第78話 アスナへの対応策
アスナの行動には他の奴らとは違う変わったところがいくつかある。
まず1つはドロップアイテムについて拾わないっていう点だ。他の奴らは絶対に魔石を拾っていくんだが基本的にアスナは放置している。なんでなのか理由は不明だ。戦いの邪魔になるって程の大きさじゃねえんだけどな。まあこっちは今はどうでもいい。
今回重要なのはもう1つの方のモンスターと出会ったら必ず戦うっていう点だ。いや、他の奴らも基本的にはモンスターと出会ったら戦うってのは同じなんだが、サンドゴーレムとの戦いから見てもわかるようにアスナは逃げないし、例えその進行方向が行き止まりで正規の道でなかったとしてもモンスターを見れば戦いに来る。
今まではただ単に桃山みたいな戦闘狂かなとか思っていたし、それが間違っているわけでもねえけど、なんのことはない。あいつが本当はダンジョンマスターでDPを得るために見つけた端から戦っていたって訳だ。
っていうか他のダンジョンのモンスターを倒してもDPって得られるんだな。いや、そんなことするのはアスナくらいしかいねえだろうけど。だって他のダンジョンのモンスターを倒すってことはアスナのように自分自身が外に出るか、外に出したモンスターがたまたま他のダンジョンのモンスターを……
「あっ、もしかして真似キンか!?」
「いきなり何の話だ?」
「いや、今まで変なタイミングでDPが増えたことがあっただろ。あれって真似キンが他のダンジョンのモンスターを倒してそれがアスナみたいに俺に入ってきてたんじゃねえか?」
「可能性はあるな。外に放ったモンスターが人を殺したとしてもDPは入ってくるはずだし、それと同じというわけか。もしそれが広まったら少々厄介なことになるかもしれんな」
「そうだよな」
下手をすればダンジョンマスター同士で戦争みたいなことが起こる可能性もある。とは言えそんなことをするよりも素直に侵入してきた人間を倒していったほうがDPは貯まるだろうけどな。だってダンジョンマスターはモンスターっていう戦力を持ってるんだし、ダンジョンに攻め込むってことは相手の有利な土俵に上がる必要があるってことだからな。
まっ、良いか。もし起こるとしても結構先の話のはずだ。今はアスナをどうするのかってのを考えねえと。
一応プランはもう出来てんだ。サンドゴーレムとの戦いであいつの強さはわかった。普通の奴よりははるかに強いが、桃山には敵わないってくらいの微妙な強さだ。はっきり言ってしまえば倒すだけなら簡単に出来る。ユウを出すまでもなくサンドゴーレム2体で攻めればあっさり倒せるだろう。
でもな……
「それじゃあ意味がねえんだよな」
コアルームの奥に新たに作った一室を眺め、そして考えをまとめる。やったことの責任は取らなきゃな。
考え込む俺をじっと皆が見つめていた。俺を信頼してくれていることがその視線から伝わってくる。俺がやろうとしていることはきっと傍から見れば馬鹿なことなのかもしれねえ。不合理なのかもしれねえ。でも俺にとってはこれしかねえんだ。
「今から作戦を話す。皆の力を貸してくれ」
俺が話す作戦を聞いた皆の反応は散々だった。サンは首をぶんぶんと横に振ってダメだと示していたし、先輩は腕組みしたままで首を縦には振らないし、ナルはきざったらしく肩をすくめて処置なしと言わんばかりのしぐさをしていた。
セナも俺の作戦は予想外だったのかしばらくの間ぽかんとした顔をしていたが、次第に体を震わせ笑い出した。
「くっくっく。いかにも透らしい作戦だ。人形馬鹿のお前にしか思いつかないだろうよ」
ひとしきり笑った後、セナがサンたちをしっかりと見つめる。
「ダンジョンマスターの立てた作戦だ。必ず成功させるぞ」
その言葉には有無を言わせぬ迫力があった。サンたちもセナに惹きつけられるかのようにその小さな体を見つめ、そして首を縦に振った。あれっ、なんかセナの方が主人っぽい気がするんだがまぁいいか。
皆の同意は得られた。やるべきこともはっきりしている。たぶん今日はまた徹夜になるだろうがそんなのは些細なことだ。アスナが来るのは大体昼過ぎだからそれまでに全てを終わらせないといけねえしな。これ以上無駄な犠牲を出すつもりはねえ。明日で決着をつけるんだ。
「モンスターがいない、ですか」
