第68話 人形創造
新しく出来るようになった<人形創造>という能力に頭の中がぐるぐると回り始める。と言うか回りすぎて何を考えてんのかよくわかんねえ。こいつは今までの<人形修復>や<人形改造>とは一線を画す力だ。いや、今まで出来た2つの力もすげえことはすげえんだけどな。
<人形創造>は人形に命を吹き込むことが出来る。ただの人形が生きた人形になるんだぞ。自らの意思で考え、動くことが出来るんだ。それはまるで……
「……い、おい! 透!」
「んっ、あぁ、すまん。ちょっと考えが飛んでっちまってな」
「ドラッグを使うのは負傷した時だけだぞ。気をつけろ」
「違えよ!」
まさかのドラッグ発言に一気に意識を元に戻された。しかし負傷した時ってドラッグ使うのか。そういえばモルヒネとかも一歩間違えばドラッグなんだっけ。そもそもドラッグで薬だしな。まあいいや。
「新しく<人形創造>ってのが出来るようになったらしい」
「ふむ、名前から考えると有用そうだな。こちらの要望を満たす人形のモンスターを作れるということだろう」
「詳しく調べないとわかんねえけどな。出来るってことはわかるんだがとりあえずタブレットでどんな感じなのか確かめねえと」
「そうだな。では座れ」
「へいへい」
食事の後片付けを後回しにして床へとあぐらをかいて座り、そしてその上にセナがちょこんと座る。最近じゃあ何かがあぐらの上に乗ってないと違和感を覚えるまでになっちまったな。別に良いんだけどよ。
それよりも<人形創造>の確認だ。一応おおまかなイメージは頭の中に浮かんでいるんだが、造った人形に命を吹き込むことで人形系のモンスターとすることが出来るってくらいな簡単なもんだ。
<人形修復>や<人形改造>の時もそうだったんだが、結構不親切なんだよな。タブレットを触って実際に作業をしてみながら出来ることを探っていく必要があるし。それも面白いっちゃあ面白いんだけどな。
さて、さっそくタブレットに視線を落とし、項目に出ている<人形創造>をタッチする。ふむふむ。まずは人形を造ってから最後に命を吹き込むって感じなんだな。で、人形の造り方は……
「ふむ、頭部、胴体部、右腕、左腕、右足、左足、その他。結構いろいろな種類があるのだな」
「……」
「おぉ、モンスターのそれぞれの部位を選択できるのか。パペットに真似キン、サンドゴーレムもいるな。その他のラインナップも考えると、今まで我々が召喚したモンスターが選択できるということか。これはとりあえず他の人形系モンスターも1体ずつでも召喚するべきだな」
「……」
「ふむ、やはりDPの高いモンスターほど高いDPがかかるか。まあそれだけ基礎能力が高いのだから当たり前だな。この辺りをどう調整していくのかも重要か。おい、さっきから静かだがどうか……」
「……こ」
「んっ、どうした?」
「このクソ仕様が!!」
セナがポチポチとタブレットを触って<人形創造>を確認していくのを黙って見ていたんだが、もう無理だ。我慢ならん。セナが驚いた顔で俺を見ているがこの燃えたぎる心の咆哮を止められるはずがねえ!
「ど、どうした?」
「<人形創造>だぁ? ふざけんじゃねえよ。こんなん、ただくっつけただけじゃねえか! これのどこが創造だってんだ。人形を……人形造りをなめんじゃねえ!」
慌てるセナという珍しいものが見えたがそれどころじゃねえ。握りしめた拳を思いっきり床に叩きつける。ゴンっと大きな音が響き、手がジンジンとした痛みとともに熱を帯びていくがそんなことは関係ねえ。
最初の画面を開いた瞬間に嫌な予感はしてたんだ。セナはいろいろな種類があると言っていたが、俺に言わせりゃあ体の部位の分類が頭部、胴体部、右腕、左腕、右足、左足、その他の7種類しかねえんだ。それが大分類で更に区分けされているかと思えばそれもねえし。
さらに最悪なのが選べることが出来るのが召喚したモンスターの部位ってことだ。その時点で創造じゃなくってただの選択じゃねえかと思わなくもないが、それは我慢するとしてもセナが適当に作り上げていった人形の姿は本当にただその部位をツギハギにしただけだった。
サンドゴーレムの胴体からパペットの足が生え、クレーンの騎士の二股の左腕に、弓曳き童子の弓を持った右腕、そして頭がパイプをくわえた煙だし人形。
確かに各パーツのサイズの調整はされていた。きっと<人形創造>すれば普通に動くんだろう。でもな、こんな人形を俺は人形なんて認めねえ。例えそれがどんだけ強かったとしてもな!
