第96話 墓地の階層の改造
アイディアを思いついたその夜、俺たちは墓地フィールドだけじゃなくて4つのフィールド全てにほんの少しだけ変更を行った。具体的に言うなら50センチ四方の石碑に六芒星が描かれたものを設置したことと、その前に召喚陣の罠を設置しただけだ。
森林や湿地、砂漠では見つけてさえしまえば簡単に見分けはつくだろうが、墓地に関しては他の墓石と形が似ているのでちゃんと見ないと勘違いして見落とすくらいに違和感はない。現に今フィールドを駆けまわっている奴らが気づいた様子はないしな。
「さて、誰が踏むかねえ」
俺の予想の本命としては加藤なんだが、走る速度とかを考えれば桃山も捨てがたい。数が多い自衛隊の奴らって可能性もあるしな。まあ誰でも良いが早く踏んでくれってのが本当の気持ちだ。
近くに人が通るごとに期待と落胆を繰り返していた俺の太ももをセナがポンポンと叩き、そして呆れたような笑みを浮かべながらこちらを見上げた。
「落ち着け。そんなことではこちらが疲れてしまうぞ」
「いや、それはわかっているんだが、なんて言うの? こういうイベントらしいイベントって考えてみれば初めてだよな。階層が増えるのもイベントっちゃあイベントなんだけどよ」
「まあ言わんとすることはわからんでもないがな」
セナが小さく笑いながら俺の言葉に同意する。今まで俺たちがしてきたのって基本的に見つかるのが当たり前のイベントばっかりだったしな。まあそうじゃないと意味がなかったんだから仕方ねえんだけど。
だが今回は見つからないようにして突発的に起こるようにと考えたイベントだ。まあ罠を設置したのとやってることはあんま変わりはねえんだけど規模が違うからな。
しばらくじりじりとしながらタブレットを見つめ、時折セナに突っ込まれたりしながら過ごしていたんだが、ついに最大のチャンスがやってきた。加藤がその場所に向かって走ってきたのだ。さすが頼りになる男だぜ。
「行け、行け、行け、行け」
「なんというか呪いをかけているように見えるぞ」
「ほっとけ」
加藤は一直線に罠へと向かって走っていく。まるで引き寄せられるかのように進むその姿はそういった業を背負わされているかのようにも思える。残り20メートル……10メートル……よし、もうこれは確実だ、と俺が思ったその時だった。
「加藤さーん。そろそろお昼ですよー」
背後からかかった桃山の声に加藤の足が止まる。あと1歩足を踏み出せば罠だったのに絶妙なタイミングすぎだろ。いや、確かに12時2分前だから桃山の言ってることは間違っちゃあいねえんだけどよ。
加藤が自分の腕時計を確認し、そして振り返る。あぁ、終わったな。くそっ、イベントは午後に持ち越しか。まあ今日起きない可能性もあるんだけどな。
仕方ねえ。俺たちも休憩と昼の準備をしねえとな。というかやべっ、昼の準備!
