第88話 事前準備完了
新しい階層の構想をセナと打合せして10日。適度に人形造りをしたりして休憩を挟みつつ、俺たちは新しい階層の準備を進めていった。今回の計画では下準備が一番大切だからな。新しい階層づくりが始まっちまえばスピード勝負になる。なにせこのダンジョンに人が入らなくなるのは深夜0時から朝の7時までの7時間しかねえんだし。その間にすべての作業を終わらせないといけねえからな。
俺の案ははっきり言って単純なものだ。
普通に考えれば階段を下に伸ばしていって階層を作っていくんだが、そうなるとフィールド型の階層が増えるたびに階段を下りる距離が延びちまう。階段がすぐそばにあるとは言え、それじゃあある意味で普通のダンジョンと同じだ。
チュートリアルなんだからもっと手軽にフィールド型のダンジョンを試せるようにって考えた結果思いついたのが、1つの階層にそれぞれのフィールド型のダンジョンへと行くことのできる階段を接続するっていう造りだ。これなら階段を下りることなくその階層を歩くだけで目的のフィールドの階層へと行くことが出来るしな。
現在作られている4階層の階段部屋に7階層へ降りる階段を造り、その7階層からフィールド型の階層である8、9、10、11階層へと降りられるような構造になる。ただ最初はフィールド型の階層を造ることが出来ねえから一度現状の形で階層を出現させ、フィールド型が選択できるようになったら4つの階層をフィールド型に変更するって流れになる予定だ。
これなら無駄になるDPは最低限だし、使わない階層もなくなるしな。
で、まあ正直な話、これだけの作業であれば1時間もあれば余裕で出来る。だが問題になるのがそのフィールド型ダンジョンで働いてもらう人形たちの召喚とそのフィールドに適した罠を配置することだ。特に罠なんて階層をフィールド型に変更した後じゃないと設置出来ねえしな。
フィールド型ダンジョンの基本的な大きさは5キロ四方の正方形だ。DPをかければもっと広くしたり形状を変えたりも出来るがチュートリアルでそこまでする必要はないだろう。
5キロ四方っていうと結構な広さだ。一軒家が40坪くらいだと考えるとえっと……17万軒くらい建つのか? まあ道路とか全く考えてねえがばがばな数値だけど。下手な市とかよりも広いかもしれねえ面積だ。
当然そのフィールドにいるべきモンスターの数も今までと比べ物にならない数になる。そうしねえと入ったもののモンスターに遭遇しませんでした、なんて悲惨な事態になりかねんしな。この2つが問題となるわけだ。
で、この問題を少しでも解決しておくために10日俺たちが何をしていたかっていうとその人形たちを召喚していたってわけだ。俺とセナは罠の設置にかかりっきりになる予定なのでフィールド型の階層に変更した後は自分たちでその階層へと向かってもらうように指示してある。
今はセナが最初に提案した1階層の隠し部屋のさらに奥の隠し部屋に新たに接続した6階層で待機中だ。ちょっと可哀想だがもう少しで自由に動けるようになるからな。
タブレットで最終確認をしつつ静かに出番を待つ人形たちの勇姿を眺める。こいつらが頑張ってくれれば、この初心者ダンジョンに通う層はかなり広がるはずだ。何せ現状の最前線の奴らさえ行ったことのない場所がチュートリアルとして現れるんだからな。自衛隊の奴らの利用もさらに増えるだろう。
まあ初心者という言葉とはちょっと合わなくなっちまうかもしれねえが、いつかはこのフィールド型の階層でさえ初心者が入るようになるかもしれないからな。あっ、フィールド型階層の初心者と考えれば別に良いのか。どっちでも良いけどよ。
今回の階層の追加は久しぶりの大改装になる。4階層を追加したとき以来だから大体半年ぶりくらいか。使うDPもこれまでで最大になりそうだしな。
現状、4階層を追加したことによってスキルを保持している自衛隊の最前線の奴らが来て積極的に攻略しようとしていたこともあり溜まったポイントは500万DPを超えている。しかし新階層の追加、フィールド型の設定、大量のモンスターの人形たちの召喚、そしてそれに対応した罠の設置、これらを全て行うとおそらく8割がた消費しちまうはずだ。
だが一時の消費は仕方がねえことだからな。4階層の追加によって得られるDPが増えたことからもわかるように、階層が広がることで得られるDPは増えていくはずだ。将来のことを考えれば必要な投資だ。
セナやこいつらといつまでも過ごせる、そんなダンジョンにするためにはな。
「人形を見てニヤニヤしている変質者がいると聞いたのだが?」
「ニヤニヤしてねえよ。っていうか聞いたって誰にだよ!」
アスナと会うために2階層の隠し部屋へとフェイクコア経由で移動していたはずなのだが、戻ってきて開口一番にいう言葉がそれかよ!
