第81話 透抜きの話し合い
「ねえ、君のマスター気絶したみたいだけど大丈夫なの?」
「寝かせておいてやれ。お前たちのせいで最近は情緒が安定していなくてな。夜もうなされていてほとんど眠れていなかったんだ。一区切りついて強制的に脳がリセットをかけたんだろう」
「……」
ラックとセナがそんな会話を交わす横でアスナが土下座の格好をしたまま動かなくなったせんべい丸を、その中にいる透を見つめていた。
アスナが倒したことによって死んでしまったというモンスターたちの墓の前で、せんべいの着ぐるみが泣きながら謝るのを見せつけられたアスナの表情は苦々しいものだった。
「意味わかんないし」
まだアスナ自身を土下座させるというのであれば理解することもできた。この部屋に連れてこられ、そしてここがアスナの倒したモンスターたちの墓場と聞いたときはてっきりそうさせられるのだと思っていた。
しかしそうではなかった。透は言葉の中でアスナを仇とは言ったものの、それ以上アスナを責めるようなことはなかった。ただ自分の愚かさを、力不足を死んでしまった人形たちに謝るだけだった。
アスナにはなぜそんな行為を透がしたのかわからなかった。ただその押しつぶされてしまいそうなほどの深い後悔と悲しみはかろうじて伝わった。人形相手になぜそんな思いを抱けるのかは理解できなかったが。
アスナがゆっくりとした足取りで墓へと向かって歩いていく。そして土下座の状態で倒れたままの透の横を通り抜け、その墓の前で立ち止まり目を閉じた。そんなアスナの様子をセナとラックがじっと見つめていた。
ゆっくりとした呼吸音が静かな部屋に響く。
「私は謝らないよ。私は正々堂々と戦って君たちに勝った。そして君たちは私の糧となって私の中で生き続けている。だから謝る理由がない」
そこで言葉を止め、ゆっくりと目を開いたアスナが透の方へと向き直る。
「君にとって人形が私にとっての戦いと同じだとは理解できた。だとしても私は私の生き方を曲げない。曲げるつもりもない」
「アスナ……」
「別に良いのではないか。ここで小賢しく嘘で取り繕うよりはよほどましだしな」
咎めるような声を上げるラックを制してセナがふんっと鼻から息を吐き、アスナの言葉を認めた。反論されるとばかり思っていたアスナがきょとんとした顔でセナを見つめる。
「君たちは何がしたかったの? 私を殺しもしなければ、否定もしない。戦いは別にしても、私にしたことといえば人形たちへの土下座を見せつけただけ。これに何の意味があるの?」
「んっ? たぶん意味なんてないぞ」
「「えっ?」」
あっさりと意味がないと返したセナにアスナとラックが声をそろえて驚く。種族は違うがまるで鏡のようなその表情にセナは少し笑いを漏らしながら言葉を続けた。
「お前に人形を殺されてから、透は徐々に壊れていった。まあ私たちに心配をかけないようにしていたようだが丸わかりだったな。ダンジョンマスターとして人形たちの未来を守るために人形を犠牲にする。そんな矛盾した状況にあいつの精神は耐えられなかったんだよ」
「……」
「もしお前がダンジョンマスターだとわかるのがあと2、3日遅ければ、おそらく別の手段でお前を排除せざるを得なかったはずだ。あいつの心を守るためにお前を殺すという方法でな。まあその時はお前がいなくなったことを不審に思われるはずだがやりようはある。それに1人の行方不明者とこのダンジョンの有益性を考えればどちらに天秤が傾くかは明らかだしな」
淡々としたセナの口調はその言葉が事実だということをあらわにしていた。アスナとラックは目を見合わせ、そして無言で小さくうなずきあった。
アスナは特別な人材というわけではない。高い倍率から選ばれた第1期の探索者ではあるが立場としては身寄りのないただの一般人に過ぎないのだ。
アスナが行方不明になればダンジョンはもちろん調査され、一時的に閉鎖されるかもしれない。だがそれは遠くないうちに解除されるだろう。なにせアスナ以外については本当に何も起こらないのだから。
そう考えると2人はセナの言葉は正しいと認めざるを得なかった。
「今回のことはあいつの気の済むように進めさせた結果だ。正常な判断が出来なくなっているせいでちぐはぐばかりだがな」
