第74話 消えたパペット
意味が分かんねえ。こんなこと今まで一度もなかった。ダンジョンで倒された人形系のモンスターは俺の<人形修復>で復活できる。それが当たり前だったはずだ。
なのにいない。リストに載っていない。まるで本当に消えてしまったかのように。
「おいおいおい、ふざけんじゃねえぞ!」
「だからどうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもねえよ。パペットが消えちまったんだ。9体しか直してねえのにリストにもねえんだ。俺の人形が消えちまった!」
やばい。手が震える。怒りとか不安とかいろんな感情でぐしゃぐしゃになっちまってまともに何も考えられねえ。ただぽっかりと胸の中に穴があいちまったような喪失感だけははっきりと感じられる。
なんだこれ、なんだこれ、なんだ……
「落ち着け、この人形馬鹿が!」
「ぐふっ」
はっきりとした、突き抜けるような腹への衝撃に思考が一瞬にして痛みで埋め尽くされる。っていうか息が出来ねえ。床に倒れこみ、ヒクッ、ヒクッと不格好な呼吸でなんとか息をつなぐ。口からはヨダレが垂れているのか床に触れている頬が生ぬるい液体にまみれて気持ち悪い。
そんな俺を立ち上がったセナが見下ろしていた。
「んっ、死んだか?」
「しっ、んで、ねぇよ。この、野郎」
「ふぅ、こんな美少女の私を野郎と間違えるとはやはり透の目は腐っているようだな。あっ、死んでいるからか」
「言葉の、アヤだ、ろ」
ニヤリとした笑みを浮かべて俺を罵倒するセナを見上げながら必死に呼吸を整える。くそっ、こいつマジで殴りやがった。っていうか腹を殴られたはずなのになんで呼吸が出来なくなるんだよ。おかしいだろ。
しばらくして痛みも引いていき、呼吸も落ち着いていく。腹に鈍痛は残っているが動けないほどじゃねえ。手に力をいれて床につきそして一気に起き上がる。
「テメエ、何しやがる!」
「ふん、落ち着いたようだな。馬鹿者が」
飛びかかろうとした俺に柔らかく微笑みを向けたセナの姿に思わず動きを止める。セナへの仕返し一色になっていた思考が落ち着き、頭が回りはじめた。そして自分がどんな状況だったかについても理解が進み、自分の醜態に思わず頭を抱える。
ふぅと息を吐いてなんとか心を落ち着け、じっとこちらを待ってくれているセナへ向き直る。
「悪いな。ちょっと熱くなっちまった」
「反省しているなら良い。まあ透が人形に熱を入れすぎなのは私が1番理解しているからな」
「そうかもな」
1年も一緒にいるんだ。しかもこのコアルームから出ることなんてないからほぼ24時間一緒の空間にいたってことになる。俺の一番の理解者が誰かと聞かれればそれはセナの他にいない。自分でもちょっと異常なくらいの人形馬鹿ってのは自覚してるしな。
ニッと笑ってセナに返すとセナも口の端を上げて笑った。心が通じ合うってやつか。
「なにせ透は寝言で、セナたん、はぁはぁ、セナたん、かわゆす。もうむしゃぶりつきたい、と言ってしまうほどの変態だからな。私も身の危険を感じざるを得ない」
「はい、嘘!」
「自覚がないとは可哀想に。透はもう末期なのだな」
笑いながら言うその姿を見れば絶対に嘘なのだが、突っ込むまでもねえか。まあなんにしろ心は通じ合っていなかったようだがな。
とりあえずセナの鎮静(物理)のおかげで落ち着いたし状況を整理しねえと。っていうか最初から変わってねえんだけどな。
1階層で10体倒されたはずのパペットが<人形修復>では9体しか復活させられなかった。そして残りの1体についてはリストに残っていない。再使用できないクールタイムの間はグレーアウトしたままタイマー付きで表示がされるから違うしな。
つまり1体のパペットが消えた。そして復活も不可能。それが全てだ。
「セナ、心当たりはあるか?」
「いや。少なくとも私の知識にはないな。まあそもそもクラスごとの能力の詳細などの知識は与えられていないからな」
「やっぱそうだよな」
予想通りのセナの答えに手をあごに当てて考え込む。人形師のクラスについては最初の頃にセナに人形系のモンスターに補正が付くとかの基本的なことは聞いたが、それ以降については覚えた能力を実際に使って確かめていったってのが正直なところだからな。
しかし今までの経験上、どんなに多くのパペットが倒されてもリストからいなくなるなんてことはなかった。たぶん今まで数万、下手したら十万体近くのパペットを<人形修復>で直してきたのになかったことがたった10体のパペットを倒されただけで起こっている。<人形修復>自体にそもそもそういったデメリットがあり、たまたま低い確率に当たってしまったって可能性もないわけじゃない。でもそんな訳ねえだろ。
「あいつだよな」
「おそらくな。確信はないが私の直感では黒だ」
罠にはあまり興味がないのか少しつまらなさそうな顔で説明を受けている黒髪の少女へと視線を向ける。可愛い少女だとは思うが、特に変わったようなところは見受けられない。しかし俺の中の何かが警鐘を鳴らし続けている。
「何者なんだ?」
「さあな。だが私たちにとって敵ということは確かだ」
セナのいつもよりはるかに重い言葉にうなずきながらタブレットを見つめる。これがただの偶然だったら良いんだが、きっとそんなことはねえんだろう。なぜかそんな確信があった。
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