第93話 お茶会の会場
お茶会の会場である階層に降り立った警官や自衛隊の奴らが呆気にとられた様子で立ち尽くしている。いやー、こんなに良いリアクションをしてくれると頑張ったかいがあったってもんだな。
お茶会の会場はモチーフがアリスだけあってコンセプトになっているのは不思議の国だ。とはいえ城とかはさすがに作れなかったから森の中の赤い三角屋根の小さな一軒家とそこに隣接する広大な芝生の庭にテーブルと椅子が並んでお茶会の会場になっている。
ざっと100人程度は同時に利用できるように造ってはあるが、いつか満員になることがあるのかね。まあ森の中のお茶会会場っていうインパクトを重視した結果こんな感じになったんだけどな。こじんまりとした感じも捨てがたかったんだが、そうすると働く人形の数が少なすぎるし。
この階層は正確に言えばフィールド階層じゃない。というかフィールド階層はめちゃくちゃDPを食うから普通の広間に木や芝生とか家とかを設置してそれっぽくしただけだ。
ちなみに小さな一軒家についてはアイテムの交換場所だったり、人形たちが運ぶ料理の保管場所にする予定ではあるが現状ではただの飾りだ。鍵もかかっているから窓を破ったりしなければ中に入ることは出来ない。さすがにそこまでする奴はいねえだろう。いたとしても制裁を加えるだけだしな。
「確かにお茶会と言えなくもないですねー」
「これはセルフでと言うことですかね」
白いテーブルの上に載せられたお茶会セットを眺めながら話す面々の表情はどこか微妙だ。そうだよな。俺もその意見に賛成だ。
「おい、やっぱダメじゃねえか」
「いや、そんなことはない。見てみろ、ちゃんと席に座っているだろう」
「いや、そりゃあここまで来てただ帰るって訳にもいかねえだろ」
意地でも失敗を認めようとしないセナにため息を吐きながら、壁掛けのタブレットに映るせんべいと緑茶と言う純日本的なお茶セット眺める。確かにお茶と言えばお茶だし、組み合わせとしては順当だろうよ。アリスの世界とは果てしなく似合ってねえけどな。
「やっぱ紅茶と適当な焼き菓子で良かったんじゃねえか?」
「大丈夫だ。せんべいは世界を超える」
「無駄に壮大だな」
戸惑いながらも緑茶を湯呑に注ぎ、せんべいへと手を伸ばしていく奴らの微妙な反応を見れば明らかに失敗なんだけどな。セナの熱意に負けてこの組み合わせにしたんだが、やっぱりしょっぱなは定番で行くべきだったな。一応保険はかけておいたけど。
一応全員の湯呑に緑茶が行きわたり、そしてせんべいも自由にとることが出来るようになったが誰も口をつけようとしない。まあ誰が用意したかもわからんせんべいとお茶を何の警戒もせずに食べるような奴はかなり根性が座ってるか、馬鹿かどちらかだろう。
ここに加藤がいればな。なんだかんだ理由をつけて先陣を切らされたんだろうが、死に戻った加藤はもうダンジョンから外に出ちまった。たぶん先んじて報告をしているんだろうがこういう時にこそ居てほしい存在なんだけどな。
「とりあえず俺がいく。ダンジョン内なら毒で死んでも生き返るしな。さすがに持ち帰り出来るかなんて聞いてねえよな?」
「すまん。まさかこういった持ち帰りが出来そうなものが出てくるとは考えていなくてな」
「いいって。じゃ、いただくとするかね」
申し訳なさそうな顔をする杉浦の肩を叩きながら牧がせんべいを掴み豪快に口の中に一口で放り込んだ。ぼりっ、ぼりっと言うせんべいをかみ砕く音だけが響き、皆の視線が牧に集まっている。
なんなんだろうな。悲壮な覚悟を見せて行う行為がせんべいを食べるって。いや、もちろん毒なんて入ってないセナおすすめのせんべいだと俺が知っているからそう思っちまうんだろうが、せんべいを食べる男を真剣または心配そうな顔で全員が見つめるってシュールすぎるだろ。しかもDPがめっちゃ入ってくるし。
ぼりっ、ぼりっとかみ砕く音が終わり、牧が湯呑からお茶をすすった。そして湯呑がテーブルへと置かれる。ごくりと誰かののどが鳴る音が聞こえた。
「うまいな」
「大丈夫なのか? 特に体調に異常は?」
「いや、特にはないな。遅効性の毒ってことも考えられるから数日はダンジョンで寝泊まりしたほうが良いかもしれねえけど。味はまあまあだぜ」
「そうか。ありがとう。では食べる者を決めよう。流れで全員分用意してしまったがさすがにそれは危険だからな」
せんべいを気に入ったらしい牧がバリバリと食べ進める横で杉浦が主導となって食べ飲みする者を決めていく。特に食べると決まった者も牧の姿で多少安心感を覚えたのか不安げな様子はあまりなく、ちゃんとせんべいを味わっているようだ。連帯感があるのか食べた者のグループで話が盛り上がっているな。
「ほら見ろ。問題ないではないか」
「いや、まあ結果的に見ればそうかもしれねえけどよ」
なんとなくセナが得意げなのが腑に落ちねえんだけど、まあ別に良いか。少なくとも用意した物を食べさせるっていう最低条件は満たした訳だしな。
ドロップアイテムの回収する役割と人形たちの新しい職場づくり。その両方の目的を達成するためにこの階層には結構力を入れたんだから有効利用してもらわねえと。閑古鳥が鳴いて人形たちが働けないなんてなったら本末転倒だしな。
いや、考えてみれば毒入りだと警戒されるのは当たり前だ。もしかしてセナはそこまで考えて持ち帰りやすいせんべいを最初のお茶会として選んだんじゃあ……
「なあ、セナ?」
「あぁ、透も気づいたか」
せんべいをビニール袋にしまって持って帰ろうとしている杉浦たちの姿を見ながら俺の言葉にセナがコクリとうなずきながら返してくる。うわっ、やっぱそういうことか。
確かに焼き菓子とかでも持って帰れなくはねえけど雰囲気に乗せられて食べちまうって可能性も少なからずあったかもしれねえしな。せんべいと緑茶っていう異物にすることによって冷静に判断が出来るようにって考えた訳だな。うーん、完全にセナの趣味だと思ってたわ。
そんな風に見直している俺に向かってセナが言葉を続けた。
「あのしまい方ではせんべいが湿気ってしまう。それにせんべいは開封直後にすべて食べるというのがベストなのだ。これだから素人は困る」
「あー、うん。せんべい食べるのに素人とか玄人とかいるのかとか突っ込みたいところだが、もういいや」
さっきまでの俺の考えは何だったんだ、と力というかやる気が抜ける。まあ結果的に良い感じで進みそうだしどうでも良いか。
警官や自衛官の奴らがせんべいを食べる姿を見て自分も食べたくなったのかいそいそとせんべいの袋を取り出すセナの後ろ姿を眺めながら俺は笑い、そして小さくため息を吐いた。
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