「それで良いの?」
「私は医者じゃない。それで元に戻ってくれることを祈るしかないな。先ほどの様子を見れば溜めていたものを吐き出せたようだし、少しはましになるんじゃないか?」
そんなぶっきらぼうな言葉とは反対にセナが優し気な瞳で透を見つめる。その姿にアスナもラックも言葉を挟むことは出来なかった。
「そうだな。もしお前に見せることに意味があったのなら、おそらくただ見てほしかったのだろう。このダンジョンの者ではない部外者であるお前に、自分の決意を。証人がいるということを自分の心に刻み、その想いを忘れないためにもな」
「意味わかんないし」
「だろうな。所詮私の予測に過ぎないから、あっているとは限らんしな。まああいつの話はこのくらいで良いだろう。次はお前の処遇だ」
先ほどまでとは打って変わって雰囲気を鋭くしたセナの視線を受け、アスナたちが姿勢を正し、ごくりとつばを飲み込んだ。
「殺すことはしない。心情からいえば八つ裂きにして犬にでも食わせてやりたいところだが、そんなことをすれば犠牲になった人形たちの意味がなくなってしまうからな。ちゃんと生かして帰してやる」
「ほっ」
ラックが安堵の息を吐く横で、セナの鋭い視線に貫かれたままのアスナは表情を崩すことなくじっと見返していた。
「まずこれ以上人形たちを殺すのは禁止する。今回のことや、このダンジョンにダンジョンマスターがいることを話すことももちろん禁止だ。まあ、お前の立場を考えれば話すことによるデメリットは大きいし無いとは思うが、破ればどうなるかはわかっているな」
有無を言わせぬ迫力に、アスナと表情を再び引き締めたラックがコクリと首を縦に振る。そしてアスナは視線を逸らすことなく聞き返した。
「何をさせるつもり?」
「まずは外の状況を洗いざらい話してもらう。そして解放後も定期的にこのダンジョンへきて情報を交換してもらう。外の事の書かれた書物なども欲しいな。透も何か考えていることがあるようだが、私としてはそれだけだ」
「それだけ、なの?」
あまりに簡単な要望にあっけにとられて表情を崩したアスナに向けて、セナがハッ、と息を吐き馬鹿にしたような表情で肩をすくめる。
「情報の重要性もわからんのか。おいラック。こいつをこのまま放置すればすぐに死ぬぞ。お前がどうにかしろ。せっかく生かした意味が無くなる」
「僕も頑張っているんだけどね」
「何が悪いってのさ」
セナの言葉にラックがしょんぼりと肩を落とす。そんな2人の姿にアスナがぷくっと頬を膨らませてふてくされた。そのリアクションにセナが蔑む色を強くした視線で再びそちらに向ける。
「ダンジョンの致命的な弱点は外の情報が入らないということだ。そもそも戦いにおいて鮮度、精度の高い情報ほど重要なものはないのだぞ。自分の望む情報を手に入れられるという今のお前たちの状況が幸運なのだ。そういえばどうやってその身分を手に入れた? ダンジョンマスターになったということはお前も……」
そこで言葉を止めたセナに対してあっけらかんとした表情でアスナは首を縦に振った。
「死んでるよ。私は死んだ場所がちょっと特殊だったから、見つかっていなかった自分の死体を処理して荷物を回収したんだ。すり替わりって言うのかな。本人ではあるんだけど」
「僕としては笑顔で自分の白骨死体を粉々に砕くのはやめてほしかったけどね」
「いいじゃん。過去の自分との決別っていうの? それが嬉しかったんだし。まあ死んでから4年も経過してるとはさすがに思わなかったけど、そのおかげで探索者の年齢条件も突破できたし問題ないよね」
「確かにそうだけどさぁ」
小言を続けようとしたラックをセナが手で制して止める。
「そこまでだ。事情はわかった。そういうことなら怪しまれることもないだろう。ちなみにこの話はあいつにはするなよ。あいつは記憶を失っている。自分が死んだということも覚えていないからな」
「それは……」
「気にするな。それよりも次だ」
「あっ、その前に。これからここのモンスターを倒せないとなると私たちは来れなくなるよ」
気づかわしげに透の方を見たラックに、少し笑顔を見せながらセナが話を続けようとしたその時、アスナが声をあげそれを止めた。その内容に思わずセナが眉をひそめる。