「慌てるな、準備は既にしておいた。透は忘れていそうだったからな」
「悪い、助かった。じゃ俺たちも昼にするか。セナは何が良い?」
「ふむ、そうだな。やはり今日はかぼちゃの……」
あいつらが昼休憩に入るならその間に俺たちも食事をしておこうとセナと話し始めたのだが……
「桃山の嬢ちゃん。昼まではあと2分あるぞ。公務員なら時間は守らんとな」
「えぇー」
不平の声を上げる桃山をよそに、振り返っていた加藤が元の向きへと戻り、そして罠へ向かってその足を踏み下ろした。カチッという音と共に召喚陣の罠が起動し、加藤の踏み下ろした足を中心に魔法陣が展開される。
「ふぁ!」
「加藤さん!」
桃山が駆けだすのとほぼ同時に魔法陣上に光の柱が立ち上り加藤の姿がその柱のせいで見えなくなる。まるで加藤が昇天したかのようだ。
やっぱ、すげえぜ。俺の予想を加藤はことごとく超えてくるな。いろんな意味でだが。
そしてしばらくして光の柱が収まり、当然のことながら昇天することもなく加藤はその場所に残っていた。1つだけ違うのは加藤の目の前に真っ黒なボロボロのフード付きのローブを着て、白い仮面を顔につけた何かがふわふわと浮かんでいることだ。加藤はそれを凝視したまま固まってしまっている。
それが持っている巨大な鎌には絶望している加藤の顔が映っていた。まあ当たり前だよな。見た感じ死神そのものだし。
死神はじっと加藤のことを見つめている。加藤の顔からぶわっと汗が吹き出すが動くことはない。というか動けねえんだろうな。しばらくそうしていたのだが、死神がいきなり顔の向きを変えた。そこには加藤の元に向かって走ってくる桃山の姿があった。
死神がふわりと、しかしかなりのスピードで桃山へと近づき、その巨大な鎌を振るう。桃山は鎌の柄の部分を両手で持った木の棒で受け止めて初撃をなんとか回避したが、死神はそのまま鎌を引き寄せた。
背後から刃に真っ二つにされた桃山が悔しそうな顔をしながら消えていく。
「桃山さん!」
異常事態に気づいた自衛隊の奴らや警官たちが走って向かってくるのを死神の白い仮面がじっと眺め、そして再びふわりと体を浮かべて動き出した。
墓地のフィールドに残っているのは既に加藤だけだ。他の奴らは全員死神、まあ正確に言うのであればハロウィンの死神っていう人形のモンスターに殺されて死に戻っちまったんだけどな。
今、こっそりと加藤が逃げようと階段へと向かっているがハロウィンの死神は宙に浮かんだまま特に何をするでもなくふわふわと移動している。途中に他の人形もいねえし、たぶん無事に戻ることが出来るはずだ。まあ加藤だから確信はねえけど。
このハロウィンの死神はちょっと変わった人形で、まあその名が表す通りハロウィンの飾りとして使われる死神の人形がモチーフになったモンスターだ。最近では日本でもハロウィンが広がってきて見かけるようになったが、結構見た目が怖いうえに音に反応して動き出すので、知らないとかなりびっくりするんだよな。動かない奴とか常時動いている奴とかもいるんだが。
まあその人形の特性を引き継いだのか、このハロウィンの死神は音に反応して動くモンスターだった。つまり目の前を人が通ったとしても音がしなければ何もしないのだ。まあそのぶん宙に浮かんでいたり、戦いの技術に秀でているようだけどな。
ただ遠くを歩くだけならハロウィンの死神は反応しない。でも走ったり戦ったりといったある程度大きな音を出した瞬間にそいつに向かって牙をむくのだ。そんな奴が徘徊するようになった墓地のフィールドで今までのように動けるはずがない。
まあそれでも他のフィールドに比べれば圧倒的に倒しやすいとは思うけど、そこをどう判断するのかは俺じゃねえしな。
「無事に徘徊型のフィールドボスの登場を演出出来たな。これで多少はチュートリアルらしくなるだろう」
「他の3か所はいつになるかな?」
「さあな。それよりあいつの名前はどうするんだ? 考えると言っていたが」
「あー……」
ふわふわと墓地を徘徊しているハロウィンの死神を眺める。フィールドボスに値するように強化したし、1体しか出すつもりはねえから名前をつけるつもりではあったんだが、なんか死神からイメージする名前って縁起が悪いような気がすんだよな。死神の人形ってだけで本当に死神って訳じゃねえし。
ってことはハロウィンから考えるとして……おっ、そうだ!
「ロウなんてどうだ? ハロウィンのロウと法のロウの二重の意味だな。墓場のフィールドの法を守る存在だし」
「ふむ、透にしてはなかなか良いんじゃないか?」
「俺にしてはが余分なんだよ。じゃ、名前も決まったしそろそろ俺たちも飯食べようぜ」
「そうだな」
墓場のフィールドから逃げ出していく加藤の姿を横目に食事の準備を始める。さてセナのかぼちゃって言うリクエストもあったしハロウィンらしく煮つけでも食べるとするか。
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