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忘却の彼方へ〜私を忘れた騎士に捧ぐ〜  作者: 冬瀬
私を忘れた騎士に捧ぐ
14/23

〈おまけ〉オーロラの初恋

ご評価、ご感想をありがとうございます!

とても励みになっています! ただ今、続きについては試行錯誤している最中です……。

こちらはちらっと顔を覗かせていたオーロラ姫の話です。

全く恋愛要素はないので、箸休め程度に読んでいただけると幸いです。

ビターな進行の反動で、前向きになれるようなお話になっていると思います。(……たぶん)





琥珀色の髪は光に照らされると金に輝き、その青色の瞳は瑠璃のように神秘的。

かんばせは、いつもどこかを見据えて凛としており、この大陸には無いたくましさの中に美しさも備えた彼は自然とわたくしの目を惹きました。

ジークフリート・ルド・ロマロニルス。

彼はわたくしの初恋の人でした。







初めてわたしくしが彼を目にしたのは、騎士団の訓練を覗きに行ったとき。

12歳という若さで〈青い龍〉に入団を決めたジークフリートは、容姿もそうだけれど、実力も異彩を放っていました。

通常、魔法というものは同じ呪文を唱えれば、同じ能力の魔法が発動されます。

しかし、生まれ持った魔力の強さからか、同じことをしているはずなのに、彼の発動させる魔法は威力が違ったのです。

戦闘用の魔法に疎いわたくしでも、ジークフリートが人とは違う強さを持っているということがわかってしまうほどに。

彼が他の騎士たちに魔法や剣術を教える姿は、とても真剣で、とてもかっこよかった……。

当時14歳と、まだ恋も知らない幼かったわたくしは、簡単にあの騎士に心を奪われたのです。

今もまだ子供だと言われるけれど、思い返すとあの頃のわたくしは本当に幼かった。

ジークフリートに側にいて欲しくて、お父様に彼を護衛につけてくれるように、すぐに頼んだのです。

お父様が判断に迷われたご様子だったのは、団長に匹敵するほど優秀な人材を、すぐに動かせる状態であることが望ましいと思われたからでしょう。

結局のところ、ジークフリートは正式にわたくしの護衛騎士になることはありませんでした。

それでも、余裕のある時には護衛を務めてくれることになり、それでわたくしも満足していたのです。


ジークフリートがいてくれる時は毎回のように散歩と称して城を回り歩きました。

それはもう、夢見心地で。

心の内ではデートだと思って、彼と会える日は特別気合を入れてお化粧もドレスもこだわったものです。

ジークフリートは社交界でも「氷の貴公子」と呼ばれる人。

その隣を歩く権利を権力を持ってして得たわたくしは、すでに彼の美貌に酔っていたのかもしれません。

無口なジークフリートでしたが、わたくしから話しかければ必ず言葉を返してくれました。

「ジーク」と呼ぶことの許しを乞い「はい」と言わせて、わたくしは彼の気持ちも知らずに喜んでいたのです。

ここでひとつだけ言わせていただくと、わたくしの初恋は間違いなくジークフリートでした。

しかし、わたくしは彼の見目に惹かれるばかりで、彼自身のことを知ろうとしなかった。

大人なジークフリートは、きっとそのことを分かっていたことでしょう。

返す返す、恥ずかしさが募るばかりです。

そんな若気の至りを尽くしたわたくしは、彼と話せることが嬉しくて、日頃から何を話そうかと考えるようになりました。

そうすると不思議なことにいつもと同じ城のはずなのに、全てが新しく、美しく見えるのです。

庭の小さな花、空飛ぶ緑の鳥、不思議な形をした雲。

ジークフリートがいない日も、わたくしは毎日が楽しかった。


でもそうですね。

わたくしは楽しいこと、つまりは自分に都合の良いことにしか目を向けていなかったのです。



その日。

ジークフリートは一日わたくしの護衛をすることになっていました。

お気に入りのリボンで髪を結い、彼を待ちましたが、ついに彼がその日わたくしの前に現れることはありませんでした。

