第94話 また別の可能性
少々遅れました。申し訳ありません。
真新しい机や椅子等の備品で整えられた部屋で、その一番奥に座っていた眼鏡をかけた男がペラペラと紙をめくっていく。男の目の前にはその様子を緊張した面持ちをしながら黙って見守る若い男と初老の男が直立不動で立っていた。
そして眼鏡をかけた男はその報告書を読み終え、机へと置くと深いため息を吐いた。その姿に2人がびくっと体を震わせたが、そのことを気にも留めず、眼鏡の男は鋭い視線で目の前に立つ2人を見る。
「この報告は本当なのか? 加藤、篠崎」
「本当じゃよ。自衛隊の方からも報告がそのうち来るじゃろう」
「間違いありません。アリスという人形のモンスターには杉浦陸准尉が質問をされていましたのでどの程度まで聞いたのかは不明ですが、伝え聞いた分についてはその報告書の通りです」
よどみなく答えた加藤と篠崎の言葉に神谷は少しだけ眉間のしわを深くした。そしてそれを緩めるかのようにふぅと息を吐き、視線を左右に振る。
「桃山はどうした?」
「新しいモンスターで腕試ししてくるそうです。私がいても立っているだけですしー、って言ってましたよ」
「あいつらしいな。まあ勤務時間も終わっているから強くも言えんか」
苦笑を浮かべつつもそれ以上何も言わず神谷が再び報告書へと目を落とす。そこに書かれていたのは今回出現したという新階層のフィールドダンジョンについてだ。加藤たちが探索した4つの趣の異なる階層、そして特殊すぎるお茶会をするための会場となっている階層について現状でわかっていることが記載されている。
これまでの洞くつのような姿から一変したらしきその姿は今の神谷には想像するしかない。しかしこの報告書からだけでさえ、頭の痛くなる未来が神谷には見えていた。
「篠崎、先ほどの葉をもう一度見せてくれ」
「あっ、はい」
先ほど帰ってきた時に服についていることを神谷に指摘され、報告書と共に持ってくるようにと言われていた葉を篠崎が手渡す。その葉を掌の上に乗せてしげしげと観察しながら神谷は「うーん」とうなり声をあげて考え込んだ。
「ねえ、加藤さん。なんで神谷部長は悩んでいるんですかね。ただの葉っぱですよ」
「儂にわかるわけないじゃろ」
「ですよね」
「あっさり同意されるとそれはそれで傷つくんじゃが……」
ぼそぼそと小さな声で話していた2人へ、葉っぱを報告書の上に置いた神谷の視線が突き刺さる。即座に気を付けの姿勢を取り直す2人の姿に神谷が苦笑を浮かべつつ口を開いた。
「これはダンジョンに生えていた木の葉だ」
当たり前のことを言う神谷に2人がよくわかっていないという表情で返事をする。こほんと小さく咳ばらいをし、神谷は言葉を続けた。
「つまりフィールドダンジョンにある木や砂などは外へと持ち出せる可能性があるということになる。少量だから見逃されたという可能性が無いわけではないが、先ほどの報告書を見る限りそれが禁止されているような記載は無かった。ダンジョン内で生えている植物や木を採取できるとなるとおそらく問題になるだろうな」
「すみません、神谷部長。何が問題になるのでしょうか? 林業に影響が出るとかではないですよね」
「重い木を背負って階段を登るのは遠慮したいのぅ」
「それについてはしてもらうことになるかもしれないが、もちろん林業なんかじゃない。考えればわかるだろう」
篠崎が頭を下げて「すみません」と謝る横で、加藤が木を背負って運ぶ自分の姿を想像し、あからさまに顔をゆがめる。そんな反応に神谷がこの2人にどう伝えるべきかしばし天井を眺めながら思案し、そして再び視線を元に戻した。
「ダンジョンを攻略するうえでネックとなっている問題は何だ?」
「やはりモンスターかのぅ。何度殺されたかもう忘れてしまったくらいじゃし」
「そうですね。罠はまだ回避のしようがありますけど、強いモンスターからは逃げることさえ出来ません」
その答えに神谷は満足げにうなずき、そして質問を重ねる。
「ではその強いモンスターと戦うにはどうしたら良い?」
「それは戦ってレベルを上げるかスキルを取るしか……」
「ああ、そういうことじゃな」
「あれっ、加藤さんわかったんですか?」
「まあここまでヒントを出されればわかるじゃろ」
したり顔でうなずく加藤の姿に焦ったように篠崎がぐるぐると視線をさまよわせて考えていたがしばらくしてその両手を天井に向けた。
「降参です。正解を教えてください」
「お前の悪いところはそうやって見切りが早いところだ。自分で考えることの大切さを……」
「まあまあまあ、説教は今度でいいじゃろ。正確に言えば儂らも勤務時間は過ぎておるんじゃし、篠崎も全く考えていないという訳ではないしのぅ」
神谷の説教が始まりそうになったところで、それとなく加藤がその視線を遮りそれを止めた。加藤の背後で篠崎が助かったという顔をしているのは単純に神谷の説教が始まると長いことを知っているからだ。もちろん加藤が止めたのもそれに付き合わされるのがごめんだからであり、半分は口から出まかせのようなものだったが神谷は神妙な顔に戻って椅子に座りなおした。
「すまないな。そうだな、さすがにこれ以上引き留めるのは悪いから正解を言うが、強いモンスターに対抗することが出来ない1つの理由は現代兵器がダンジョン内では通じにくいという制限があるからだ。学者の先生が言うにはダンジョン内にある物やモンスターには測定できない力場のようなものがあるのではということらしいがな」
「逆に言えばダンジョン内の物を使えばモンスターに通じる武器が出来る可能性があるという訳じゃな」
「ああっ、そういうことですか!」
「さらに言えば、ダンジョンの宝箱から得られるポーションのような効能がある素材を発見できる可能性もある。そうなれば手作りのポーションの誕生だ。可能性があるというだけでも医学分野はこぞってダンジョンの素材を求めるだろうし、他の業界においても新素材の発見により飛躍的に技術が進化するということは往々にしてある。大学などの研究者もこぞって入りたがるようになるだろうし、この情報が海外へと漏れれば今でさえかなりかかっている圧力がさらに増すだろうな。フィールドダンジョンと言う新しい階層、そしてその素材を死ぬ危険性もなく得ることが出来るとなれば……」
神谷がとうとうと考えられる未来像を語っていくのを加藤と篠崎は遠い目をしながら聞いていた。
「ねえ加藤さん。これってかなりまずい状況じゃないですか? 仕事に忙殺されそうな予感しかしないんですが」
「良かったのぅ、給料が増える目途が立って。新婚じゃし何かと物入りじゃろ」
「今はお金より奥さんと過ごす時間が欲しいんですけど。それよりこれっていつまで続くんですかね? 加藤さん止めてくださいよ」
「嫌じゃ。お主が止めれば良いじゃろ」
「出来れば頼みませんって」
ぼそぼそと擦り付け合いをする2人への神谷のありがたい未来予想が終わったのは、結局それから30分ほど経過した後だった。
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