第80話 決着の後に
「お前の人形にかける想いはその程度か!? 倒れるな人形馬鹿!」
その声に応じるかのように、今にも倒れていきそうだったせんべい丸の体は2歩、3歩後ろへと下がりながらも体勢を立て直した。そして構えることもなく立った状態でそのままアスナを見つめる。
「へえ、結構良いところに入ったと思ったんだけどな。絶対に勝てないってわかってるはずなのに君も頑張るよね」
「……」
手をぶらぶらと振りつつ少し不思議そうにアスナが小首を傾げる。そしてせんべい丸が何も反応しないことに疑問を抱きつつも再び拳を握りしめた。
「でも、これで本当に最後だよ」
アスナがせんべい丸に向かって駆ける。しかしその拳が届くほんの直前、せんべい丸の体はゆっくりと前へと傾いていき、そしてそのままうつぶせに倒れて動かなくなった。
それを見たアスナは拳を解き、ふぅと息を吐くと周りを取り囲む人形たちをぐるりと見まわす。
「次の相手は誰かな。きっと誰でも楽しい戦いが出来るのと思う……」
「ぷっ。ククク、ハハハハハ」
「何がおかしいのさ」
言葉を途中で遮られたアスナが突然笑い出したセナへと鋭い視線を向ける。しかしセナはそんなことを気にした様子もなく笑い続けていた。そしてひとしきり笑い終えたセナがニヤリとした笑みをアスナに向ける。
「いや、予想通り過ぎる結果だったのでな。いくら人形で強化したとしても操るのが素人では負けるのは当たり前だしな」
「教えてあげれば良かったんじゃないかな。そうすれば私も無駄に戦わなくても良かったのに」
「もちろん教えたさ。それでもあいつが自分で戦うと言ったんだ。お前にとっては無駄な戦いかもしれないが、あいつにとっては自分が戦うということに意味があったんだろうよ」
セナが目を細め倒れたままのせんべい丸を、その中にいる透を見つめる。それはまるで出来の悪い子供を見つめる母親のように優しいまなざしだった。
「どうでも良いよ。で、次の相手は君かな。体は小さいけど君も強そうだよね」
手首や足首をくるくると回しながらアスナが体をほぐしていく。そしてその顔に隠し切れない狂気の笑顔が浮かび始める。抑えきれなくなった感情が自然と口を開かせ、その八重歯をのぞかせた。
そんなアスナのプレッシャーを受けながらもセナの瞳はアスナへとは向かなかった。自分を無視し透を見つめ続けるセナの姿に噛み合わされたアスナの歯がギリッと鳴る。
「じゃあ行くよ」
ズリッと地面をする音が響きそしてアスナがその体をセナへと躍らせる。そんな風になるだろう一拍前、セナはアスナへと視線を向け、不敵な笑みを浮かべた。
「お前の相手は私じゃない。そもそもまだ戦いは終わってないだろうが」
「何を言ってるのさ。現にもう……」
せんべい丸へと視線を向けたアスナがそこから湧き上がるプレッシャーに無意識のうちに距離をとり、拳を握り締めて構えなおす。ただ倒れているだけのはずなのに、目を離せばその瞬間に負けが確定する。そんな予感にアスナの頬を冷や汗が伝っていった。
「目を覚ませ。せんべい丸。あいつの気持ちは十分に伝わっただろう。その想いのままにこいつを蹂躙しろ!」
せんべい丸がゆっくりとその体を起こしていく。隙だらけのはずなのにアスナは動けなかった。動いた瞬間に自分がやられるイメージしか湧かなかったからだ。そしてついにせんべい丸がその両足で立ち上がった。そして次の瞬間……
「ハハッ、桁が違いすぎるよ」
「アスナ!」
その部屋に響いたのは諦めと焦燥の声だけだった。
「……る、透。起きろ」
「うーん、あとご……」
「実はお前が丹精込めて作ったサンの目を使って本当の目玉焼きを……」
「ふざけんじゃねえぞ、この野郎!」
洒落にもならないとんでもないセナの発言に一気に意識が覚醒する。まさかマジじゃねえよな、と慌てて周囲を見回すがそもそもここはサンの目の保管してあるコアルームじゃなかった。そしてボロボロの姿で床に大の字で転がっているアスナを見て状況を思い出す。
セナ、サン、先輩、ナル、全員無事だ。<人形改造>で強化したから問題はないとは思っていたが本当に良かった。でもこの状況ってことは……
「俺はアスナに負けたんだな」
「ああ、気持ち良いほどに完敗だったな。せんべい丸でドーピングまでしたのに」
「情けねえな。今回ぐらいは俺の手で、と思ったんだけどな」
視線の先にあるせんべい丸の手を開いてじっと見つめる。俺の指を包んでいるから当たり前だがリレーのバトンぐらいの太さのある指にそれに見合う掌をしているせんべい丸の手は大きく強そうだ。