「どういうことだ?」
「あー、ラックお願い」
「仕方ないなぁ。アスナの探索者の資格ってまだ仮免許の状態なんだ。入ってみたものの合わなくてやめる人も多く出るだろうって判断らしくて、自分で10個の魔石を持ってきて受付で売買すると本免許を受け取れる仕組みなんだって。でもその時にステータスを見せる必要があるんだよね。ダンマスのステータスってタブレットでしか見えないでしょ。そもそもそれを見せるわけにもいけないんだけどね」
面倒な説明を放棄したアスナから視線を外し、セナがふんふんとラックの説明をうなずきながら聞き続ける。
「それを回避するためにはダンマス用の共通スキルの『偽装』が必要なんだけどちょっとDPが足らなくて」
「共通スキルか。私達のダンジョンの性質上いざと言う時以外は必要ないからとんと忘れていたな。確か1万DPだったか。ということはあと5千DPあれば良いんだな」
セナが記憶を探りながらタブレットを操作して確かめる。
ダンジョンマスターの共通スキルとは普通のスクロールで魔法やスキルを覚えることが出来ないダンジョンマスターが唯一得ることが出来るスキル群だ。普通のスクロールと違い、成長と言う概念がなく、その効果もダンジョンモンスターの防御力を上げる『専守防衛』など特殊なものが多いのが特徴だろう。
セナたちがこれを選んでいないのは、初心者ダンジョンに必要ないということに加え、選択出来るスキルは3つまでという制限があるからだった。
そのセナの言葉にラックはさっと顔色を悪くし、そしてとても言いにくそうに首を引っ込めながら小さな声で答えた。
「えっと9千DPです」
「どういうことだ。昨日サンドゴーレムを倒して5千DP手に入れたはずだろうが。それ以前にもパペットを倒した分もあるはずだ」
怒気を全開にしてにらみつけるセナの姿に、ラックがペタッと地面に伏せて頭を何度も下げる。
「ひぃ、ごめんなさい、ごめんなさい。DPはアスナが……」
「あっ、ごめん。クラスのレベルを上げるのに使っちゃった。サンドゴーレムを倒せばすぐに溜まると思ったし」
「ちっ、少し待ってろ」
舌打ちしたセナが2人を残して部屋の奥にあった扉の奥へと姿を消す。アスナとラックはそれを見送り、そして顔を見合わせた。
「マスターを残していったけど良いのかな?」
「アスナ、忘れたの? マスターが気を失っていても着ぐるみ自体が動くんだよ。さっきボロボロにされたのは誰なのさ」
「あっ、それもそっか」
そんな風に2人が話しながら待っているとほどなくしてセナが自身よりはるかに大きな何かを引きずりながら部屋に戻ってきた。そしてそれを乱雑にアスナに向けて放り投げる。
「サンドバッグ? って私の顔が描いてあるし。しかも間抜けな感じに」
「よく似ているだろう。わざわざ私が描いてやったんだ。ありがたく思えよ」
放り投げられた自分の身長ほどのサンドバッグを受け止め、そしてそこに描かれた間抜けな顔とアスナという文字に思わず声を上げる。
「外の部屋へ行ってそいつを倒して来い。9千DP得られるはずだ」
「もしかしてこれモンスターなの?」
「モンスターとも言えないただ倒れたら起き上がるだけのもどきだけどな。耐久力はそれなりにあるから楽しんでこい」
「そんなの全然楽しくないよ」
「つべこべ言わずに行け。この馬鹿が!」
文句たらたらのアスナを蹴りだし、部屋にはセナとラックだけが残った。目を見合わせしばし沈黙し、そしてセナが口を開いた。
「久しぶりだな。まさかこんな所で会うことになろうとは思わなかったぞ。苦労しているようだがお前の性格が引き寄せたんじゃないのか?」
「そうかな。そうかもしれないね。でも君は変わったね。マスターのおかげかな?」
「人形馬鹿の面倒を見るのは大変でな。まあ良い。お前のマスターが遊んでるうちに話を聞かせろ」
「わかったよ」
使い魔同士の話し合いは続けられた。せんべい丸の着ぐるみの中で泣き疲れて眠った透と「こんなの全然楽しくないー!」と文句を言いながらサンドバッグを殴り続けるアスナというダンマス2人を放置して。
お読みいただきありがとうございます。