何があったのかとメイドから聞き出せば、ジークフリートと付き合っていたメイドがスパイだったことを知りました。

わたくしは彼女たちからそれを聞くまで、ジークフリートがお付き合いをしていたことすら知りませんでした。

衝撃を受けたわたくしは、呆然としました。

しかしながら、その話はわたくしにとっては有利なものです。

ジークフリートにお付き合いしている方がいなくなったのですから。

話に聞くところ、ジークフリートはやっと見つけたと思った想い人に裏切られ、更に心を凍らせてしまったそうで。

曲がりなりにも彼女だった人が死んだ後ですから、危険な現場から一時外されることになった彼はわたくしの護衛につくことが増えました。

——ジークフリートの凍った心を溶かすことがわたくしにできれば。

そう思わずにはいられませんでした。

でも彼は、わたくしが何を言っても、何をしても、いつもの無表情のまま業務的に返事をするのです。

これは仕事だ、と態度が語っていました。

もちろん、それを咎めているわけではありません。

どんな時でも任務を全うしようとする志は称賛すべきものです。

わたくしは、根気よく彼と接すれば。もう少し時間が経てば、信頼関係を築くことができるのではないかと、心のどこかでそう思っていたのだと思います。

あれやこれやと、ジークフリートが断らないことをいいことに手を尽くしました。




でも、それは間違っていたのです。




ある時からジークフリートはわたくしの護衛中にも、何かを探すように辺りを見回すようになりました。

それまでの彼は、息を潜め、感情を表に出さない澄ました顔でわたしくしの後ろについていたのに。

些細な変化ではありましたが、彼の青い瞳は確かに何か、いえ。誰かを探していたようでした。

わたくしの心は焦りました。

彼を見ていればそのお相手が、嫌でも分かってしまうものです。

彼女がいた研究室、彼女が報告に来る可能性の高いレイス魔導師長の執務室、彼女が通るはずの転移装置室。

彼の瞳は必ずそこを捉えていました。

彼女——エレン・ウォーカーは反対側の大陸からやってきた魔導書解読士。

ジークフリートと歳は近いようで、わたくしよりも大人の女性です。

ジークフリートとは一緒に訓練もしていた方で、帝国に来たばかりの彼女でしたが、とても貢献してくださっていらっしゃいました。

時にはその力を望まれて、騎士に掴みかかられてしまうほど。

あの時エレンさんは、丁度わたくしと散歩をしていたジークフリートに助けてもらっていましたから、その時に何かあったのかもしれない。

最初はそう思いました。

しかし、どうやら様子は違うようで。


「ジークフリートと解読士を合わさないように配慮して欲しい」


夕食でお父様に言われた言葉に、わたくしは戸惑いました。

どうして彼と彼女が会ってはいけないのか。

正直なところ、すごく気になりました。

でも、お父様はそれ以上は彼らのことを語ろうとしなかったので、わたくしも踏み込むことができませんでした。


「お前はいつも通りでいい」

「はい」


素直にお父様に頷くことが、わたくしの答えだったのです。

いつも通り——。

いつか来るかもしれない甘い日々を夢見て、わたくしはジークフリートの側を離れようとしなかった……。



長い間、彼を見つめてきたと思っていたのに。

わたくしは、わたくしの幻想を追い続けていただけなのかもしれません。

いつも凛として、無口でもちゃんとわたくしのことを分かってくれていて、わたくしのことを守ってくれる、まるで本から出てきたような美しい容姿をも兼ね備えた騎士……。



夢から覚めたのは、拉致されたエレンさんが救出された日でした。

あの日の出来事を忘れることは、きっと無いでしょう。


だんだんと肌寒くなってきた秋の終わり。

わたくしはエレンさんの無事を聞きつけて、彼女に会いにいこうと廊下を歩いていました。

ジークフリートとエレンさんが会うことを避けられていることを知っていましたから、安心していたのかもしれません。

彼女とジークフリートが結ばれることはないと……。

なんて自己中心的な考えだったのでしょう。

