第90話 アリス
ご心配おかけしました。なんとか書ける状態まで回復したので投稿再開します。
その日その階段を見つけたのは朝の巡回を行っている警官たちだった。彼らは4階層から下へと延びる階段を発見し、そして下に降りることなく引き返し即座にその報告をした。
そしておよそ1時間後、新たに発見された4階層から下へと続く階段の前にいたのは、通常4階層の攻略を主としている警察と自衛隊の精鋭チーム18名だった。
「では打合せ通り先頭と最後尾はこちらで受け持ちます」
「よろしくお願いします」
軽い話し合いを終え、自衛隊の6人を先頭に集団が階段を降りていく。ほとんどの者の顔には少なからず緊張が浮かんでいたが、集団の中央を歩く女の警官だけは楽し気にきょろきょろと辺りへと視線を巡らせていた。そしてほどなくして集団が階段を降りきり比較的明るいその部屋で見たのは……
「うさぎ?」
「!」
部屋の中央で立っていた赤いチョッキを着た白うさぎがピョンと一跳ねし、一目散に部屋から二足歩行のまま逃げていく様だった。反射的に足を踏み出そうとした自衛隊員を先頭の男が制する。
「待て! どうする、隊長」
「警戒しつつ後を追ってくれ。罠の可能性が高いが確かめないわけにもいかないだろう」
「だな」
先頭を歩いていた牧一等陸曹が視線を隊長である杉浦准陸尉へと送り、至極当然といった顔をしながら杉浦の答えにふっと小さく笑いを漏らす。そして手を振り合図をすると再び歩を進め始めた。
今回は新たに出来た階層の調査が主目的なのだ。それが罠であったとしても、それを含めて調べることが今回の任務と言える。それがあからさまな罠への誘いであったとしても、ここで歩を止めるという選択肢はない。
「うーん、初めて見るモンスターだったねー。強そうには見えなかったけど」
「桃山の嬢ちゃん。見た目で判断すると痛い目をみることになるぞ」
「大丈夫ですってー。加藤さんよりは見る目がありますし」
漫才のようなやり取りをする桃山と加藤の姿を少しだけ羨ましそうに眺めていた杉浦だったが、再び顔を引き締めて前を向くと通路の先へと足を進めていった。
しばらく薄暗い通路を慎重に進んでいった集団はその通路の奥にあった木の扉の前で話し合っていた。その扉は腰をかがめなければ通れないほど小さく、その扉がある壁面はこげ茶色の革張りになっており、まるで高価な本の装丁のように金の模様で長方形に縁取られていた。
彼らが歩みを止めているのは今までの経験上、ダンジョン内に扉があるということが示す、この先の空間において起こるであろう事態への予想がついているからに他ならなかった。
「桃山さん達が正面で本当に良いのですか?」
気遣わしげに再度の確認をする杉浦に、桃山がその顔に笑みを浮かべながら答える。
「そうですねー。どのくらい強いかもわかりませんし、私が当たるのが一番だと思うんですよねー」
「それでいつも儂らが巻き添えを食うことになるんじゃがな」
「あはは。仕方ありませんよ、加藤さん。それに俺たちだって数多くの警察官の中から選抜されたんです。意地を見せてやりましょう」
がっくりと肩を落とす加藤を仲間の男性警官が励ましているが、その顔が晴れることは無かった。そして強い敵と戦えるかもしれないと満面の笑みを浮かべる桃山の姿に、杉浦が少しだけその頬を染める。
桃山の実力は一緒に4階層を攻略している誰しもが認めるところであり、反対する者は誰もいなかった。それを再確認した杉浦がふぅ、と息を吐く。
「わかりました。我々は全力でフォローさせてもらいます。危険だと思ったらすぐに下がってください」
簡単な打ち合わせを終え、そして突入の準備を整えると桃山がその木の扉に手を当てて押した。特にきしんだ音などもすることも無くすんなりと扉が開き、そして桃山たちが素早くその扉をくぐる。
そこには今までにダンジョンでは見たことのないような風景が広がっていた。
そこは半径30メートルはあろうかと言うほどのドーム状の空間だった。その床も天井も木製であり、つなぎ目の見えないその姿はまるで巨大な木のうろの中に入り込んでしまったかのような錯覚を受ける。
そして桃山たちが入ってきた入り口と反対側には奥へと続くのであろう通路が5つ、ぽっかりとその口を開けていた。
そしてその部屋の中央、そこに立ち桃山たちの方をじっと見つめているのは60センチほどの大きさの少女の人形だった。
