第89話 人形たちの職場
民間への開放を契機に俺たちのダンジョンも変わったが、入ってくる奴らにも変わったことがある。と言うよりは今までは特に制限されていなかったのがはっきりとルール付けされたってのが正しいのかもしれんが。こういうルール作りのために瑞和たちテスターが選ばれたんだろうな。
その中の1つにスマホやカメラなどの撮影機器の持ち込み禁止ってのがある。元々人間は生き返るけれど服とかが破れればそのままだし、スマホとかが壊れてももちろん修復されないので持ってきている奴自体少なかったってのはあるんだが、少なくとも瑞和たちが入ってくる時点では禁止はされていなかったはずだ。クズたちはスマホで撮影したりしていたしな。
しかしセナがアスナから受け取った探索者資格の規約の中には明確に初心者ダンジョンへの撮影機器等の持ち込みの禁止ということが明記されていた。現に撮影している奴も見かけねえしな。
これについてはいろんな理由があるんだろうが、一番濃厚なのはチュートリアルとして使う予定のこのダンジョンの中の様子が公開されてしまうとその意味がなくなってしまうからということだ。まあ試験しようとしてんのに試験問題を公開するようなもんだしな。
他のダンジョンでの撮影については特に禁止はされていないし、撮影したければそっちでやれってことだな。撮影に集中した結果、モンスターに襲われるって事態が起きそうな気もするが自己責任ってやつだな。
だから今、外に出回っている俺たちのダンジョンの映像は3階層までで、しかも前回の大改装以前の映像だけということになる。
つまり何が言いたいかっていうと、今ダンジョン内の情報を持ち帰るとしたら瑞和のように自分の手で描くか、記憶の中の情報を言葉で伝えるかしかねえってことだ。
セナが俺に提案したのはそれを前提にしたものだ。まあ簡単に言っちまうとアリスをフィールドダンジョンの案内役として使い、その案内するフィールドダンジョンの1つに人形たちの住処を造ってしまえばどうかってことだった。
もちろん案内役がアリスということなのでその階層は不思議の国仕立てだ。さすがに物語を実体験させるわけじゃなくて食事やお茶を提供する休憩所にして、その給仕だったりを人形たちにしてもらおうって訳だ。
終わらないお茶会って訳だな。帽子屋とかネズミとかも作ったほうが良さそうだ。
俺としてはなんで休憩所なんて造る必要があるんだ? と思ったんだがセナに言わせるとこういった場所があったほうが情報を集めるのに好都合なのだそうな。
アスナから外の情報を得ることが出来るようになったので、情報収集という面で見ればかなり改善された。しかしその情報源が1人というのは望ましくないらしい。確かに言われてみれば意図的に誤った情報を渡されたとしても俺達には判断が出来ねえしな。
だからこそ休憩所を造り、そこでもてなすことで長時間滞在するように仕向ければ自然とその会話の中から情報を得ることが出来る。もしここで得た情報とアスナの情報に食い違いがあればアスナが俺たちを意図的に騙そうとしているかもしれないと気づくことが出来るって訳だ。今までもこういった情報収集はしていたがまとめることで効率的になるってことだな。
全部セナの受け売りだけど。
とはいえ現状として完成しているのはアリスだけなので作るのはお茶会の場所だけになるんだけどな。当面はモンスターに襲われることのない休憩所として機能してくれれば良いだろう。どうせ最初は警官とか自衛隊の奴らしか入ってこねえだろうしな。
こいつらは休憩時間とかが結構きっちりと決まっているからあんま使わねえだろうし、許可されて民間の奴らが入ってくる頃に本格稼働できるような体制になってれば目的は果たせるはずだ。
俺たちに利があって人形たちにも戦う以外の目的が出来て万々歳といきたいところだが、もちろんセナの案にデメリットがないわけじゃない。
1番の問題点は人形たちの着た服を作っているのが外の奴ってことだ。もし同じ服をダンジョンの人形が着ているなんてことがわかったらどんなことになるかは明らかだしな。さすがに作った本人が見間違えるってことはねえだろうし。
「そうなる可能性はある。だが現状ではその可能性は限りなく低いだろう」
「まあそうだよな」
探索者の規約によって人形たちの映像が外に出回るって可能性はないし、そもそも俺は服の注文時にホームページへの公開を許可していないからその服について知っているのは俺とその服の製作者だけだ。
その服の製作者について知っている奴がもしいたとしても似ているなとは思っても確信までは持てないだろう。だってダンジョンのモンスターがそんなもんを着ているとは考えねえだろうし。
アスナが印刷してきたホームページの製作者紹介のページを眺める。
人形服の製作にかける想いの言葉と共に載せられた写真に写っているのは木製の椅子に座る70代を過ぎているであろう白髪の品の良いおばあさんだ。その細い体躯と優しく微笑む姿からは争いという言葉を連想することは不可能だ。
探索者資格を得るためには体力試験もあるそうだから、さすがにこの人が直接ダンジョンに入ってくるってことはないだろう。服の製作は1人で行っているからお断りする場合もあるって書いてあるから従業員とかがいる可能性も低いだろうし。
「じゃあ作るか。もし似ているって言う奴がいたとしても証明は出来ねえし、ごまかし様はいくらでもあるしな。何より俺がそんな場所に行ってみたいし」
「最後のが本音だな」
「別に良いだろ。人形たちが給仕してくれるなんて最高じゃねえか」
呆れた目でセナが見てくるが、仕方ねえだろ。自分の造った人形たちが俺のためにお茶とかお菓子とかを用意してくれるんだぞ。行ってみたいに決まってんだろ。
「まあ良い。とりあえずこれで一通りの想定は終わったな。茶とせんべいを頼む」
「おう」
用意しようと立ち上がったところで笑い声が聞こえ、セナの方を振り返る。セナは笑顔のまま「なんでもない」と手を横に振った。うーん、よくわかんねえがまあいいか。
その後一緒にせんべいを食べるセナはなぜかいつもより上機嫌だった。
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