優しい処刑 sympathetic dead
今日もその時がきた。
(ーーもう何人目になるのかな……)
私は黒色の処刑着に着替えると、その内側のポケットに一錠の薬を入れた。
その薬は、飲むと数秒で身体に致死量の毒が周り、痛みや苦しみを感じる間も無く死ぬことのできる劇薬だ。
これは私の行なっている仕事が精神を病む恐れがあるという理由で上層部の人間が支給してくれたもの。
いつか自分が自分でなくなったとき、
気が狂ってしまったとき、
どうしても自分の行なっていることが嫌になったとき、
自死を考えて自分を殺そうとしてしまったとき、
そういった負の感情に己が支配され、どうしようもなくなってしまったときに飲む薬だと言われ、渡された。
でも、私は平気だ。
この死神の黒衣を纏い、彼ら罪人 (死刑囚)の前に立ったときには感情など捨てている。ただそこに人形がいる。私は法廷の人間から渡された剣で、その人型の首を斬り落とす。
ただ、それだけのこと。
魚を捌くか、牛を捌くか、鳥を捌く。それらとなにも変わらない。ただ卑劣な罪を犯した人間という豚を捌く。
ただ、それだけの違いだ。
この仕事を、作業を行っているとき、私はなにも考えないようにしている。意識してそうしている。
余計なことを考えてしまえば手元も狂うし、躊躇も生まれる。
そうなっては剣を振り下ろすことが辛くなる。
だから私は今日も無感情な能面を演じるのだ。
私は円形法廷の中心に向かう。
そこには膝をつき処刑具に首を嵌められた幼い少年の姿があった。
少年は酷く怯えている。
当然だ。これから恐ろしい【死】が待っているのだから。
私は少年の横に立ち周囲をみる。
傍聴席。
360度の円周の席には沢山の観衆がギラついた目をして座り、こちらを見ている。
ここは裁判という名のもと、偽の正義によって執り行われる処刑場。
この裁判の判決に無罪などない。
罪人たちはここに連れてこられた時点で死刑が確定しているのだ。
故に裁判などというのは メインである公開処刑の余興に過ぎない。
少年の前には15人の貴族が座っている。
そしてその中の一人が話し始めた。
「この者は妹を守る為と言い、貴族の男をナイフで刺した。しかし、それは虚言であるという裏付けが取れた。我々が調査した結果、この少年が一方的に言い掛かりをつけて、それに抵抗した貴族の男に対して腹を立て刺していた。と、周りにいた複数人が証言している。まあ幸い、刺された貴族の命が無事なのが救いですが」
そう話した貴族の男は気色の悪い笑みを浮かべて少年を睨む。
「全部嘘だーー!! お前たち貴族が集団で妹を辱めた!! ナイフだって僕は刺してなんてない。あれは牽制だ。だからかすり傷ほどしか切れてない。それが真実だ!!!!」
少年は恐れと怒りの感情が入り混じった声で叫んだ。
「まだ、虚言を重ねるとはつくづく愚かな。しかも、そんな下劣な嘘までついて、我々貴族の品位までも落としかねない卑しいもの言い。愚弄するにもほどがある!」
別の貴族が席から立ち上がり、少年に怒りの言葉をぶつける。
「裁判長!この罪人に判決を!!」
また別の貴族が立ち上がり、真ん中に座る豚のように肥えた貴族の男に判決を促す。
私が少年を見ると、とても悔しい思いでその拳を強く握りしめている。
横目でそっと少年の瞳を覗いてみる。
(ーーああ……そうなんだ……やっぱり…………)
心の中でため息まじりにつぶやいた。
(もう、こんな光景を私は何度見てきたのかしら)
こう言う罪人と呼ばれて連れてこられた人たちの中にいる罪のない犯罪者。
もう冤罪だと言ってもいいような罪。
貴族たちにとっては都合の悪いこと。
貴族の罪を肩代わりさせられた運のない人。
今回のように貴族の中にいるごく一部の豚によって辱めを受けた人たちの、抵抗による犯罪。
私はいつも、それを俯瞰して視てきた。
この裁判の様子を神の目のように遠くから見てきた。
それでいて判決が言い渡されれば死神が鎌を下ろすように剣を振り下ろす。
そうやって判決のままに私は罪のある人もない人も関係なく処刑、否ーー殺してきた。
ふっくらと肥えた豚が私に目で合図を送る。
「ーー判決を申し渡す!」
裁判長と呼ばれたその恰幅のよい貴族の男が判決を下す。
「貴族に働いた横暴 及び虚偽によって我々を貶める行為ーーその罪は万死に値する。よってその者には死罪をもって罪を償うものとする」
その判決が言い終わると共に私に剣が渡される。
(ああ、やっぱり私が本当の罪人なんだ。もうこんなことやりたくない)
「……ユナ。早く受け取れ」
剣を渡す男が静かに私の名前を呼ぶ。それではじめてわかった。執行の度に私に剣を渡すのはいつもこの人だ。
いままで意識したことなんてなかったのに。
名前を呼ばれてはじめて気づいた。
(何をためらっているのだろうか? 今日の私は木偶に成り切れないでいる)
私は男から差し出された剣を受け取る前に、15人の貴族が座る場所を見渡した。
すると一人の貴族。
一番最初に話していたあの貴族が、また気色の悪い笑みを浮かべていた。
そしてその口元から空の言葉が少年に向けて発せられるのを私はみた。
「 」
ーーそれは。
「 」
少年を挑発するとても醜悪な言葉。
その時に私は思った。
どうせ私は死神なんだ。
けれどこの少年に怖い死に方はさせたくない。
私は剣を受け取る手を静止して、処刑着の内ポケットから薬を取り出し、
「怖くないから、これを飲んで眠りなさい」
優しく少年に言うと彼は小さく口を開けたので、薬をその口の中に入れた。
喉元が動いて、すぐに少年は目を閉じた。
それを確認して私は男から剣を受け取った。
「ねぇ。ユナって呼んでくれてありがとう。名前なんて久しぶりに呼ばれたから、ちょっと嬉しかったわ」
私は剣を持って貴族たちの前に立った。ーーーー