今思うと、厚顔無恥も甚だしい。

わたくしはお父様の言葉を信じ、自分のいいように解釈し、もしかするとこのままジークフリートが自分のものになるかもしれない。そう、夢を現と混同してしまっていた。

ジークフリートとエレンさんが、どんな関係なのかも知らずに。


反対側の廊下に、琥珀色の髪を揺らす騎士が見えた——。


わたくしは想い人を見つけて、声をかけようとしたのです。


「ジー、」


いつも飄々としているジークフリート。

脇目も振らずただ一点を目指す彼には、余裕なんてものは見当たらなかった。

焦燥を感じさせる表情で、ジークフリートは会議室に向かったのです。

呆気にとられたわたくしでしたが、何事かと、慌てて後を追いました。


開けっぱなしになった第三会議室の扉。

わたくしはそっと中を覗きました。


「ずっと、ずっと、探してたんだよ」

「……ごめん」

「これからは、ちゃんと俺が守るから……。だから、もう泣かないでくれ」

「っ! ……そんなこと言われてもぉ」


そこで見えたのは、今まで見たことのない顔をしたジークフリートが、エレンさんを抱きしめるところでした。

泣かないでくれとエレンさんに言った彼は、本当に辛そうでした。

きっと、どうすれば空白の13年をひとりで背負って生きてきた彼女に報いることができるのか、あの時の彼には想像もついていなかったのでしょう。

騎士としては情けなく、決してかっこうが良いとは言えない姿でした。

もう離さないと言わんばかりに、彼女を抱きしめ続けるジークフリートを見て、わたくしは我が目を疑ったものです。


彼はまるで別人でした。

完璧無欠の「氷の貴公子」「孤高の騎士」に相応しい男性はそこにはいなかったのです。


わたくしの幻想は、ガラガラと音を立てて崩れていきました。

率直に言いましょう。


——思っていたのと、違う……。


わたくしはそう思いました。

果たしてこれは、失恋だったのでしょうか。

今考えてみても、答えは出せずにいます。

でも、“ジークフリート” に恋をしていたことは、きっと確かなのでしょう。

その日の夜。

崩れ去ったわたくしの初恋に、わたくしはちょっぴり涙をこぼしました。

わたくしの不毛な初恋は、こうして幕を閉じたのです。








そして今。

大人の階段を一歩踏み出したわたくしは、お父様から渡されるお見合いの似顔絵と向き合っています。

勿論、見目のよろしい殿方には惹かれるものがあります。

しかし、わたくしはもうこの前までの恋も知らない娘ではありません。


「スーザン。便箋を頂戴」


控えていたメイドのスーザンに声をかけると、彼女はすぐに何種類かの便箋を持ってきてくれました。

わたくしは一番シンプルな便箋を選び、筆を走らせます。


「姫様、もうお相手の方をお決めになられたのですか?」


驚いたスーザンにわたくしは笑いました。

さすがにこの短時間に、生涯を共にするお方を決めることは、わたくしにはできません。


「いいえ。これをティアレス商会の会長さんに届けて欲しいの」

「ティアレス商会に?」

「ええ」


スーザンは不思議そうにしていたけれど、これでよいのです。

わたくしには、運命のお相手を選ぶ前にやるべきことがありますから。


「わたくしは心も身体も、もっと綺麗になって、もっと素敵な女性になって、旦那様を支えられる強い人間になりたいのです」




さあ、いつかのわたくしの皇子さま。

わたくしはきっと、今より何倍も魅力的な女性になってみせます。

迎えに来てくださっても結構ですし、わたくしが迎えに行っても構いませんわ。




夢に散った初恋なんて忘れてしまうくらい、わたくしは素敵な恋をしてみせますから————。









ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 朝から読みました。 泣きました。良かったです。まだまだ続きが読みたいです。
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