第92話 フィールド階層のつかみ
「うわっ、やっぱ強えな」
「まあそうだろうな。偵察に向かう部隊は精鋭と決まっている。それに軍人ならば似たような過酷な環境下での訓練もしているだろうしな」
フィールド階層を開放して、やってきた警官と自衛隊の奴らの動向をタブレットで観察していた訳だが、思った以上に対応されてしまい怪我を負わす程度しか出来なかった。せっかく新しい人形たちを用意したんだけどな。
確かにセナの言う通り、自衛隊の奴らの方が警官に比べて慣れている。死角をカバーしあうって言えば良いのか? 1人で出来ないことを理解しているって感じだ。とはいえかなり戦いづらそうにはしていたから簡単にいく訳じゃなさそうだけど。
「まあ今回は階段周辺を偵察しただけだし、その時間も短い。こういった環境は長時間過ごすということが最も負荷を与えるからな。罠を設置した場所までたどり着いてもいない現状で心配するのは早計だぞ」
「あー、確かに不意打ち系の敵とか多いし神経は磨り減るか。俺は絶対に行きたくねえな」
考えてみればフィールド階層って5キロ四方あるんだよな。かなりの人数を動員して調べるのならある程度の時間で済むのかもしれんが、少人数で探索しようとすればその分時間をかけるしかなくなる。普通に歩くだけでも疲弊するし、さらにいつ不意打ちで襲われるかと警戒しつつなんてなればさらに疲れるのはわかりきっているしな。
でもいつかはやるんだろうなぁ。なんというかお勤めご苦労さんと言いたくなってくるな。
とりあえずフィールド階層の方は問題ないとしても、アリスと話し続けている杉浦って奴の方も少し気になる。なんというか微に入り細に入り質問してくるってのか? いや、別にそこまで聞かなくても良いんじゃねってことまで聞いている。
フィールド階層でのトイレの可否まで聞いてきたしな。まあ調査が長時間に及ぶって考えたからなのかもしれねえけど。出物腫物ってやつは仕方ねえだろ。
一応アリスにはある程度聞かれそうなことを俺とセナで考えて教えておいた。基本的にそれ以外のことには「知らない、わからない」って答えるように伝えておいたので今のところ応答に問題はない。
っていうか教え込むときにセナの想定していた質問応答がけっこう聞かれたことと被ってんだよな。やっぱ軍関係の奴が心配することって共通なのかもしれねえな。さっきのトイレ事情もそのおかげで答えられてたし。
でも……
「うーん、そんなに物と交換できるって重要か?」
杉浦が質問に織り交ぜて何回か聞き方を変えながら聞いてきたのは、アリスがちょっとほのめかしていた招待券と物を交換できるっていうことについてだ。アリスはわからないって答えたんだが少しでも情報が手に入らないかって執念を感じる。
そう大したもんと交換するつもりはねえんだけどな。
「ダンジョン産の補給物資を定期的に手に入れられる当てが出来たのだから当然だろうな。ここの宝箱も基本的にランダムだ。特別な物品の確実な補給線を確保できるというメリットは大きい」
「ふーん、そんなもんか」
「まあ私としてもここまでとは想定していなかったが……これはモンスターたちの配置を考え直すべきかもしれないな」
「んっ、増やすのか?」
「逆だ、馬鹿もんが」
反射的に聞いた俺に、あぐらの上に座っていたセナが振り返り、呆れたような視線で俺を見上げてくる。いや、なんも考えねえで言っちまった発言だったんだけど、そんな目をされるとちょっとくるもんがあるな。だって今までは増やすことの方が多かったしよ。
しかし逆だとすると減らすってことか。でもそうしたらチュートリアルとしての価値が下がるんじゃねえのか? フィールド階層を造ったのだってこのダンジョンの価値を高めるためだったのに、本末転倒のような気がすんだが。
いまいち正解にたどり着けずに考えを巡らせていると、はぁーと大きな息を吐いてからセナが説明を始めた。
「良いか。あくまでダンジョンは試練を与えなければDPは得られんのだぞ。そう簡単に目標を達成されては意味がないだろう。ドロップアイテムを回収しているとはいえ<人形修復>にもDPがかかるしな」
「まあ、それはわかるけど、そんなに価値があんのか? っていうかお前はどのくらいが適正だと思ってるんだ?」
「うむ、6人組で1時間に1体倒せれば御の字という感じか?」
「マジかよ」
思った以上に厳しいな。まあ確かに今フィールド階層にいる人形たちは200から500DPくらいだからドロップアイテムを回収できたとしても1体につき20から50DPは<人形修復>でかかる。
フィールド階層に入った辺りから急激に入ってくるDPが増えたから試練としての質は高いようだが、それでも多くの人形を倒されれば赤字になる可能性が高いか。
うーん、バランスが難しいな。
普通に倒されてドロップを持ってかれちまうと確実に赤字になるだろうと思ったからアリスに30万DPもぶっこんで案内役兼ドロップ回収役をこなせるように造りあげたし、穏便に回収する方法として考えたお茶会の招待状と交換ってアイディアも良いと思ったんだがな。衣装が届いた人形を給仕役として増やす理由にもなるし、衣装が出来上がるまでの時間稼ぎにもなる。
でもさすがに1時間に1体はやりすぎな気がするな。自衛隊とか警官とか職業としてダンジョンを探索している奴らならそれでも問題ない気もするけど、一般の探索者がそんな面倒なことをするとは思えない。将来的にはフィールド階層も一般に開放されるはずだし、その時に閑古鳥が鳴くようでは造った意味がねえからな。
「とりあえず数を減らして調整するか。おいおい良いバランスが見つかるだろう」
「そうだな。ギリギリのラインを見つけるぞ」
「あー、まあちょっとは手加減してやれよ」
「もちろんだ。希望がちらちらと見える程度が最高の状態だからな」
なんとなく悲惨なことになりそうな気がしないでもないが、まあ俺がそんな目に合うわけじゃねえし、なによりセナが楽しそうにしているからいいか。
普段はそんなんでもねえんだけど、こういう軍隊の訓練じみたことになるとSのスイッチが入るんだよな。こういう時は触らぬ神に……
「おっ、そういえば透」
「なにかな、セナさん」
変なことを考えていたのが悪かったのか、突如俺にかけられた言葉になぜか背筋が寒くなり全身に震えが走った。ちらっと確認したがこちらを見上げるセナは笑っている。笑っているんだが目を合わせちゃいけない時だと俺の本能がささやいてくるのでタブレットを見つめたままの状態を維持する。
「いや、なに。そういえば透に砂漠の歩き方は教えたが、森や湿地は教えていないことをふと思い出してな」
「……いやいやいや、大丈夫だって。俺、森とか大好きだし。人形作りの沼にもはまってるからきっと湿地も問題ねえよ」
「ふむ。後半の意味はよくわからんが好きだし問題ないなら喜んで訓練を受けるということだな」
「逃げ場がねえじゃねえか!」
反論しようとしたが、セナの口に敵うはずもなく結局俺は落ち着いたころに地獄の歩行訓練、森林編と湿地編を受けさせられることになってしまった。
完全にテンションがだだ落ちなんだがこれから警官や自衛官たちがお茶会会場へと向かうところだからな。ふて寝したいところだが見ないわけにもいかねえし。
警戒しながらもどことなく楽し気に向かう警官や自衛官たちの姿に、やっぱフィールド階層に出現する人形たちは少なくても良いかもなと俺は八つ当たりぎみに黒いことを考えていた。
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