第84話 傭兵の人形は夢を見るか
ダンジョンマスターは業を背負った存在だ。そう教えられたし、従者として選ばれるために他の従者たちと待機していた時に見たダンジョンマスターたちは皆、ギラギラとした目をしていた。
私の嫌いなあの目だ。
他の者が選ばれていくのを眺めながら私はやる気をなくしていった。選ばれそうになってもわざと口汚く罵ってやれば簡単に私を捨てていくような奴らだ。本当にどうでも良い。
ダンジョンマスターに目的があるように、私たちにも目的がある。こちら側に選ばれた者の基準は明かされなかったが、その目はダンジョンマスターたちと変わらない。隠せる程度の器用さは持っているようだがな。
「ちっ、なめた口をきくんじゃねえよ。使い魔ごときが」
そう言われて床に叩きつけられて捨てられた私に向けられるのは侮蔑、嘲笑、そして圧倒的多数の無関心。唯一私に「大丈夫?」と聞いてきた黒猫は既に従者として選ばれていった。あいつのマスターが良い者であればいいのだが。どうだろうな。
結局従者として選ばれたこいつらは本質的にはダンジョンマスターと同じなんだ。自分の目的のためならば、他の奴なんてどうなっても良い。そしてそれは選ばれた私にも言えることなんだろう。
それでもなお私がそんな思考にならないのは、きっと……
結局最後まで残り、そして出会ったダンジョンマスターの透は他の奴らとは違っていた。従者となった後でもダンジョンマスターに嫌われ、遠ざけられればそいつと関わることはなくなると考えていたがそうする必要さえなかった。
記憶喪失だという透は私の嫌いなあのギラギラとした目をしていなかった。私が口汚く罵ったとしても反論してくることはあれど、私に危害を加えることは全くなかった。それどころか私を見るその瞳は優しさに、そして愛情に溢れていた。
こいつとなら一緒に過ごしても大丈夫、そんな風になぜか思えた。
それからのダンジョン造りはなかなかに大変だった。まさかブートキャンプのようなダンジョンを造るとは考えもしなかった。私も積極的に案を出した。透が長く生きられるようにと。
初代のダンジョンマスターははっきりと言って生贄だ。ダンジョンを出現させた段階でその役目は終わっているとさえ言えるかもしれない。おそらくほとんどの従者はその事実を伝えさえしないだろう。しかし私は透を死なせるには惜しいと感じた。こいつは他のダンジョンマスターとは違うのだから。
ダンジョンの運営はいろいろなトラブルはありつつも順調に進んでいった。そして透と過ごしていってわかったのは、こいつはただの人形馬鹿だということだった。
基本的に透は気の良い奴だ。冗談も通じるし、私の世話やダンジョンの運営も積極的にやってくれている。まあ戦いなどには無縁だったようでそのあたりの知識が全くない点が欠点と言えばそうなのだが、それは私が補えば良かった。
そんな透だが、人形のことになると異常な執着を見せた。人形師のクラスを選び、召喚したモンスターは人形ばかり。事あるごとに私に人形の素晴らしさやら歴史を語ってくるその姿は生き生きとしており、何より人形への愛情に満ち溢れていた。
まあこちらの迷惑を考えないのはどうかと思うが、それをばっさりと切ると面白いリアクションをするし、暇つぶしに聞いてやると本当に嬉しそうに話す姿は嫌いじゃなかった。
ダンジョンを出現させてから1年が経過し、そして民間への開放が始まった。これがうまくいけば私たちの狙いどおりこのダンジョンの将来は安寧としたものになるはずだった。
だがそうはならなかった。
イレギュラーが発生した。倒されたパペットが<人形修復>出来なかったのだ。そのことに当然のごとく透は取り乱した。だがその取り乱しようは私の予想をはるかに上回っていた。
いったんは落ち着いたように見えた透だったが、その日の夜からうなされるようになり日に日にその顔はやつれていった。タブレットの画面を見つめる目は充血してギラギラとしていた。それは私の嫌いなあの目に似ていた。
私やサンたちの視線に気づくといつも通りの透に戻るのだが、その無理やり作った笑顔は見ていて痛々しいだけだった。アスナに倒され消えていくパペットたちへ小さな声で謝りながら、握りしめた拳から血が出そうなほど力を込めながら、それでも手を出さずに我慢し続けたのは誰のためなのかは明らかだ。
私だ。いや私だけじゃない。このダンジョンに住む人形たちのために、未来に生み出されていくであろう人形たちのために、今いる人形を切り捨てるという選択を透は選んだのだ。
私から言わせてもらえば戦いにおいて味方に死者が出るなど当たり前のことだ。今までが特殊すぎた。そしてそれがうまくいきすぎていたのだ。それが裏目に出た。
日に日に目のクマを深くし、食欲も減退し、そしてぶつぶつと独り言を話すようになっていく。こちらの呼びかけにも反応が遅くなり、表情の変化も乏しくなっていく。透が透ではなくなっていくその姿は壊れていくという表現がぴったりとはまっていた。