人形ってのはな、その指の先1つに至るまでその人形のためのものじゃなきゃあいけねえんだ。もちろんキマイラみたいないくつかの要素の合体した人形だっている。だけどな、そいつらだってキマイラの人形として考えられ、造り上げられた美しさがあるんだ。
だが今確認した<人形創造>で作った人形にはそれがねえ。本当に形ばかりの、ただくっつけただけの人形なんだ。美しさの欠片もありゃしねえ。
「くそっ、こいつを考えやがったのは絶対人形造りなんてやったことねえ奴だろ。人形師なんてクラスを作るんなら少しは勉強しやがれってんだ」
「とりあえず落ち着け。手から血が出ているぞ。ちょっと待ってろよ」
「あっ? ああ。悪い」
セナがとことこと歩いていき、棚に置いてあった非常用のポーションを持ってきて俺の手に振りかける。思ったより力が入っていたのかポタポタと血が滴っていた傷口がすっと癒えていく。それに伴って俺の頭も冷えていった。
「加減を考えろ。馬鹿者」
「返す言葉もねえ」
一応なのか包帯を俺の手にぐるぐると巻いていくセナに頭を下げる。自分で自分を怪我させるなんて本当に馬鹿なことをしたもんだ。
「まあ透は人形馬鹿だからな。仕方ない。しかしそんなに<人形創造>はひどいのか?」
「ひどいなんてもんじゃねえよ。いや、能力的には有りなのかもしれねえけど、人形師としては絶対に無しだ。誇りの欠片も感じられねえ人形になっちまうんだぞ」
「そうなのか。ならいつもの手動ならどうなのだ? 1から作れば満足のいく人形になるんじゃないのか? 命を吹き込むのは人形が出来た後なのだろう?」
「んっ? あっ、そうか。タブレットで作らなくても俺が勝手に作ってそれに命を吹き込めばいいんだしな。なんでこんな単純なことに気付かなかったんだ?」
「それは透が馬鹿だからだろう。よし、これで終わりだ」
キュッとセナが油性ペンのふたを閉じて俺の手をポンポンと叩く。
いや、本当になんでこんなことに気付かなかったんだろうな。きっと<人形創造>という名の詐欺を見て頭に来ちまったせいだろう。
俺が1から造った場合にどの程度の強さの人形が出来るのかはわからねえけど、少なくとも自分の納得のいかない人形を造り出すなんてことはしなくて良いはずだ。強さを求めるなら強い人形を召喚すれば良いんだし、<人形創造>するなら優先順位が高いのはどちらかは言うまでもない。
そもそもこのダンジョンだって俺をダンジョンマスターにしやがった誰かの思惑を無視してんだしな。気に食わなけりゃあ自分の思い通りにするだけのことだ。
気持ちの整理もついてスッキリした気分だ。しかし気づかせてくれたセナには感謝しねえとな。ポーションで治療してくれた上に包帯まで巻いてくれて、さらには油性ペンで……んっ、油性ペン?
違和感を覚えて包帯の巻かれた右手を見る。しっかりと包帯で固定されているのに、なぜか中央だけ穴の空いたように肌が見えてしまっているその手のひらには女の子っぽい丸文字で、ば~か、と直に書いてあった。
「って、おい!」
「それをときおり見て自分の馬鹿さ加減を思い出すことだな」
「てめえ、これ油性ペンだろ! くそっ、消えねえ」
手のひらをごしごしとこすってみるが油性ペンの太いほうで書かれた文字は全く消える様子はなかった。っていうか包帯を巻いたのもこのためのブラフか。くそっ、感謝しちまったじゃねえか。
「ちなみにこれは軍でも使用されている特殊なインクだからな。風呂に入った程度では消えんぞ」
「マジかよ。っていうかなんでそんなもん持ってんだよ」
「うむ。いつか透が寝ているうちに額に何かマークでも……」
「それはやめてください。お願いします」
怒りとかそういったもんをすっとばして、即座に頭を下げる。そんなもん書かれた日には出歩くことなんて出来やしねえぞ。いや、出歩くことなんてねえし、見られるのもセナだけなんだが流石に精神的にくるものがあるしな。寝ている最中じゃ抵抗も出来ねえし。
そんな俺の態度にセナがニヤリと笑った。あっ、これはヤバイやつだとわかる自分が恨めしい。
「仕方がない。約束を守るというなら絶対にしないと誓おう」
「約束?」
「うむ、約束だ」
自信満々にうなずくセナを見ながらも、すぐに思いつく心当たりがなかった俺は記憶を探っていく。そして気づいてしまった。確かに約束をしていたことに。
自分の顔から血の気が引いていく音が聞こえた気がした。そんな俺の様子に気づいたセナが柔らかな笑みを浮かべてこちらを見る。あぁ、死刑執行人は最後に笑うって本当なんだな。
「さて砂地の歩き方をみっちり教えてやろう。その体にな」
「嫌だ! 俺は人形を作るんだー」
「つべこべ言わずにさっさと来い。安らかに眠りたいのならな」
「いや、それ別の意味に聞こえるだろうが!」
結局、セナに抵抗など出来るはずもなく、その日俺が人形を作ることはなかった。作ったのは翌日以降の全身筋肉痛の原因くらいなものだった。
お読みいただきありがとうございます。
少し本編が落ち着きましたので以前から予告していた10,000ポイント感謝記念投稿を今日の20時半頃投稿予定です。
やっと約束を守れたのですが、本日5,000ブクマ、100感想というちょうど良い区切りを達成しました。この記念投稿もしばらくしたらしますので少しお待ちください。
本当にありがとうございました。