第83話 球体関節人形
遅れまして申し訳ありませんでした。
丸い発泡スチロールの球を均一に伸ばした粘土で包んでいく。包み終え余分な部分をハサミで切り取り、つなぎ目の部分が見えないようになじませてから手のひらでコロコロ、コロコロと転がして粘土が完全な球になるように整形していく。
たまに少し遠目で見て、出っ張っているところなどを修正しながらおおよそ形が出来たところで重さを量る。6.0グラム。よし問題はねえな。
とりあえず乾くまで放置するしかねえから、先に乾燥させておいた球の加工に入る。まあ加工って言っても基本はいつものやすり掛けだ。荒いスポンジやすりで大まかに削り、細かいスポンジやすりで磨き上げていく。人形1体に使う球は13個。大きさは大小さまざまだが妥協して良いものなど1つもねえ。
触っても凹凸がわからないくらいまで磨き上げた球を置き少し息を吐く。
今俺が作っているのは、人形の中でも球体関節人形と呼ばれる種類の人形だ。まあその名のとおり関節部分に今作っている球体を利用して自由に動かせるようにした人形だな。
13個の使い道としては首に1個、手首、足首、股、膝、肘、肩の計6か所の左右に1つずつで12個になる。この球体部分が完全な球になっていないと動きが悪くなるし、最悪破損することになるから慎重に作る必要がある。
作成しておいた体のパーツを薄いクラフトのこぎりやカッターナイフを使って慎重に切っていき、中の芯を取り出したりしながら切ったことで現れた穴やひび割れを埋めて整える。
それが完了したら関節ごとに使う球体に違う形、大きさの穴を開けて中身の発泡スチロールを取り出し、そしてそれを受け口に粘土を巻いた関節部分にくっつけていく。はみ出た部分をヘラで削り取り、設計図通りになっているかを確認しつつ整えていく。とりあえずこんなもんだな。
金属のワイヤーをペンチで加工して各パーツへと取り付けていき、全てのパーツをスポンジやすりで整えていく。もちろん荒いものから細かいものへとかけることで磨き上げるようにだ。
そして体の内部に紐とゴムを通してそれぞれのパーツの金具をつないでいき仮組み、関節の緩い場所があればゴムの調整、立たせてみて左右のずれなどがないかの確認、そして修正。パーツを動かしては修正、粘土を盛り直し、削りそしてやすりがけ。
妥協なんてありえないし、実際するつもりもねえ。まだ下地塗りから化粧などが残っているがそんなもんでごまかしたって触ってみればすぐわかる。
ここが、この時点がこの人形たちに魂が入るかどうかの分岐点だ。だからこそ納得できるまでやり続ける!
意識を集中させ人形造りに沈んでいく。この人形に魂が宿るようにひたすら願いながら。
「ふぅ」
なんとか満足のいく出来の人形を形にすることが出来た。とはいえまだまだ完成ではない。塗りの工程が残っているし、着る服なんかも作らねえと。
って言うか服かー。もちろん俺も人形用の服を作ることは出来る。自衛隊の奴らから没収したポンプになぜかコンセントの差込口がついていたので駆動音がうるさいことを我慢すれば電源の確保は出来ているしな。
あとはアスナにでも言いつけてミシンでも買ってこさせれば良いんだがどうしても自分で裁縫しようとすると一段落ちるんだよな。うーん、既製品なら自分の方がマシだし、オーダーメイドとなると人形を持ち込まねえとダメだし。悩むな。
俺がこんなにも悩んでいるのはダンジョンモンスターの厄介な特性のせいだ。それはモンスターは基本的に現状以上の装備をすることが出来ないってことだ。
俺とセナも色々と試してみたんだが、パペットに武器を持たせて攻撃しようとすると弾かれてしまうし、服なんかを着せようとしてもそもそも首を通すことさえ出来ない。完全に何らかの不可思議な力が働いてやがる。
一応抜け道と言うか〈人形改造〉で手足を武器っぽくしたり、表面を固くしたりは出来るんだけどな。
現状、この球体関節人形たちはまだモンスターじゃない。だからどんな服を着せようがどんな装備をさせようが自由に出来る。だが一度〈人形創造〉で魂を入れちまえば、もうその格好のままになっちまう。変更は出来ねえ。
自由に着替えさせられるってのも人形の素晴らしい点だってのにやっぱわかってねえんだよな。
あー、でもミシンはどっちにしろいるか。服以外にもいろいろ使い道もあるし、とりあえず交渉役様に伝えておくかな。
「おーい、セナ」
「んっ? 区切りがついたのか?」
専用の新しいクッションから身を起こしたセナがこちらを見る。最近は俺が人形造りに精を出しているせいもあって、あのクッションの上がセナの定位置になりつつあるな。
うーん、思うところがないわけではないんだが……とりあえず先に用件を話しちまうか。
「まだまだだけど一区切りだな。まあ、それは置いておいて、今度あいつが来た時にミシンを買うように依頼しといてくれ。メーカーの名前を書いたメモを後で渡すからそれでわかるはずだ」
「わかった。あいつら、金は足りるだろうな」
「このダンジョンのスキルスクロールって一律200万で買い取りらしいからまだ余裕だろ。俺の欲しいミシンは10万くらいで買えるはずだし」
初回でかなりの量の材料を買ってきてもらったが、使ったのは50万円弱くらいだったはずだ。流石に残った現金を短期間に全て使っちまうってことは……まあ、金はラックに託したからたぶん大丈夫だろう。
外での買い出しを依頼するにあたってちょっと問題になったのがあいつらの財布事情だ。具体的に言うならほとんど金を持ってなかった。
全財産が入っているというアスナの、妙にファンシーな猫のキャラもの財布を見せてもらったが入っていたのは驚きの564円。「今どき中学生の財布でもそれ以上は入ってんだろ!」って突っ込んじまった俺は悪くないはずだ。アスナはヒクヒク頬を引きつらせてたけど怒りはしてねえからたぶんセーフのはずだ。
ラックから軽く今の生活状況も聞いたがはっきり言ってどこの家出少女だよ、って感じだった。たまたま良い人に出会ったから良いものの下手したら拉致られてひどい目に……はねえか。これでも俺よりはるかに強いしな。
そんなやり取りもあった結果、俺は500DPのウォーターのスクロールをアスナにやった。結局購入費用まで俺たちが捻出したのと同じなんだが、今まで手に入らなかった物が手に入るってだけでもすげえし、更に言えばアスナが買ってきた物を普通にDPで購入しようとすれば10万DPくらいかかるからな。
10万DPって言えば今回のために俺が用意したせんべい丸にかかったDPと同じくらい……なんだけどなぁ。
「なぁ、せんべい丸。お前はそれで良いのか?」
せんべい丸が握りこぶしの親指と小指を立てた独特のポーズで肯定の返事をしてくる。セナの下でクッションと成り果てているくせに嬉しそうにしやがって。
苦々しい顔をする俺にセナが勝ち誇った顔で告げる。
「ふっ、せんべいを愛する私のクッションとなるのに不満があるわけなかろう」
「いや、そもそもせんべい丸は俺の小遣いDPで作ったんだから厳密に言えば俺個人のもんなんだけどな」
「せんべいに対する愛の深さの違いだな」
「愛する存在をお前は踏み潰すのかよ」
ニマニマと笑うセナを見ながらせんべい丸も納得してんなら良いかと結論づけ、俺は再び人形製作に戻るのだった。
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