限界が近いのは明らかだった。
私は選択を迫られていた。このまま透を壊してしまうわけにはいかなかった。それはどうしても嫌だった。そのためならばこれまで築き上げてきたこのダンジョンの姿を変えても良かった。
もちろんそうならないように手は打つが最悪を想定すれば他のダンジョンと同じような扱いになる可能性はあった。それを守るためにここまで我慢し壊れようとした透には悪いがそれでも透が壊れてしまうよりはましだ。
しかしその決断を下す前にアスナがダンジョンマスターであることがわかった。まさか、という驚きもあったが、それ以上に安堵が勝った。これが本当に特殊な事態だと確信が持てたからだ。今回さえ対処してしまえば今後同様のことが起こる可能性はかなり低いはずだった。
相手もダンジョンマスターなのであれば対応の取りようはいくらでもある。幸いなことに使い魔はあの黒猫だった。あいつとならば話が通じるだろう。マスターの方は力でねじ伏せればどうとでもなりそうな単細胞のようだしな。
罠にはめ、圧倒的な力でマスターさえ叩きのめしてしまえばそれで終わりだ。その後はこのダンジョンの下僕として働かせれば必要だった情報も手に入るようになる。透もアスナがボロボロに倒される姿を見れば持ち直すだろうそう私は考えていた。
そして私がその提案をしようとした時、逆に透から作戦の提案を受けた。透自身がアスナと戦うという馬鹿馬鹿しい作戦と呼べないような作戦だ。
戦いのずぶの素人である透が戦ったところで勝てるはずがない。いくら着ぐるみを着て強化しようとも透が動かすのならばその制限を受けるのだから。それにもし勝てたとしても着ぐるみで強化した状態で戦うということは人形の力を借りていることに他ならない。私には意味があるようには思えなかった。
でも私はその作戦を受け入れた。それが最も透が元に戻る可能性が高いと思ったからだ。
そして始まったアスナと透の戦いは戦いとは呼べないものだった。せんべい丸を着込んだ透は速さも強さもアスナを圧倒していた。しかし一矢報いることさえできずにただ負けた。私の一言で踏みとどまって立ったまま気を失うという器用な真似をしたが負けは負けだ。
その後、結局せんべい丸によって倒されたアスナを連れて人形たちの墓場へと向かった透はただ泣いて人形たちに謝っていた。これまで我慢していたものをすべて吐き出すようにそれを続け、そしてぱたりと電池が切れた人形のように動かなくなった。せんべい丸ごしに聞こえてきたその寝息は安らかなものだった。
6時間ほどして目覚めた透はだいぶ元通りに戻っていた。さすがに全快というわけではないがそれは時間が癒していくはずだ。アスナに倒された人形たちの素材を使って新しい人形を作ると宣言し、そのためにアスナに人形の材料を買わせようと言った時の透の顔は久しぶりに見たすっきりとした笑顔だったしな。
そして今、アスナが買ってきた材料を利用して透が真剣な表情で人形を作り続ける横で私は少し考えていた。
今回のことで理解した。透は記憶を失っているがまぎれもなく何らかの業を背負った者だ。おそらく人形関係の何かではあるのだろうが、それが何なのかは私にはわからない。
もし透がそれを思い出してしまえば、透は透のままでいられるのだろうか。そして私は記憶を取り戻した透に対して今まで通りに振る舞うことが出来るのだろうか。
あのギラギラとした目が思い出される。
ぶるっと体を震わせ、そしてその考えを振り払うように首を小さく左右に振る。変わらないはずだ、きっとこの先もずっと。
「常に最悪を想定し、可能性を探り続けろ。人が生まれた瞬間決まるのはいつか死ぬことだけだ。生き延びたいのであればすべてのものが変わると思え。それが例え俺だとしてもだ」
私の胸に刻み込まれた懐かしいあの人の言葉はそんな私の甘い考えを否定していたが、私はそれにそっと蓋をした。
「なあセナ。新商品のせんべいってどうだったんだ?」
「んっ。まあそこそこといったところだ。食べるか?」
「おうっ。って辛っ、水、みずー!」
「ああ、言い忘れていたがハバネロせんべいらしいぞ。奇をてらいすぎているが味付けの基礎はしっかりしている。さすが創業100年を超える老舗だな」
せんべいがこぼれないように口を押えながら水を求めて駆けていく透の後姿を眺める。その姿に思わず笑みを浮かべる。しばらくしたら唇をはらしながら怒鳴り込んでくるだろう。そう、いつものように。
「セナー!」
「その程度も我慢出来んとはな。まあせんべいを吐き出さなかったのは誉めてやろう」
「なんで上から目線なんだよ! 待ちやがれ」
そうだ、こんな日常が続いていくはずだ。追いかけてくる透を見てニヤリと笑みを浮かべる。
「今だ、せんべい丸。ローリングせんべいアタック!」
「うおっ、うおおおおー!」
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