第72話 民間開放の日
俺たちが初心者ダンジョンとして警視庁前に出現して今日でちょうど1年だ。最初はどうなるかと思ったダンジョン運営だが結果的にはそこまで悪くないんじゃねえかなって感じだ。警官や自衛隊の奴らが毎日入ってくるおかげでDPに余裕はあるし、今のところコアルームへと続く第一の隠し扉も見つかっていないしな。
チクチク、チクチク
そして今日は1年という節目だけでなく、このダンジョンにとってもちょっとした区切りになるだろう日だ。それは……
「透、そろそろ入ってくるようだぞ」
「おう、あともうちょいだから。最後にほっぺた部分を凹ませて……よし、完成だ」
セナの声に返事をしつつ作っていたハムスターを完成させる。まだまだ時間があるからと手慰みに作っていたんだが思った以上にこだわりすぎてちょっと危なかったな。
俺が作っていたのは羊毛を利用したゆるふわのマスコット的なハムスターだ。作り方は至極簡単で、フェルティングニードルっていう先端が特殊な針を使って羊毛を刺すと繊維が絡まってフェルト化するのでそれで形を整えていくだけだ。慣れれば30分から1時間程度でも作れるようになるしな。
ポイントとしては基本の丸の形を綺麗に作るってところだな。ある程度の形までは手のひらでコロコロ転がしたりして形を整えても良いが、最後は結局どれだけ根気よく薄く重ねた羊毛を丁寧にチクチク刺せるのかってのに尽きる。もちろん通常の針じゃなくって仕上げ用の極細の針の方だ。
あとは耳と尻尾をチクチクしてつけてやり、さらに体の模様や目や口などをつけてやれば完成だ。
「よし、じゃあ<人形創造>」
あぐらの上に乗せたハムスターに両手を添えて<人形創造>で命を吹き込んでいく。やっぱハムスターなんだから元気に走り回る感じだよな。手が熱くなり、そしてそれがハムスターの人形へと移っていく。
そしてハムスターの人形がブルブルっと震え、そのつぶらな瞳でこちらを見ると楽しそうにぴょーん、ぴょーんと跳ね始めた。てっきりコロコロ転がるかと思ったんだがそっちか。やっぱ<人形創造>は面白えな。
飛び跳ね続けるハムスターを捕まえて手のひらの上に乗せる。うん、調子の悪いところはなさそうだ。
「じゃあお前は4階層で遊んできな。ユウっていう奴がいるからそいつに指示してもらえよ」
ハムスターをひと撫でしてダンジョンコアを使って4階層にハムスターを送る。あとはユウが他の人形たちと遊ばせておいてくれるだろう。人形を送るとユウが喜ぶからそうしてるんだが、なんというか保育園の保母さんみたいな気もしてくるよな。見た目はごつい騎士なんだけど。
さて、そろそろ本当に時間だ。壁掛けのタブレットの画面をせんべいをかじりながらじっと眺めているセナの横へ立ち、その頭を撫でる。セナがこちらを見上げ、そしてニヤリとした笑みを浮かべ床を指差した。俺も笑みを返してあぐらで座り、その上にセナが当然のごとく座る。
「さあ、始まるぞ」
「おう」
タブレットの先には入り口に立つ警官の姿が映っている。その向こうに広がる景色は俺たちには見ることが出来ねえが、それでもその空気感は伝わってくる。緊張、不安、そして何より大きな期待。その熱はタブレットを通じて俺たちにまで届いていた。
そして入り口を塞ぐようにして立っていた警官2人が壁際へと移動しその道を譲った。
「「ようこそ、初心者ダンジョンへ」」
俺とセナの声に合わせるように服装も年齢もバラバラな集団が警官に先導されながらキラキラと目を輝かせてダンジョンへと入ってきた。
そうそう。これだよ、これ。最近は闘者の称号を狙った警官とか自衛隊の奴らばっかだったけど、やっぱチュートリアルと言えばこういう感じじゃねえとな。
ポイント的にはそんなに大したもんじゃねえけど原点回帰って感じがしてなかなか良いもんだ。
思ったよりもテスターの奴らが来てから時間がかかったが、まぁなんか政治的な判断とか色々あったんだろ。俺にはどうでも良いけど。
時間があったせいでちょいちょい1から3階層の改修したり、お楽しみに要素とかも追加しておいたからきっと満足してもらえるはずだ。
警官とか自衛隊の奴らには攻略されすぎて、もはやアイテム回収作業みたいな感じになっていたがこれからはちゃんとしたチュートリアルとして機能出来そうだ。
さて、どんな感じ進んでいくのか観察を続けてみるとやっぱり最初は6人のグループに1人の警官がついて案内していくって感じみたいだ。人数も通路の数に合わせたのか60人だしな。
あんま説明している様子がねえのが若干不安だがきっと地上でしっかりと教育されてるんだと期待しよう。
「ふむ。それなりの者が選ばれているようだな」
「それなり?」
「前の奴らみたいに明らかに運動能力が劣っている者がいない。男女問わず重心に安定感のある歩き方だ。おそらく何らかの武術またはその類を習得しているのだろう」
「へー、そんなことまでわかるのか。流石だな」
俺が見ても特にわからないが何か違いがあるようだ。うーん、こういったことはセナに任せっきりだから俺も勉強した方が良いってのはわかってるんだが、教えてもらってもさっぱりなんだよな。そんな時間があるなら人形造ってたいし。
まあ、セナも褒められてまんざらでもなさそうな顔をしているからこれで良いのかもしれねぇな。んっ?
「なぁ。明らかに中学生か高校1年くらいのちっちゃい女子がいるけど、確か18歳以上じゃなかったっけ?」
「そうだな」
集団の一番後ろを楽しそうに歩く黒髪の少女はその美しい人形のような風貌も相まってかなり浮いていた。身長も150はないだろう。身体の線も細いし、大丈夫かと思うほどなのに……
「なあ、何か嫌な予感がすんだが」
「奇遇だな。私もだ」
ズームアップした画面に映ったその少女の姿を見ながら俺たちは言いしれぬ嫌な予感に釘付けにならざるを得なかった。
第三章開始です!
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