第69話 箱根ダンジョン探索
薄暗い洞窟の中を6人の男が歩いている。服装は皆同じ迷彩柄の上下にヘルメットという格好だが、1人だけ明らかに動きがぎこちなく着慣れていないことがわかる若い男がいた。5人の中心で守られるようにして歩くその男の名は瑞和 優希。優者として初心者ダンジョンに選ばれた男だった。
6人が歩いているのはもちろん普通の洞窟ではない。神奈川県南西部、駅伝で有名な箱根峠の山間で発見されたダンジョンだった。現在確認されている階層は6階層までであり、特殊なモンスターが出てくることもほとんどないためダンジョンの攻略難度としては低いと考えられている場所だ。
もちろん普段は警察と自衛隊によって封鎖されている場所であり、民間へのダンジョンの開放がされていない今の状況でその中に入れるのはその2つの組織に属している者以外はいない。
それなのに瑞和が入っているのはただの民間人ではなく、ダンジョン討伐の協力者として国と契約を結んだからだ。その契約金額が瑞和の見たことのないような金額であったということもあるが、何より瑞和自身が強くなりたいと希望したことで両者の合意はなった。
とは言えいきなり戦いの素人の瑞和を最前線に送り出せるはずもなく、実戦経験を積ませるということと授かったその魔法の性能を把握する目的でこの比較的安全な箱根ダンジョンへとやってきたのだ。
命の危険の全くない警視庁前の初心者ダンジョンで経験を積ませるべきという意見もあったが、瑞和の授かった魔法であるポイズン、パラライズ、スリープは初心者ダンジョンにいるモンスターたちには効かなかった。それがモンスターの特性によるものなのか、単に効く確率が低いのかも含めて検証が必要ということになったのだ。
そんな経緯で初めて死ぬかも知れないダンジョンへと入り、当然のごとくビクビクとした動作でぎこちなく歩く瑞和にすぐ隣を歩いていた同年代の男が落ち着いた声で話しかける。
「心配しなくても大丈夫ですよ。1階層から3階層までで異常が起こることはまずありません。出てくるのもゴブリンだけですし、罠の場所も変わりませんから」
「そ、そうなんですね。すみません。あまりこういった経験がなくて」
「4層からはちょっと様子が変わるので注意が必要ですが今日は3層までしか行きませんし、我々もいます。後は、これをお守りがわりに持っていてください」
そう言って男が瑞和に銀紙に包まれた親指の先ほどの大きさの長方形の何かを手渡した。それを受け取った瑞和は少しそれを見つめ、そして視線で開けて良いか確認を取った後、銀紙を少しめくった。そこにはダークブラウン色をした表面の滑らかな物体が入っていた。
「チョコレート、ですか」
「ええ。緊張した時なんかに口に含むと良いですね。落ち着きますから」
「ありがとうございます。試してみます」
会話したことで少し緊張がほぐれたのか小さく笑顔を見せてお礼を伝える瑞和に、男も柔和な笑みで応えて元の場所へと戻っていった。
そして瑞和がもらったチョコレートをたくさんありすぎるポケットの中のどこに入れようかと迷っていたところに、声が掛かる。
「ゴブリン3、前方接近中」
その声に反応してすぐに臨戦態勢に入った5人とは裏腹に瑞和は体を強ばらせていた。その視線の先には醜悪な面構えをした緑の小人が粗末な棍棒を振りかぶりながら駆けてくる姿が見えていた。
そのスピードは大したものではないし、なにより5人の屈強な自衛官に守られているのだから危害が加えられるはずがない。そうわかっているはずなのに瑞和の心には恐怖心が広がっていた。ゴブリン達から放たれる明確な殺意を敏感に感じ取っていたのだ。
その恐怖心と瑞和が戦っている中、その震える肩からぴょんと何かが地面へと飛び降りる。
「あっ、待って。リア!」
「……」
一番前に立つ自衛官の横をするりと抜け、瑞和にリアと呼ばれた深い藍色の髪をしたデフォルメされた小さな美少女の人形がゴブリンに向かって駆けていく。突然の出来事に自衛官たちも動くことが出来ないでいた。取り囲むように方向を変えたゴブリンとリアの距離はすでにない。
瑞和の目から恐怖心が抜け、代わりに強い意志を感じさせる鋭い視線とともにその右手がゴブリン達に向けられる。
「ポイズン!」
次の瞬間、今まさに粗末な棍棒をリアに向かってふり下ろそうとしていたゴブリンたちが崩れるようにして地面に倒れていった。そしてそのままピクピクと体を痙攣させ、立ち上がる気配はない。
「良かった。効いたみたいだ」
とっさに放った魔法が効いたことにほっと胸をなで下ろす瑞和の目の前でリアが倒れたゴブリンの頭をサッカーボールを蹴るかのようにキックする。その瞬間、その頭が爆裂四散した。
「「「「「「はぁ?」」」」」」
その光景に瑞和だけでなく他の自衛官たちも戸惑いの声を上げて固まる。しかしそんな6人に構うことなく残りの2体に対してもリアは蹴りを放ち、そのことごとくが爆発したかのように吹き飛んで消えていった。
そしてリアは何事もなかったかのように瑞和の元へと戻ると、いそいそと服を伝って迷彩服に特別に取り付けられたフードの中へと戻っていき、そして瑞和の頭からひょっこりと顔を覗かせた姿勢のまま動かなくなった。
しばし静寂が続いたが、意を決した顔で先ほど瑞和と話していた男が再び声を掛ける。
「瑞和さん、先ほどの人形は?」
「えっと初心者ダンジョンから僕についてきてくれた人形で、僕はリアって呼んでます」
「リア、ですか」
こわごわとした視線で男がリアを眺めるが、リアは全く気にした様子もなく瑞和の頭を掴んだ姿勢のまま動こうともしなかった。
「強いんですね」
「僕も初めて知りましたけどね」
「報告することが増えそうです。瑞和さんの魔法もしっかりと効きましたし」
「あっ、そういえばそうですね。後のことが衝撃的すぎて忘れてました」
「ははっ、確かにそうですね」
緊迫していた空気が2人の笑い声で少し緩む。そして男が瑞和の右手に目をやりニコリと微笑んだ。
「あなたには必要なかったかもしれませんね」
「えっ?」
瑞和のあげた疑問の声に答えずに男は元の位置へと戻っていった。最後に向けたその視線の先には瑞和の右手から覗く銀の包み紙が見えていた。
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「なぁ、なんか今日、変な感じでDPが入ってきてねえか?」
「うむ。特に該当しそうなことは起きていないのにDPが入っているな。きっと天が我々にもっとせんべいを食べろと思し召しなのだ」
「そんなことあるはずがねえだろ。馬鹿も休み休み言えよ」
「ほほぅ、そうか。馬鹿………、馬鹿………、馬鹿………、透は馬鹿………」
「そういう意味じゃねえよ! それと最後、名指しすんじゃねえ!」
お読みいただきありがとうございます。
少し本編が落ち着きましたので以前から予告していた10,000ポイント感謝記念投稿です。
本当にありがとうございました。