第77話 サンドゴーレム戦
アスナは1人でボス部屋に入り、そしてそこにいたサンドゴーレムと戦い始めた。
「あはははは、楽しい。君、強いね。生きてるって感じるよね」
愉悦に顔を歪ませながら、笑い声を上げながらアスナがサンドゴーレムに拳を当てていく。もちろんその程度でサンドゴーレムが倒せるはずはねえ。一方でサンドゴーレムも攻撃を加えていくが、アスナはそのことごとくを難なくかわしていく。
「ハハハハ、良いよ。もっと、もっと戦おうよ」
全く攻撃が効いていないのにも関わらず、アスナの笑みは深く、そしてその笑い声は狂気を帯びていく。それなのにむしろ攻撃のスピードは上がっていってんだよな。なんなんだこいつは?
「狂っているな」
「おう。普通に怖いんだが」
「ふん」
怖いといった俺をセナが鼻で笑う。いや、セナがそうするのもわかるんだけどな。俺も怖いと言いながらちょっと安心してるし。
ボス部屋にあっさりと入った時には、もしかしたらサンドゴーレムも簡単に倒されるんじゃねえのかっていう得体の知れなさがあったんだ。しかし蓋を開けてみればアスナの攻撃は全くサンドゴーレムには通用してない。逆にサンドゴーレムの攻撃も通じてないんだがこれは桃山とかでも一緒だしな。むしろ桃山だとコアを狙われて倒されちまうようになってきたし、強さで言えば桃山の方が上ってわけだ。
狂ったように笑いながら戦うってのは傍から見ていてドン引きだし、怖いけどな。
しばらくの間戦いは膠着していた。アスナの攻撃はサンドゴーレムに通じず、サンドゴーレムの攻撃はアスナに当たらない。しかし時間が経つにつれてそれは変化していく。
アスナのスピードが落ち、それに伴って攻撃回数が明らかに減っていく。それはそうだ。サンドゴーレムは疲れ知らずだからな。長期戦なら分はこちらにある。
「カハッ」
ついにサンドゴーレムの拳がアスナを捉え、その小さな体が吹き飛びゴロゴロと転がっていく。ギリギリでガードしたように見えたが、重量差には敵わなかったようだな。どうやら左腕も折れているようだし、逃げるにしろ死ぬにしろこれで終わりだ。
サンドゴーレムがその巨体をゆっくりと動かしながら倒れたアスナへと近づいていく。アスナは地面に倒れたまま身動きしない。気絶でもしてんのか? まあいいか。こいつが死ねばちょっとは胸がすくかもしれねえ。ダンジョンの性質上生き返らせるしかねえんだけどな。
そんな風に少し緊張を緩めた時だった。
「ふふ、ふふふふふふっ」
笑い声を上げながらアスナがふらりと立ち上がる。地面を転がった時にまぶたが切れたのかその顔を一筋の血で染めながら、三日月のように口を開き狂気の笑みを浮かべる。
「痛いね、痛い。君も痛みを感じるのかな。それとも感じないのかな。ねえ、教えてよ!」
そう叫ぶとアスナが猛烈な勢いでサンドゴーレムに向かって走っていく。そしてそれを迎撃しようとサンドゴーレムがその拳を突き出した。それはアスナの満身創痍な状態を考えれば避けようのない一撃だったはずだ。しかしそれをアスナはふわりと飛んでかわすとその腕の上を走り、そしてサンドゴーレムの胸へと折れていない右手を突き入れた。
その一撃がサンドゴーレムのコアにでも直撃すれば、どこの主人公だよって愚痴ってたかもしれないが現実は甘くない。サンドゴーレムは動きを止めず、抱きしめるようにしてアスナを潰していく。
「ああぁあああ!」
ぎりぎりと締め付けられたアスナの悲鳴が響き渡る。骨の軋む音が聞こえてくる。これで本当に終わりだ。この状態から1人で抜け出すなんて不可能……
「アスナ!」
唐突に聞こえた少年のような声に思わず画面を見直す。そこには誰も……いやアスナが背負っていたリュックから一匹の黒猫が飛び出していた。その口には何か液体の入った瓶を咥えている。そしてアスナの元へと疾走した黒猫がその瓶をアスナへと叩きつける。瓶が割れ、その液体がアスナへと降り注いだ。
何が起こってるんだ?