「ええ。午前中に入った人から報告があってこちらも調査に向かったんですが4階層以外はどこにも。1階層の初めの部屋に設置されていた看板に『本日モンスターの休日』と書いてありましたからそのせいではないかと。あっ、でも罠は普通に動作しますから注意してくださいね」
ダンジョンの入り口で免許証サイズの探索者登録証をいつも通りに女性の係員に手渡したアスナはそんな説明を受け首をかしげていた。探索者登録証に記録された情報が画面に表示され、それを見た係員が少し微笑む。
「本人確認できました。ありがとうございます。でも良かったですね、罠は動いていて。モンスターがいないということで今日は帰ってしまう方も多かったのですが、罠の訓練は出来ますから慎重に頑張ってくださいね」
「あっ、はい」
自分の顔写真のついた探索者登録証を受け取り、もにょっとした笑顔を見せてアスナがダンジョンへと入っていく。その後ろ姿を見送り終えた係員は、表示されたままだった一部が空白のアスナの画面を見てふふっと優し気に笑った。
「うーん、本当にモンスターどころか人もいないし」
1階層から2階層へと階段を下りながらアスナが呟く。1階層のモンスターを倒すチュートリアルの部屋にはパペットはおらず、もしかしてと思って覗いた階段手前の部屋にいたはずの警備のサンドゴーレムも姿を消していた。
普段なら休憩室としてベンチなどが設置されたその部屋には誰かしらが休んだり食事をしていることが多いのだがそんな気配もなく、ここに来るまでアスナは誰一人とも会っていなかった。
「ねえ、ラック。帰っちゃう?」
「少しは時間をつぶさないと怪しまれると思うよ」
「だよねぇ」
リュックに入った黒猫のラックと小さな声で相談し、そしてアスナは明らかに面倒そうにはぁーと深いため息を吐いた。そんな時だった。アスナの鍛えられた視力が動くものを捉えたのは。
「何かいた!」
「人じゃないの?」
アスナが最後の数段を飛び降り、動くものが消えた通路の先へと走っていく。それは2階層の罠の訓練用の通路だった。設置された罠をひょいひょいっと潜り抜け、アスナがその距離を詰める。そしてついにその姿を視認した。
「パペットだ。しかも噂に聞いたレア個体」
「アスナ、待って。ここって2階層でしょ。これって明らかに……」
「大丈夫だって。ちょっと戦って無理そうなら逃げるだけだし」
「あー、もう!」
ラックの警告を無視してアスナがパペットの背中を追う。そのパペットの逃げる速度が噂に聞いていたよりもはるかに速いことを気にも留めず。そしてその距離が5メートルにまで縮まったその時、通路の突き当たりの壁を背にパペットが振り返った。その太陽のようなオレンジの瞳にアスナの視線が一瞬吸い込まれる。その瞳は明確にアスナを敵として認識していた。
「いいよ、やろうか」
アスナがこぶしを構え、そしてパペットに向けて走り出す。それに対するパペットの行動は防御するでもなく、ただその背の壁を叩くだけだった。しかしそれを引き金にして壁全体がアスナのいる地面を含めてくるりと回りだす。
「アスナ、まずい。罠だ!」
「くっ、無理!」
地面が唐突に動いたためバランスを崩したアスナにそれを回避することなどできず、パペットとアスナ、そしてラックは回転する壁によってその奥へと消えていった。
一瞬、罠に動揺したアスナだったが比較的早くそれから脱していた。仮にもダンジョンマスターなので罠に慣れているからというわけではない。壁の奥に連れ込まれたその直後から自分へとかかるプレッシャーを敏感に感じ取っていたからだ。
それははっきりとした戦う意思。ひりつくようなその気配にアスナの感情が高ぶっていく。口角が上がり、その顔を凶器の笑みに染めつつアスナが振り返った。
「私の相手は君ってこ……」
そこまで言葉を発してアスナが固まる。そして口を開けたぽかんとした表情でその視線の先の何かを見つめ続けた。
そこには全身が茶色の物体が立っていた。雪だるまのように丸が2つ縦に重なったボディから手と足が突き出ている。その茶色のボディはぼこぼこと曲がっており、上の小さな丸の一部には黒くて四角い海苔のようなものが、下の大きな丸には透明な小さな粒がザラメのようについていた。
そんなせんべいの化け物のような何かがアスナに向かってその手を突きつける。
「お前の相手は俺だ。覚悟しやがれ」
高らかに宣言されたその言葉にもアスナは反応せず、固まったままだった。
お読みいただきありがとうございます。
地道にコツコツ毎日更新していきますのでお付き合い下さい。