ウェーブのかかった金髪を腰までたなびかせ、青いドレスに白のエプロンを着けたその人形の陰に隠れるようにして先ほどのウサギがひょこっと顔をのぞかせていた。
「どうする、隊長」
「こちらから手を出すのはまずいな。まだこの階層が何のためのものなのかわかっていないし」
牧と杉浦が小さな声で意見を交わす間も人形は特に動く様子も見せずにじっとこちらを見つめていた。キョロキョロとその視線が動いていることを考えればそれがただの人形でないことは誰の目にも明らかだった。
しばしの間見つめあったまま沈黙が続き、そして最初にそれに耐えられなくなったのはやはり桃山だった。
「とりあえず行ってみるよー」
「ま、待つんじゃ!」
加藤の止める声を聞きもせず、桃山が緊張感のないいつも通りの足取りでその人形へと近づいていく。そしてその距離が5メートルにまで近づいたその時、人形が明確に桃山へと視線を向けた。部屋にいる全員の緊張感が高まっていく。
そして人形の右手が高々と掲げられた。同時に桃山が体を半身にするいつもの戦闘スタイルへと変化させ、息を吸う。
「こんにちは、アリスだよ!」
「……あー、うん。桃山だよ」
いきなりの挨拶に不意を突かれながらも反射的に桃山が名乗り返す。そんな桃山へと楽しそうな顔をしながらアリスは話しかけはじめた。
「そっかー、ようこそ桃山。ここはフィールドダンジョンの出入り口でアリスはその案内人なんだよ。偉い? ねぇアリス偉い?」
「えっとー、加藤さんバトンタッチー」
「なぜ儂に振るんじゃ!?」
アリスと話すことを早々に放棄した桃山がくるりと振り返り、そして加藤の肩をポンと叩いて後ろへと下がっていく。残された加藤はどうするべきかときょろきょろと視線を左右に振ったが、誰も助け船を出してくれることはなく、おっかなびっくりアリスへと近づいていった。そんな加藤をキラキラとした瞳でアリスが見つめる。
「こんにちは、アリス嬢ちゃんで良いのかな。儂は加藤と言う。アリス嬢ちゃんはフィールドダンジョンの案内人と言うことじゃが、そもそもフィールドダンジョンとは何なんじゃ?」
「えっとねー、階層全てが特殊な環境のフィールドになっている場所なんだよ。今あるのは、森林、砂漠、お墓、湿地の4種類!」
「ほほぅ。しかし入り口が5か所あるように見えるんじゃが」
加藤がアリスの向こう側にある5つの奥へと通じる通路を指さすと、アリスもそれを視線で追った。そして中央の1つの通路を指さし、楽し気に顔を緩める。
「あそこはね、お茶会の会場なんだよ。招待状を見せると入ることが出来るの」
「その招待状とやらはフィールドダンジョンで手に入るということかの?」
「ううん、違うよ。フィールドダンジョンにいる人形のドロップアイテムと交換するの。魔石は持って帰ってもいいけど、ドロップアイテムは交換しないとダメなんだよ」
「もし隠れて持って帰ろうとしたらどうなるんじゃ?」
「加藤はそんなことするの?」
こてんと首をかしげてじっと見つめるアリスの姿に異様なプレッシャーを感じた加藤は慌てて手と首を左右に振って否定する。
「儂はせんよ。しかしそういう不届き者もいるかもしれんと心配したんじゃ」
「そっかー。加藤は良い人だね。でも大丈夫だよ。トランプ兵さーん」
アリスの呼びかけに答えるようにお茶会の会場へと通じるらしき通路の奥から槍を持った1メートルほどの大きさのトランプの兵士たちが歩いてきてアリスの背後に整然と並んだ。
「この子たちがこの部屋から出る前にチェックするから。いっぱい招待状を集めるとお茶会のお菓子が増えたり、何かと交換できるようになるかもしれないよ。大体説明は終わったけど、わかった?」
「そうじゃな。ありがとう。また何かわからないことがあったら聞いても良いかのう?」
「うん、もちろん。ねぇ、アリスちゃんと出来た? 偉い?」
「うむうむ、アリス嬢ちゃんはしっかりしとるのぅ」
「えへへー」
孫をかわいがる好々爺のような笑みを浮かべながら加藤が自然とアリスの頭へと手を伸ばす。そしてその頭に手を触れた瞬間、声すら上げることさえ出来ず加藤の体は壁まで吹き飛ばされそして即座に消えていった。
「あっ、私に触ったらダメっていうの忘れてた。ごめんね、加藤」
加藤が消えていった壁に向かってちょっと申し訳なさそうに頭を下げるアリスを誰も彼もが無言で見つめていた。
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