第7話 生き残るためのダンジョン
ひと通り相手の悪口を言い合った後、俺があぐらをかきその上にセナが座る定番になりつつある体勢で2人でタブレットを睨みつけていた。
「まず(初期ボーナスセット)はなしだ」
「そうだな。確かにDPで見ればかなり得ではあるが出来るのはたった3層、モンスターも最下級のものが100体とランダム1種、罠も基本的な物ばかりの弱小ダンジョンだからな。透のクラスと立地ではすぐに攻略されるだろうな」
「でもこれって完全に罠だよな」
俺の言葉にセナが皮肉気にふんっと鼻を鳴らす。引っ掛かる方が馬鹿だと暗に言っているんだろう。
いや、でも無理じゃね。無理やり頭にダンジョンの知識を埋め込まれたけどあくまでおおよその知識でしかない。モンスターの強さだって最低ランクのモンスターは一般人より弱いくらいの認識しかなかったし。実際に戦ってみてその弱さに愕然としたくらいだ。
(初期ボーナスセット)はDP的にはかなりお得なのはお得だ。これでダンジョンの基礎が出来上がるんだからな。これが最初からついている次のダンジョンマスターは強いモンスターを選ぶなり、強力な罠を増やすなり選べる選択肢は多くなるはずだ。
っていうか、完全に俺たちは土台扱いだよな。
「なにか案はあるか?」
「そうだな。私としてはダンジョンを最低限にして強いモンスターを召喚するのが良いのではないかと思うぞ。10,000DPあればそれなりの強さのモンスターが召喚できるからな。普通の人間にはまず負けないはずだ」
こんな感じだな、と言いつつセナがタブレットについていたダンジョンの作成ページを使ってダンジョンを形作っていく。すると目の前にセナがタブレットで作った通りの半透明のダンジョンが現れた。ホログラムのような光景だ。タブレットの動きに合わせて回転なども出来るようだな。無駄に高い技術力だ。
セナが作ったのは2部屋しかないダンジョンと呼んでよいのか困るようなものだった。簡単に言えば入ってすぐにボス部屋があり、その奥にダンジョンコアの置いてある部屋というシンプルなものだ。ボスモンスターが倒されたら終わりですね、わかります。
「入ってきた人間を倒し入手したDPで順次ダンジョンを拡張していけば良いだろう。人を1人倒せば1,000DP程度は入るはずだからな。人形系のモンスターを召喚すれば透の〈人形修復〉で復活させることも可能だ。まあ同じ階層に人類がいるときはモンスターの召喚は出来ないがマスタールームは別だからな。そうして強いモンスターをある程度最初に揃えてしまうのが良いと思うが、どう思う?」
「先生お願いしますってやつだな」
「?」
流石に通じねえか。セナがこちらを見上げながら何を言っているんだと言う顔をしている。通じない冗談ほど恥ずかしいもんってないよな。仕方ないから気づかないふりをしながらセナの案について考えてみる。
確かにDPの高いモンスターであれば一般人よりは強いはずだ。コアルームは最初からついているから実質作るのはボス部屋だけ。ボス部屋は広さにもよるが500DPあれば最低限の物は作成できる。つまり9,500DPは使えるわけだ。
これだけあればある程度強いモンスターを召喚することも可能だ。ボス部屋だからそいつを倒すまでは開かないし、もし倒されたとしても〈人形修復〉で1回なら即座に復活させることも出来る。そうじゃなくても人を倒して入ったDPで他のモンスターを召喚しておいてコアルームへと続く扉の後ろに待機させておいても良いだろうし。
これならいけるか?
