第86話 人形たちの服
「うーん」
俺自身で縫った白とピンクのドレスを着た球体関節人形をぐるぐるとその周囲を回って眺めながらうめき声をあげる。ちゃんと手縫いのドロワーズを履かせてスカート部分もふわっとさせた。刺繍も入れたし、3段にしたフリルなんてかなりのこだわりの成果だ。
でも違う。俺の心の中でコレじゃない感が拭い去れない。
「うーん」
「トイレを我慢するのは体に悪いぞ。はっ、もしや後でトイレに行って、この記憶をおかずに……」
「だー! 違えよ。何が、はっ、なんだよ!」
驚愕しながら不穏なことを言い始めたセナの言葉を大声で遮る。さすがに人形好きを自認している俺でも自分の作った人形相手に欲情なんてするかよ。
「こいつの服なんだけどな」
「ふむ。可愛らしいのではないか? 透もかなりの時間をかけていたしそれなりの自信作なのだろう」
「まあそうなんだけどよ。でもやっぱなんか違うんだよな」
これが他人が作ったものだったら違和感とか覚えなかったと思うんだが、自分の作品であるからこそ微妙なズレが気になってしまう。仕方ねえ。ここで妥協するわけにはいかねえし、最終手段を使うか。
「よし、アスナに人形を預けて人形服を作ってる奴に製作を依頼するしかねえな」
「いいのか? あの女に大事な人形を預けてしまって」
「中途半端に妥協は出来ねえしな。それにあいつに預ける人形はこいつらとは別に作るつもりだ。大事だってことに変わりはねえけどさすがにダンジョンの素材を使った人形を出すわけにもいかねえしな。扱いはラックに重々言っておけば大丈夫だろう。あいつラックの言うことだけはよく聞くし」
俺の言葉にセナが苦笑する。毎度のことではあるんだがラックには世話をかけっぱなしだからな。ちゃんとスクロールって言う資金源も渡してんだからアスナについてはどうでも良いんだが、ラックには何か報いてやらないといけねえな。高級猫缶とかか?
「とりあえず次回来た時に人形服を作っているとこの画像とかを焼いてくるように伝えてくれ。ネットだと良いところだけ載せたりする奴もいるし、もっとひどいところになると画像を加工してあるところもあるが、ちゃんと見れば大体判断がつくしな」
「わかった。透もあまり根を詰めるなよ」
「まあこれが終わったらゆっくりするわ」
珍しく俺に気を使った言葉をかけてきたセナに片手をあげて応え、アスナへと預ける人形の製作にとりかかる。まずこいつをしっかり作っておかねえと意味がねえからな。
数日後、やってきたアスナにセナが俺の依頼を伝えたところ、面倒だったのかすぐに地上に戻って人形服を取り扱っているサイトのページを結構な量印刷してきた。ネットカフェに行ってきたらしい。最近のネットカフェって印刷まで出来るんだな。
セナに持ってきてもらった紙をぱらぱらとめくっていく。一応オーダーメイド出来るサイトだけを印刷するように指示したのだが俺の琴線に引っかかるようなところはない。
いや技術が劣ってるって訳じゃねえんだ。服を専門にしているだけあって俺よりも確実に腕が良いところが多い。だがそれを俺の人形たちに着せて納得ができるかって考えるとそうじゃねえんだよな。
ただひたすらに紙をめくっていく。そして残り2割くらいになったところで俺の手が止まった。
印刷されていたのはおそらく個人が運営しているであろうサイトだ。今まで見てきたようなページ自体がファンシーな作りになっているものや凝った作りをしているものとは違って箇条書きで項目が並んでいるだけの、商売する気あんのかこいつ? と思うようなもんだった。
でもその項目内に紹介文もなくただ並べられた服の写真に俺の目は惹きつけられた。
手縫いだと思われるのに全く乱れのないその縫製、本物の大きさの服と何ら変わりのない細工の細かさ。でもそれだけじゃねえ。服の写真とともにその服を着た人形の写真も載っていたがその人形に似合う服を作ってる。
いや、それはどこの作り手も同じだ。わざわざ似合わない服を着せるような奴はこんな仕事についてねえだろうしな。ただこのサイトの奴が作ってる服が俺の感性にピッタリと来るんだ。
「ここだな」
「んっ、もういいのか? あと少し残っているようだが」
「ああ。ここしかねえって俺の直感が言ってるしな」
「そうか。透の人形にしか働かないことに定評のある直感がそう言うのであれば好きにするが良い」
「おう。しかし人形にしか働かないはないんじゃねえか?」
「他に働いたことがあったか?」
返してきたセナの言葉に自分自身で振り返ってみたが、確かに人形以外に働いた覚えがないな。認めるのは癪だが。
「よし、じゃあアスナに伝えたら新しい階層の相談しようぜ。フィールド型の階層だったよな」
「ごまかそうとしてるな」
「……」
さっと視線をそらした俺にセナがわざとらしくため息を吐く。男にはな、事実だとしても認められねえもんがあるんだよ、たぶん。
「まぁ良い。ではあいつに伝えてくる。人形も渡してしまうからな」
「事前の注意と取扱い説明書も渡してくれよ」
「わかっている」
ラックと遊んでいるアスナの元へと向かうセナの背中にこっそり感謝の念を送る。よし、セナが離れた隙に例のブツの作成も進めておくか。
まだ見ぬ人形たちの服へと胸膨らませながらミシンへと俺は向かった。
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