「サンキュー、ラック」
俺の頭が事態の把握に追いつかないうちに状況は動いていた。折れていたはずのアスナの左腕がいつの間にか元通りに戻っており、そしてその左腕が振りかぶられる。
「当たれば私の勝ち、外れれば君の勝ち。さあどっちかな!」
そしてアスナの左腕がサンドゴーレムへとずぶりと突き入れられた。そしてその状態で両者の動きが止まる。まるで時が止まってしまったかのようだ。
たぶん傍目にはどちらが勝ったのかわからねえかもしれねえが、俺にはわかる。サンドゴーレムに入っていたはずの魂がなくなっていることがはっきりと感じ取れた。負けたんだ。
「ここ一番で引き当てるか。本当に面倒な敵だ」
セナのその言葉が合図だったかのようにサラサラとサンドゴーレムが崩れていき、そして残ったのはアスナと黒猫だけだった。アスナがゆっくりとサンドゴーレムの残骸へと手をつき「楽しかったよ」と別れを告げる。そして黒猫を抱き上げると先程までの狂気がウソだったかのようにニパッとした年相応の笑顔を見せた。
「いや、本当に死ぬかと思ったよ。ありがと、ラック」
「そんな簡単に死にそうにならないでよ。と言うかなんでボスに1人で挑んでるのさ!」
「行けるかなぁって。ほら4階層にはもっと強いボスがいるらしいし」
「行けるかなぁじゃないよ! とっておきのハイポーションも使っちゃったし」
「でも見てよラック。5,000DPだよ、5,000DP。これだけあれば……」
「無駄遣いはダメだからね!」
「えぇー」
そんな風に楽しげに黒猫のラックと話すアスナの手には見覚えのあるタブレットがあった。そう、今俺の膝の上で座っているセナがいつも使っているタブレットと同じものが。
しゃべる黒猫に話の内容。それだけでも十分だったがこれで確証を持てた。
「他のダンジョンマスターか」
「そのようだな。単独で他のダンジョンへ乗り込む奴がいるのは驚きだが、まず間違いないだろう。あの黒猫にも見覚えがある。私と同じ使い魔だ」
「ふーん、じゃあ確定ってことで良いんだな」
セナがこくりと首を縦に振る。
あぁ、そうかい。同じダンジョンマスターだってのによそ様の家を荒らしに来ていたわけだ。そして俺の大切な仲間を何体も、何体も倒しやがって。
普通の人間だって思ったから我慢してた。やってることはモンスターを倒しているだけで他の奴らと変わんなかったからコイツだけに対応するなんて出来なかった。だから仕方のない犠牲なんだって無理やり自分を納得させたんだ。初心者ダンジョンを維持して生き残り続けるにはこれしかないって思ってたんだ。
でも違った。
「そうか、それならこっちも遠慮しなくて良いよな」
俺の言葉にサンが両手を挙げて勢いよく立ち上がる。先輩が任せろとばかりに腕を組んでゆっくりと頷く。ナルが、ふっとでも言わん仕草で弓を高らかに掲げる。
そしてセナがこちらを見上げ、いつにも増してニヤリとした笑みを浮かべた。
「やるぞ。反撃開始だ」
「いや、それは俺のセリフだろ!」
反撃の狼煙の言葉はセナに取られちまったが、もう遠慮なんてする必要はねえ。ダンジョンマスターとわかったからには盛大なもてなしをしてやらねえとな。お互い、すねに傷を持つダンジョンマスターなんだ。存分に受け取ってくれ。
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