「いける……ような気がする」
「んっ、何か奥歯にものが引っ掛かったような言い方だな」
「いや、そういう訳でもないんだが」
確かにセナの案は(初期ボーナスセット)に比べれば格段に生き残る確率は高くなるはずだ。それは確かなんだが、何というか人を倒すってのは俺たちをこんな状況に無理やり引っ張り込んだ奴の思惑通りな気がして癪だってのと、あと何か忘れているような気がするんだよな。
思いつきそうで思いつかない気持ちの悪い引っ掛かりに頭を軽くがりがりと掻くがそんなことでわかるはずもない。そんなことをしていると迷惑そうな顔でこちらを見ているセナと目が合った。
「おい、やめろ。ふけが落ちる」
「いや、落ちねえよ!……落ちてねえよな?」
「冗談だ。しかし唾はたまに飛んでくるから気をつけろ」
「あぁ、悪い」
「気にするな。唾を飛ばしてくる上官など普通にいるからな。ひどい奴はわざわざ食事に入るようにしてくるしな」
「うわぁ、それは気持ちわりぃな」
俺の感想にしたり顔でうんうんとセナがうなずいている。規律を守らせるとか檄を飛ばすために叫んで唾が飛んじまうのは仕方がないと割り切れても、それをわざわざ食事に入るようにするってどんな罰ゲームだよ。俺なら確実に食欲が失せるな。
「って、あぁー!」
「だから唾が飛ぶと言ってるだろうが馬鹿透!」
「お前も飛んでんじゃねえか! いや、そうじゃない。セナ、さっきの案はなしだ」
「どうしてだ?」
「兵糧攻めだよ、兵糧攻め。人が入ってこなくなったら終わりだ」
「んっ? あぁ、なるほど。補給路を断たれればこちらが干上がるというわけか」
俺の言いたいことをセナがすんなりと理解してくれた。軍服を着ているだけあってやはりこういう辺りの理解は早くて助かるな。
そうなのだ。ダンジョンに人が入ってこなくなればDPは入らない。しかしこちらは食事やらなんやらで日々DPを消費しなければならないのだ。どんなに切り詰めたとしてもそれが変わることはない。
人をダンジョンへと誘う方法はもちろん用意されている。モンスターを倒すことで身体能力が向上するし、現実ではありえないような効果を持つアイテムを宝箱に設置することも出来る。さらには呼び出したモンスターをダンジョン外へと放つことも可能だ。もちろんすべてDPを消費するが。
セナの案の場合はモンスターを外へと放って放置できないと思わせるのが効果的だとは思うが外へと放つだけでもそのモンスターの召喚DPの半分が必要だ。しかも外に出た段階で俺の言う事を聞かない野良のモンスター扱いになるようだ。野良だから、たぶん〈人形修復〉もできないだろう。
うわっ、やりたくねぇ。
もちろん要であるボスモンスターを外に出すなんてもってのほかだし、ケチって弱いモンスターを出してもただDPが無駄になるだけだ。ダンジョンの出入り口は封鎖できないようになっているらしいが周囲を壁とかで囲まれたらさらに状況は悪くなる。
むしろ一部屋増やして宝箱を設置するか? いや、どちらにせよモンスターなんて言う不可思議な生物がいるとわかればもしものために壁くらいは設置するよな。
考えてみればこの方法ってかなり効率的だよな。何もしなくても勝手に相手が弱っていくんだから。ダンジョンが見つかってその危険性がわかったら警察なりなんなりが封鎖するだろうし、利益があるとわかったとしても誰を入れるのか、その責任は誰が負うのかなど決めることが山ほどあるだろう。日本だったら国会とかで収拾がつかなくなるんじゃねえのか?
そうして紛糾している間にダンジョンマスターは弱っていき(初期ボーナスセット)でDPの残りのないやつは何もできずに死んでいく。うん、やっぱり(初期ボーナスセット)は無しだな。
いかにしてダンジョンに人を入れるかってのが問題だよな。他のダンジョンも見つかるだろうからそいつの対応次第で俺のダンジョンにも影響が出るだろうし。
もっとポイントがあれば取れる手段もあると思うんだが10,000ポイントってのが絶妙な少なさなんだよな。
まあ試練って言うくらいだから段階的に厳しいものにしていくって方針なのかもしれん。そう考えると本当に俺たちはチュートリアルの役目なわけだ。倒されるためのダンジョン、そのためのダンジョンマスターってか。
ダンジョンの構築が完了し次第、出現できるってのもそのせいだろう。試練を与えようとしている奴からしたら中途半端で弱かろうがダンジョンが現れたと言うことを示すことが出来れば問題ないだろうしな。
くそっ、考えれば考えるほど手詰まりじゃねえか。
「だあー! チュートリアルなんていらねぇだろ。いきなり本番でいいじゃねえか」
「馬鹿者。チュートリアルとはいわばブートキャンプだ。新兵の甘っちょろい性根や腐った傭兵の根性を叩き直す重要な過程なのだぞ」
「それで俺たちの命が危険に晒されたら意味がねえだろうが。そもそもチュートリアルってのはクリアできることが前提の……前提の……」
「んっ、どうした? 電池でも切れたか?」
立ち上がり俺の頭をこんこんとセナが叩いてくるが、それを視界にとらえつつも俺の思考はそちらへと向かなかった。ばらばらだった点と点が一本の線で繋がっていく。それはとても細くて一歩でも踏み間違えれば落ちてしまうようなものだったが、それでも自らの手でこんなくそったれな状況を覆す可能性のある方法だった。
成功する可能性は高くないかもしれねえ。セナの方法の方が賢い選択かもしれねえ。でも、それでもこんな状況に追いやりやがった奴に逆らって一泡吹かせる可能性が少しでもあるならやらないなんて選択はない。
自然と笑みが浮かぶ。口が自然と開き、歯が見えるほどの抑えられない笑みが。
「おっ、なんだ? ついに狂ったか?」
おどけるような表情で冗談を言うセナだが、その瞳には冷たいものを含んでいた。俺が何かを決断したのだと察したのだろう。その上でそんな態度をとっているのだ。本当にこいつは良い相棒だ。
「そうだな。狂ったのかもしれねぇな。でもそれでも良いじゃねえか。こんなくそったれな状況なんだ。狂ったところで問題はねぇだろ?」
「ああ」
短く返し、セナがうなずく。さあ始めよう。俺たちのダンジョンを。
「作るぞ。攻略できない初心者ダンジョンを」
「ああ!」
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