第91話 情報収集と調査
「桃山さん、見えましたか?」
「だめですねー。おそらく闘者の遊技場の例のモンスターよりも強いかもー」
「やはりそうですか」
桃山へと近づき、小さな声で問いかけた杉浦がその答えに「やはり」とうなずく。杉浦自身も例のモンスターと呼ばれているクレーンの騎士のユウとは何度も戦ったことがあった。最初は目で追うことも難しかったユウの攻撃も最近では見ることだけなら多少は出来るようになっている。見えたとしても体の反応が追い付かないため倒されることに変わりはないのだが。
しかし今、アリスが加藤を吹き飛ばした動きは全くわからなかった。そして桃山でさえ全く見えないということはアリスがユウよりもはるか格上の存在であることの証左に他ならなかった。
決意を胸に秘めながら、杉浦がふっと息を吐いてアリスへと近づいていく。
「私からも質問して良いだろうか?」
「うん。でもおじさん、誰?」
「すまない、私は杉浦と言う。フィールドダンジョンについてはこの後で見させてもらおうと思うのだが、先ほど言った招待状を集めると何かと交換できるというのは具体的に何と交換できるんだ?」
杉浦が先ほどの加藤とアリスのやり取りのうちで気になったのはその点だった。
フィールドダンジョンと言う名称と告げられた地形名からそれがどんな場所なのかはある程度予想がついた。そして本当にそんな階層が現れればダンジョンの討伐が非常に難しくなるだろうということも、その事前訓練をこの初心者ダンジョンで出来るということの有用性にも考えが及んだ。
しかしそれ以上に重要になるかもしれないと考えたのが招待状と何かを交換できるようになるという情報だった。
現状、ダンジョン産のアイテムはモンスターからのドロップ、もしくは宝箱などからの入手しかない。そしてドロップはともかくとして宝箱からの入手など早々に出来るものでもない。この初心者ダンジョンは例外として、他のダンジョンではそういった宝箱が1つもない所がざらにあることを杉浦自身がよく知っていた。しかも運よく宝箱を見つけたからと言ってその中身が何であるかはわからないのだ。それを本当の意味で利用できるようになるのは様々な調査結果が出た後になる。その効能があらかじめわかっていればと言う思いを抱いたことは1度や2度ではなかった。
交換ということであれば、その物品の名称は提示されるはず。そこから効果を類推していくことも出来るし、何より望んだものが望んだ時に手に入るということはとてつもないメリットだ。そう杉浦は考えたのだ。
期待に満ちた目で見つめてくる杉浦の視線を受けながらアリスは「うーん」とうめいて首をひねっていた。そして
「えっとねー。わかんない」
あっさりと知らないと言い放ち、答えることを放棄したアリスに、杉浦が目を見開く。
「案内人の君の管轄ではないのか?」
「うん。アリスはフィールドダンジョンの案内人だけど、それ以外はわかんないよ。たぶん交換が始まったらその役割を持った子が現れると思うからその子に聞いて欲しいな」
「そうか。残念だが仕方ない」
「残念? アリス、ダメな子? 失敗しちゃった?」
「いや、そんなことはない」
肩を落とすアリスの姿に思わず手が伸びそうになった杉浦だったが、先ほどの加藤の姿を思い出し何とかその手を止めた。そしてアリスを言葉で慰めると杉浦が話すのを見守っていた仲間たちに集合をかける。
「とりあえず私はこのままアリスと話を続けてできうる限りの情報を入手しようと思う。部隊の指揮を牧に預けるから4つあるというフィールドダンジョンを確認してきてくれ」
「人員を分けるか?」
「いや、時間はかかるが全員で探索したほうが良いと思う。ある意味で4階層よりもやっかいな階層になっている可能性が高いからな。ついで……」
「人数分のドロップアイテムを用意して来いってんだろ。わかってるよ」
「ああ、頼んだ」
杉浦の肩をポンと叩き、牧が指揮をとってフィールドダンジョンへと向かって歩いて行った。その後ろ姿を見送り、そして杉浦は再びアリスから情報を引き出すべく質問を重ねていくのだった。
およそ2時間後。アリスへの質問を終え、それをまとめていた杉浦の元へ16名が戻ってきた。服に汚れが目立ち、軽い怪我を負っている者もいるが命に別状はなさそうなその姿に杉浦の頬が緩む。
「無事任務を果たし帰還しました、隊長殿!」
わざとらしく敬礼をしながら角張った報告をする牧に杉浦が歯を見せて笑う。牧もそんな杉浦の顔を見て表情と言葉を崩した。
「で、どうだったんだ?」
「あー、まあ後で詳細は報告するが正直な話きついな。4階層で散々鍛えたはずの俺たちでも油断したらやられる。死角が多いし、歩きづらいし、その上その地形を利用したモンスターもいるからな。これはじっくり訓練しないとかなり犠牲が出そうだ」
「チュートリアルがあってよかったな」
「全くだ」
半ば予想されたことではあったが、1から3階層までとは比較にならない難易度の高さに思わず2人が苦笑いする。そんな2人の元へ、はがきサイズの紙を持った隊員がやってきてそれを杉浦へと渡した。その紙を牧が覗きこむ。
「おっ、これが例の招待状か。『A Mad Tea Party』って大丈夫なのか?」
「不思議の国のアリスを元にしているようだしな。名前としては順当だろう。大丈夫なのかはわからないがな」
「おいおい、そこは嘘でも大丈夫って言えよ」
「まあまあ、ここで話していても意味がありませんし、さっさと行きましょー」
いつの間にか近づいていた桃山が杉浦が持っていた招待状から1枚をひょいっと抜き取り、お茶会の会場へと続く通路に向かって歩いていく。そして入口手前に立っていたトランプ兵へと招待状を見せると入り口をふさぐように斜めに交差していた槍がまっすぐになり人が通れるほどになった。
「桃山さん。あぶないですよ!」
警官たちが杉浦から招待状を受け取り桃山の後を追っていく。自衛隊員のみが残された部屋で皆がどうするのか? と視線を杉浦へと向けた。
「では我々も行こうか」
肩をすくめそう言った杉浦から牧が招待状を受け取り隊員たちに配っていく。そして周囲を警戒しつつ自衛官たちは通路へと入っていった。
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