こいつの力を少しでも引き出せたなら負けることはなかったはずだ。自分の戦いへの適性のなさが少しだけ嫌になる。
「透が人形作り以外は情けなくてポンコツで考えなしのダメ人間なのは知っているから気を落とすな」
「そこまで言ってねえよ!」
「あっ、しまった。人形に欲情するへんた……」
「言わせねえよ!」
慌てて止めた俺を見てくっくっくっと笑う姿を見れば、俺のことを気にかけて冗談を言ってるってのは理解できるんだが、それとこれとは話が別だ。なにしろ……
「ふうん、人形にしか興味がないなら私の貞操は安全かな」
「起きてたのか、お前」
「君が目覚める前からずっと起きてるよ。ただ体が全く動かないだけ」
声のした方に視線をやると倒れたままこちらを見ているアスナと目が合った。その瞳には狂気など一切浮かんでおらず、澄み切った空のようにすっきりとしていた。
着ている服はボロボロだがアスナの体は骨が折れているといったような異常は見受けられない。きっとボコボコにした後、適度に治療したんだろう。セナはそういうのが得意そうだしな。
「セナ、動ける程度まで治療してやってくれ」
「わかった」
俺の指示に従ってセナがいかにも適当でやる気なさげにアスナへとポーションを振りかけていく。そのしぶきを受けながらアスナは信じられないものを見るかのように目を見開いて俺とセナを見ていた。
「何考えてるの? 君にとって私は敵でしょ。なんでわざわざ治療なんて……」
「アスナ、せっかく治療してくれてるんだから変なこと言わないの!」
アスナの口を黒猫のラックが、てしっと抑えて言葉を止める。そういやこいつもいたんだったな。なんて言っていいかわかんねえけど、アスナと組まされてこいつも苦労してるんだろうな。そういうオーラが伝わってくるし。
「透、終わったぞ。歩くぐらいは出来るはずだ」
「そっか。じゃあちょっと来てくれ」
「なんで私が……」
「ストップ、着いていこうよ。アスナは生かされているって不服かもしれないけど、少なくとも僕はもっと生きていたいよ。アスナと一緒に」
「ラック……。ふふっ、そうだね」
アスナがラックの頭をひと撫でして年相応の笑顔を見せ、ゆっくりとぎこちなく立ち上がる。そしてこちらへ向けてコクリと首を縦に振った。
それを確認して俺は背を向けて部屋の奥に設置された扉へと向かった。そしてその扉を開きその奥の部屋へと足を踏み入れる。縦横5メートルほどのそこまで広くない部屋だ。俺に続いてセナが、そしてアスナとラックが入り、その扉が閉められた。
「なにここ?」
「これって……」
言いよどんだところを見るとラックは気づいたようだな。
俺たちの目の前には真っ白な砂の山と、その前にいくつかの魔石が並べられていた。
「これは墓場だよ。お前に殺された俺の人形たちのな。魔石のいくつかは他の奴らに拾われちまって回収できなかったものもあるから全部じゃねえが、それでもここは皆の墓場だ」
「ふうん。私に頭でも下げさせるつもり?」
「違えよ。ちょっと黙って立ってろ」
不思議そうに俺を見つめるアスナを放置して人形たちの墓場の前で両膝を着く。そしてそのまま地面にぶつかるまで頭を下げる。
「俺が判断を誤ったばっかりにお前らを死なせちまった。せめて俺の手でお前らの仇をとろうと思ったが、それさえ出来ない情けねえダンマスだ。目の前に仇がいるってのにダンジョンの未来を考えちまって殺すことも出来ねえ」
「……」
「俺は自分が生き残るためにお前らを見殺しにした。恨んでくれてもいいし、呪ってくれてもいい。でもお前たちの死の意味が本当に無くなっちまわないように、お前たちのことをずっと忘れないために俺はこの初心者ダンジョンで生き続ける。本当にすまねえ」
ガン、ガンと頭を地面に叩きつける。感情が高ぶり涙が溢れ、自分でも何を言っているのかわかんねえ。
俺が馬鹿なせいで犠牲になっちまったこいつらは、俺がどれだけ後悔しても、どれだけ謝っても帰ってくるわけじゃねえんだ。
倒したアスナのせい? それは違う。こいつらを見捨てると決めたのは、助けなかったのは俺だ。俺の責任だ。
この行為だってただの自己満足だ。けじめをつけたいっていうただの俺の勝手な思いだ。そのためだけに大量のDPを使った。ただの馬鹿野郎だ。でも俺は馬鹿だからこうしなくちゃあ先に進めねえんだ。
「すまねえ、すまねえ。本当にすまねえ」
何も考えられなくなってただ謝罪だけを繰り返しながら俺は頭を下げ続け、そしていつの間にか再び意識を失ったのだった。
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