第79話 ダンジョンマスターの対決
啖呵は切ったがいいが、アスナが全く動こうとしねえ。いや、自分でもわかってる。そりゃあ目の前にせんべいの化け物が出てきたら誰でもそうなるだろってのはな。俺の無茶な作戦を聞いてくれたセナのリクエストだからこの形にしたが、さすがに俺もどうかと思うし。むしろこれをスルーされたらそっちのほうが驚きだ。
とはいえやることはやらねえと。こいつを作るためにもそれなりのDPを使ったんだ。それにこの部屋には皆がいる。セナが、サンが、先輩が、ナルが俺を見守ってくれているんだ。けじめはつけねえとな。
「来ないならこっちから行くぞ」
少し卑怯な気もするがこっちを凝視したまま固まっているアスナに向かって駆けていく。間抜けな姿ではあるが普段の俺よりははるかに速いスピードだ。動きも俺の思い通りに動くし違和感もねえ。これならいけるだろ!
「しっ!」
「うわっ、結構速いんだね。驚いたよ」
俺が振り下ろした拳は直前まで全く身動きしなかったはずのアスナにあっさりとかわされた。ちっ、気が動転してる状態でも避けられるのか。やっぱ俺は戦いには向いてねえな。でもそれはこの戦いから逃げる理由にはならねえんだけどよ。
続けてパンチを繰り出す俺に対してアスナが大きくバックステップして距離をとる。そして背負っていたリュックを地面へと降ろすと、その中からラックと呼ばれていた使い魔の黒猫が出てきた。そして俺を見てぎょっとした顔で固まっている。同じリアクションをとるんじゃねえよ。
「アスナ、アレなに?」
「んー、新しいモンスター? しゃべるけど」
「えっ、さっきしゃべってたのってアレなの!?」
「うん。せんべいのモンスターなんているんだねえ。初めて見たよ」
ラックと話すアスナは完全に動揺から脱したのか、かなりの余裕を見せていた。先ほどの攻防で俺のことを大した脅威じゃないって認識したんだろう。ラックとの会話の中で笑みを見せるほどだ。
「無視すんじゃねえよ!」
再び距離を詰めるために走り、攻撃をしていく。とはいえ俺自身、使える格闘技の知識なんてほぼないに等しい。たぶん記憶を失う前も縁がなかったんだろう。なぜか無駄に構えとか、パンチを打ち終わった後の姿勢とかは覚えてるんだが肝心のその中間がすっぽり抜けてて意味がねえんだよな。体が覚えてるってわけでもねえし。
だから俺の攻撃なんてはっきり言って素人のそれだ。数打ちゃあ当たるってのをやるしかねえ。
「よっ、ほっ、はっ」
「くそっ、マジで当たらねえし」
様子見しているのか俺を攻撃することもなく、ただアスナはじっとこちらを見ながら俺の攻撃を避けていた。最初は大きくよけていたがそれが次第に距離が短くなり、当たっているんじゃねえかと思うのに感触が全くないっていう不可思議な状況に攻撃しているはずの俺が追い込まれていく。スピードは俺の方が上のはずなんだがな。
「うーん、なんか気持ち悪い」
バシンっという音とともに軽い衝撃が体に伝わってきた。こちらに向かって突き出されたアスナの拳が、反撃を食らったという事実を俺に突きつける。
「硬いなぁ。それに速い。でもなんか違和感があるんだよね。まるで借り物の力で戦ってるみたいだ」
「どうだかな!」
ちっ。少し戦っただけでそんなことまでわかるのかよ。答えをはぐらかし、攻撃を再開するがアスナには全く当たらず、逆にアスナのふるう拳は確実に俺に当たる。ダメージはほぼないけどな。
確かにアスナの言う通り俺の今の強さは俺が着ているせんべいの着ぐるみ人形、せんべい丸の力だ。ちなみに命名したのはセナだ。
せんべい丸は俺が<人形創造>で作ったモンスターだ。ただ着ぐるみ人形という性質上その中に人が入ることが出来る。まあ必然的に入るのは俺になるわけだが、入ると今の俺のようにせんべい丸の力を利用していつも以上の強さで戦うことが出来るって訳だ。まあSFとかでよく出てくるパワードスーツみたいなもんだな。見た目はアレだが。
せんべい丸を作り、強化も含めて使ったDPはおよそ10万。はっきり言ってアスナの強さとは比較にならないほどの潜在能力がこいつにはある。それでもなお、対等以下になってしまっているのはひとえに俺の戦いのセンスが全くないからだ。俺が入ることでこいつの強さに制限がかかっちまってるんだ。
借り物の力。確かにその通りだ。俺自身が直接アスナと戦えばたぶん10秒も持たないだろうしな。
「一発くらい食らえよ」
「やだね」
自分で考えうる限りの攻撃方法を試すんだがそのことごとくが通じない。捕まえようとすればするりと抜けられ、打撃はかわされ、飛びつけば逆にその隙を狙って反撃される。それでも俺自身にダメージはない。柔らかそうな見た目に反してせんべい丸の防御力が高いからだ。だが……
「はぁ、はぁ、はぁ」
「息が上がってきたね。そろそろ選手交代かな」
「うっせえ。お前の相手は俺だって言ってんだろ」
こちらに笑みを見せるほど余裕しゃくしゃくのアスナに向けて息を荒げながらがむしゃらに攻撃を加えていく。大振りで動く俺に比べ最低限の動きで避けていくアスナ。どちらが体力を使っているかは一目瞭然だ。基礎体力も段違いだろうしな。
でもな、それでも引くことなんてできねえんだよ!
