの子凄いだろう」と言いたいところであったが、決して表に出すわけにはいかなかった。


「きゃ〜! せおっ、ととそっちいった!」

「うわっ」

「ほら、逃げろ逃げろ!」


森で鬼ごっこをして元気に遊ぶふたりと一匹を、椅子に座って眺めるババロア。

気まぐれで拾ってきたふたりだったが、今では失うなんて考えられない、目に入れても痛くないくらい可愛い子たちだ。

何があっても、戦争には巻き込みたくないのだが……。


風に揺られて森が歌う。

彼女は目を細めた。


ここは〈迷いの森〉。

カミュラとマーカインの間にあるこの森は、侵攻で一番最初に被害を受ける場所だろう。

マーカインの侵略を阻むために、カミュラに雇われたババロアが深い森に魔法をかけて国境を守っているのだ。

俗世に嫌気がさし、籠るのに丁度良かったので、彼女はずっとここに暮らしていたが、このご時世何があってもおかしくはない。

——自分も、もう年だ。この子たちが自立して生きて行けるように強く育てなくてはならない。

彼女はそれから、出来るだけ森の外についても彼らに教えるようになった。


そんなある日だ。

町に買い出しに行かせたふたりが、元気なく帰って来たのは。

こっそり後をついて行かせていたトトによると、エレンが父親と衝突してしまったそうだ。

うちの子を押し飛ばすなんて、言語同断。

ババロアは仕返しに行こうと腰を浮かしたのだが、その気をおさめたのはセオだった。


「ババさま」


セオの真剣な声色に、ババロアはひとつ瞬きをした。「どうしたんだい」と彼女は息子を見つめる。



「おれ、もっと強くなりたい」



拳にはぐっと力を入れ、その目には決意が燃えていた。

ババロアが自重を知らない性格で、トトの冷静な対応を見て育ってきたセオは、大人びていて心の優しい子だった。

そんなこの子が、こんな目をするとは驚いた。

ババロアは静かに呟く。


「それは何のためにかい? いつもあたしは言ってるよね。力なんてものがあるから、人の争いは終わりがないのだと」


7歳の子どもに問うような言葉ではないのだが、知恵の魔女に育てられたセオは、そこら辺の子どもよりも早熟だ。


「それでもおれは、だいじな子を守れる力が欲しい」


迷いのない回答に、ババロアは険しい表情を緩めた。


「よく言った、セオ。あんたは強くなって、エレンを守らなきゃいけないよ」

「はいっ」


それからセオは身体を鍛え、魔法を覚え、剣を振るうようになった。



「よかったの? 剣なんて持たせて」


テラスから庭で素振りをするセオを見て、トトは椅子で紅茶を嗜むババロアに尋ねる。

彼女はカップを置いて難しい顔をして、答えを濁す。


「剣を持つってことは、危険も背負うってことだろう?」

「そうだね。辛いことが無いとはもちろん言わない。もしかしたらあたしも後悔するかもしれない。でも、あの子が言ったんだ。守るために強くなりたいって。セオは強くなる。素質も十分。きっと大丈夫さ」

「ふーん」


トトは鼻を鳴らしてから、地面に頭を伏せた。

首を回して後ろを見ると、部屋の中ではエレンが魔導書と向き合っている。


「それよりも、あたしが心配なのは、エレンのほうさ……」


ぽつり、と溢したババロアの言葉にトトはぴくりと反応した。


「どういうこと?」


トトにはそれが意外だった。

ババロアの元で育ったせいで、この子たちは早熟なのかと心配になるほど、ふたりは賢い子どもだ。

よって、セオも大人びた子どもだったが、エレンはそれよりももっと達観したところがある子どもだった。

幼いころから色んな書物を読み漁ったせいだろうか。

彼女はババロアが称した通り、「天才」と言える頭脳を持った子で、将来も心配なさそうだとトトは思っていた。

セオのほうが、その膨大な魔力を狙われて、危険な目に遭うのではないか?


「エレンの知識は、セオの魔力よりも狙われることになるだろうよ」

「でも、それは隠しておけば他人には分からないだろう? 武術や魔術に長けた人間は、それなりにオーラみたいなのが出るものだから隠せないかもしれないけど。知識は見た目には分からないんじゃ?」


トトの疑問に、ババロアはひとつ息を吐く。


「人っていうのはね、自分の持てる力をずっと隠しておくのは難しい生き物なのさ」

「そういうものなのかな?」

「ああ。そういうものだよ」


よく分からないや、とトトは首を傾げる。


「もしエレンのことが広まったら、みんなあの子を欲しがるだろうね。

……でも、あの子には自分の身を守れる魔力が無い」

「そう考えると、エレンのほうが心配?」

「そういうことさ」


ババロアは立ち上がる。

言われた回数素振りを終わらせたセオが、こちらに走ってくるところだった。


「終わりました。ババさま!」

「よし。次は魔法だね」

「はい!」


トトは汗をかいたセオにタオルを渡してやる。

彼はありがとう、と言って顔を拭った。


「なあ、セオ」

「うん?」


ババロアに呼ばれて、セオはタオルから顔を出す。

彼女はちらりと家の中に視線を飛ばした。


「エレンをひとりにしないでやってくれるかい?」


そう言ったババロアは、どこか切ない面持ちだった。

セオは突拍子もない話に、きょとんと目を丸くする。


「え? うん。それはもちろん。おれたち家族なんだし、ひとりになることはないと思うよ?」


さも当たり前のように言ってのけた彼の答えを聞いて、ババロアは声を上げて笑った。


「それもそうだね。やっぱりあんたは賢いよ」


彼女は上機嫌にセオの頭を撫でる。









庭には、大好きな子どもたちの瞳と同じ色をしたファフナの花が満開だ。

カミュラがマーカインに攻められ、〈迷いの森〉が焼き払われた丁度一年前の出来事だった。







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