タブレットから目を離しセナの方へと向き直ると、その体を覆い隠すほどの箱を抱えてこちらへと歩いてきているところだった。立ち上がりその見覚えのある木の箱を受け取る。
「ほらっ、ニヤついているだろうが」
「いや、これは……まあそうだな」
箱を受け取り姿が見えるようになったセナがニヤニヤと俺を見て笑っている。でも今回は否定のしようがない。俺自身、絶対ににやけているってわかるしな。
急ぐ気持ちを抑えて箱を開け、厳重な包装をゆっくりと解いていく。そこから現れたのは水色のドレスに白いエプロンをつけた俺の作った球体関節人形だった。自分の顔が更に緩んでいくのがわかる。
俺は今回、服を作ってもらうための人形を作るにあたってイメージしたものがある。腰のあたりにまで緩やかに伸びるブロンドの髪、その青い大きめの瞳は好奇心に溢れ、そして幼い印象を受けるその顔は楽しげに笑みを浮かべる。
俺がイメージしたのは不思議の国のアリスだった。そしてこの人形に似合う服を、とだけ注文をつけた結果帰ってきたのはまさしくアリスに他ならなかった。
「決まりだ」
技術云々はもともと心配していなかった。サイトを見ただけでもそれはよくわかったし、実物を見ても俺には文句のつけようもねえ。裏付けされた技術があり、そしてそれに慢心することなく丁寧に作られているしな。
でもなにより嬉しかったのは俺の意思をしっかりとくみ取り服を作ってくれたってことだ。注文としてはめちゃくちゃなもんだったはずなのに。
「ふむ、やはりプロは違うな。誰のと比較してとは言わないが雲泥の差だ」
「お前、それ確実に俺のことじゃねえか! いや、確かにそうなんだけどよ」
感心したようにしげしげとアリスを眺めているセナの言葉は冗談半分なんだろうが確かにその通りだ。俺にこんな服は作れねえ。しかも服だけじゃなくしっかりとした本物と見紛うばかりの革靴も履いてるし。
うーん、やっぱすげえな、プロって。
「で、ここに決めるのか?」
「そうだな。仕事は丁寧で作るのも早い。文句のつけようがねえよ」
「そうか。やっと生まれ変わらせてやることが出来るんだな」
「だな」
コアルームな奥に新たに作った部屋に並べられた人形たち。まだ全体の2割くらいしか完成してねえけど少しずつでも命を吹き込んでいける目処が立ったんだ。
ちょっと零れ落ちそうになった涙を目頭を拭ってごまかす。そんな俺のことをセナは見ないようしてくれていた。
「それで命を吹き込んだ後はどうするのだ。戦わせる気はないのだろう?」
「まあな。さすがに戦って死んじまった人形たちをまた戦わせるってのもアレだろ」
「確かにな。しかし役目が無いというのもそれはそれで辛いのだぞ」
「あぁ、確かにな」
セナの言うこともわかる。人形ではあるが生きているんだ。飾られるだけの生き方なんてつまんねえだろうしな。だとすると何をさせるかってのが問題をなんだが。
考え込む俺にセナはふふっと笑った。そして……
「わたしに考えがある」
そう自信ありげに俺を見つめた。
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