「うーん、次はパペット君かな。そこのサンドゴーレム君も強そうだし、弓を持った君もなかなか」
「よそ見すんじゃねえよ」
俺の攻撃を避けながら次の相手を物色しやがって。俺なんか目じゃねえって言ってるようなもんじゃねえか。確かにそうなんだろうけどよ!
アスナを誘い込むにあたって万が一のことがないようにサン、先輩、ナルの3人は<人形改造>で強化してある。それがなかったとしてもこいつらの強さはこいつら自身のものだ。俺とは違うからな。でも……
パァンという音が聞こえたかと思うと、ふらっと倒れそうになり慌てて踏みとどまる。何があったんだ? 普通に顔を殴られる瞬間までは覚えてるんだがその後がわからねえ。
「あっ、やっぱ効くんだ。じゃあもう終わりかな。君と戦うのは楽しくないんだよね。君、戦うの嫌いでしょ」
「好きじゃねえな。なんでこんな疲れることを好んでやろうとするか俺にはわかんねえよ」
俺の答えにアスナがその表情を明らかに冷めていく。もはや俺を敵として認識してないのかもしれねえな。
「じゃあ代わってよ」
「嫌だね」
アスナの口がヒクッと引きつる。その表情が狂気に染まり始める。
「戦うってことは生きることなんだ。戦いから逃げるって言うのは死も同然だよ。ねぇ、君はそれで生きてるって感じるの?」
「お前の歪んだ価値観を俺に押し付けるんじゃねえよ!」
言葉と同時にアスナに襲いかかる。しかしそれは当然のようにかわされ、そしてアスナの拳が俺のあごへと………
「…………ハッ!」
「意外と頑張るね。終わったかと思ったのに」
「お前の拳なんて痛くも痒くもねえよ」
「うん、でも君はその拳に倒されるんだ。悪いけど君と遊ぶのは終わりだよ。だって君とじゃあ、ちっとも生きてるって感じがしないから」
余裕があるように取り繕ったが意味がなかったようだな。って言うか何されてんだ。痛みとかはほとんどないのに意識が一瞬飛んじまう。
「せんべい丸、あごをガードしろ。奴の狙いはお前の脳だ」
「へぇ、セコンド付きとは結構な身分だね。そして正解だけど残念。それを見抜いても防ぐ実力は彼にはないよ」
セナのアドバイスを信じてガードを固めたことで攻守が入れ替わる。アスナの拳からのダメージなんて微々たるもんだ。たぶんせんべい丸本体にとっては肩たたきくらいなもんだろう。
でもその微々たる突き抜ける衝撃が俺にとっては命取りってことか。って言うかあごを狙って脳を揺さぶるって漫画の主人公かよ。
「なかなか粘るね」
「悪いが俺も負けられねえんだよ」
完全にサンドバッグ状態だがそれは耐えられる。逆にこっちから手を出そうとしてカウンターを食らったときの方がやばかった。ふらつく時間がだんだん長くなってる気もするし。
何か、逆転の一手は……
「馬鹿、集中しろ!」
セナの警告にハッと意識を戻すと先程までいたはずのアスナはそこにはいなかった。
「これで終わりだよ!」
自分の懐から声が聞こえたと思ったらガードしている腕へと手が添えられた。そして次の瞬間、その腕から突き抜けるような衝撃が俺の頭を襲う。猛烈な気持ち悪さを感じているのに、そのことさえも忘れてしまいそうだ。まず……い……
「お前の人形にかける想いはその程度か!? 倒れるな人形馬鹿!」
そんな、セナの叫び声がかすかに聞こえた気がした。
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