第73話 黒髪の少女探索者
黒髪の少女を含んだグループが1階層を進んでいく。分岐を通り過ぎ、そしてパペットと闘う真ん中の部屋へと到達した。警官が壁際へと歩いていき、6人がダンジョン産の木の棒を持ってパペットに近づいていく。パペットがそれに反応し、ゆっくりと動き始めた。
「おぉ、本当に動くんだな」
「VRで見せてもらったのと同じね」
口々に感想を漏らす他のメンバーをよそに少女は黙ったまま口の端を上げてニヤリと笑みを浮かべた。可愛らしいというより小悪魔的な笑みだ。いや、先入観のせいかもしれんが。
6人が代わる代わる木の棒や足などでパペットに攻撃を加えていく。何人かは明らかに動きが慣れていたので武術とかの経験者なんだろうな。ちなみに件の少女は普通に包帯みたいなものを巻いた手で殴っていた。パペットって普通の木を殴るくらいの硬さなんだが痛くねえのか?
そんなことを思いつつもそこまで変わったこともなくあっさりとパペットは倒された。まあ1対1でも余裕で勝てるんだし当たり前だけどな。
そして進んでいった最後のダンジョンコアの部屋で別れていた全員が集まると、進み出た体格の良い1人の男がそのダンジョンコアを外した。部屋が暗くなり同時に宝箱が2つ出現する。明るくなった部屋でそれらを見つけた奴らから湧くような声が上がった。
そうだよな。テンション上がるよな。まあ入ってんのは1DPの木の棒なんだけどよ。
例の少女も他の奴らと同じように嬉しそうに笑っている。そして木の棒が出てがっかりするところも同じだ。うーん、こうやってみると姿以外は案外普通なんだな。
宝箱を開けたあとは2階層へと全員で向かうようだ。まあ罠の再設置には30分かかるからな。部屋の広さにも余裕があるし全員で見せたほうが効率が良いって判断だろう。
そして階段へと向かう途中で昔のパペットたちの待機部屋、今は警備のサンドゴーレムの待機場所になっている部屋へと寄り、かなりしっかりと警官から注意を受けていた。全く動く様子は見せないがパペットとは明らかに違うサンドゴーレムの威圧感にごくりと誰かの唾を飲み込む音が聞こえる。うんうん、その気持ちを忘れずに品行方正にダンジョンで過ごしてくれよ。
そして2階層へと全員が向かって行ったところで少し息を吐く。2階層は基本的には罠があるだけだからな。まあお楽しみ要素もあるがそれを見つけられるかはこいつら次第だ。初日から見つかるってことはさすがにないと思うしな。
「案外普通だったな」
「……」
あぐらの上のセナに話しかけたが返事がない。不思議に思って体をひねって覗き込んでみるとセナは壁掛けのタブレットをジッと見つめたまま難しい顔をしていた。
「どうかしたか?」
「いや、何でもない。確かに普通だ。サンドゴーレムを見ても怖気づかず、戦いたそうにしていたが……まあそういう奴もいるからな」
「えっ、マジで。桃山の同類ってことか」
「似ていなくはないな」
普通だと思った時点でちょっと興味がそれてしまって少女のことを見ていなかったがそんな感じだったのか。もしかしたら桃山に似ているから嫌な予感がしたのかもしれねえな。
最近は闘者の遊技場を警察の選抜チームと自衛隊の選抜チームが合同で攻略を進めている。以前の自衛隊の本格侵攻ほどの人数じゃねえけどパペット、お化けかかし、サンドゴーレムくらいまでは重火器を使わなくても攻略できるまでになっている。
攻略法が確立されたってわけじゃねえけどやっぱ自衛隊にいるスキル保持者の力が大きいな。そこまでで被害を与えられてるのはナルによる矢の攻撃とサンドゴーレム先輩くらいになっちまったし。
まあそのあとに続くクレーンの騎士のユウの攻略が出来ずに先に進めないってのが現状だ。
いろんなことを試していたけどな。ユウを大回りで回避しようとしたり、誰かが戦っている最中に進もうとしたり、1人を犠牲にしているうちに取り囲んで一斉攻撃してみたり、あと何があったかな。まあどちらにせよ人形の津波に襲われて全部無駄に終わったわけだけどな。
流石に諦めたのか最近は1対1で正々堂々と闘いを挑んでくるようになったんだが、その中で最も良いところまで行くのが桃山だ。一応桃山はスキルを保持していないはずなんだが、自衛隊に所属しているスキル保持者よりも明らかに強い。勘が良いっていうのかはわかんねえけど速すぎて見えないはずのユウの攻撃をかわして更に反撃までしてくるからな。
今のところ当たったとしてもユウには全く無意味なんだが、もし桃山が下手なスキルでも手に入れようものならちょっと危ないかもしれない。このダンジョンだけに潜っている限りはそんなことはしねえけどな。
姿かたちは全然違うが、どこかそんな桃山に似た部分を俺とセナは感じ取ったのかもしれねえな。とは言え今はまだまだ問題はなさそうだ。おとなしく罠の講習を受けているし、脅威になるとしてもそれは将来の話だ。今その心配をしても始まらねえし、意味もねえしな。
「よし、とりあえず落ち着いたし俺は倒されたパペットたちを<人形修復>しちまうわ」
「むっ、そうか」
セナがあぐらの上からどき、すぐ隣に座るのを横目で見ながら<人形修復>へ向けて意識を集中していく。1階層のパペットと戦うための部屋に設置した召喚陣は倒されてから30分ごとに起動する。それまでに直しちまわないといけねえしな。
パペットの<人形修復>はもう嫌になるほどやったから、かなりスピードが上がっている。なにせ毎日最低500体は人形修復してるんだ。そりゃあ早くなるだろ。
意識を集中し、パペットのことを考え、そして<人形修復>。
それにかかる時間はおよそ5秒くらいだ。作業のようにしちまえばもっと早いんだろうけど流石にそれは出来ねえし。
そして何度目かの<人形修復>でこれ以上修復可能な人形がないことが感覚的にわかった。とりあえずコアルームの手前に作った待機部屋で再召喚されるまで待ってもらうとするか。
「じゃあちょっと奥で待って……」
不意に覚えた違和感に言葉を止める。そしてパペットたちを観察し、その正体に気づいた。床に置いてあったセナがいつも使っている手持ちのタブレットを拾い、必死にその画面を操作する。
「おい、どうした?」
セナの驚いた声が聞こえるがそれに構っている暇はねえ。目的の項目を見つけ、そして少し震える指でそこをタッチする。<人形修復>と表示された項目、そこをタップすれば現在修復していない人形の一覧が現れるはずだ。しかしその場所には何も表示されていなかった。
俺が修復したパペットはここにいる9体だけなのに。
《ご注意》
この後の展開が好き嫌い分かれるようです。不安な方は「第84話 傭兵の人形は夢を見るか」へ飛ばして進んで頂いても話が通じるようにしてあります。
作者としては読んでいただきたいなとは思いますが、ご自由にお選びください。
よろしくお願いいたします。
それとお読みいただきありがとうございます。
地道にコツコツ毎日更新していきますのでお付き合い下さい。