第65話 侵攻の終結
「やっぱり来たな」
「さっきチラッと映ったと思ったけど帰っていったような気がしたんだけどな」
「サンドゴーレムがいたから加藤を連れてきたんだろう」
「あぁ、なるほどな」
そう言われてみれば納得だな。桃山単独でサンドゴーレムを倒すとなると、よほど運が良くない限りは長期戦になっちまうしな。ウォーターを使える加藤がいるだけで確実に時間の短縮が出来るだろうし。
ランニングに今から行くかのようなタイツの上に短パン、そしてスポーツウェアというスタイルの桃山に比べ、加藤は普通に制服姿だ。おそらく仕事中の加藤を無理やり桃山が引っ張ってきたんだろう。加藤も災難だな。
っていうかなんで桃山は私服なんだ? こいつの考えることはよくわかんねえんだよな。
「ユウが動くぞ」
ぬいぐるみや人形たちが周囲を取り囲むようにして円形の舞台を作り、その中心で桃山と白銀の鎧のモンスター、クレーンの騎士のユウが向き合う。加藤は他の人形たちに合わせるようにしてちゃっかりと逃げていた。こういう時は素早いよな。
俺たちがユウと呼んでいるクレーンの騎士はクレーンゲームを擬人化しようぜという企画で作成されたキャラクターだったはずだ。なんでそんな奴がモンスターとしているのかは疑問だが、ちょうど良いので今回『闘者の遊技場』の中ボス兼選定役として召喚したのだ。ちなみに10万DPもする高額モンスターだったりする。
設定としては無慈悲に獲物を捕獲しては穴へと突き落とす冷酷な騎士、ただよく失敗しては落ち込んでしまう。白銀の鎧の中にはコクピットがあって、そこで本体である丸い円盤のようなものを被った人見知りの小さな女の子の人形が操作している。たしか獲物を捕獲するのは友達が欲しいからだったな。守銭奴設定もあったような……
なんで自分の記憶さえねえのにこんな設定はスラスラ出てくるんだろうな。
まあともかくとして10万DPするだけあってユウの強さは本物だ。ただそれよりも重要なのが話すことが出来るって点だ。つまり初めて明確に意思疎通のできる人形というわけだ。
とは言え人見知りという設定のせいか俺たちに対しても微妙におどおどしているんだよな。もちろん本体の小さな女の子の姿なんて見たこともねえし。いや、たぶん命令すれば出てくるんだろうけど流石にそれはちょっと違うしな。
騎士として役に入っているときはそれなりに話すこともできるし、メッセンジャーとしての役割は十分に果たせるはずだ。
ユウに伝えて欲しいのは闘者の称号を得るべき人物はどんな奴なのかってことだ。まあ簡単に言えば集団じゃなくって個人で突破できるぐらい強い奴が闘者の称号に相応しいんだぜってことだ。攻略するために集団で攻めて来るのは最初から想定していたしな。
それを伝えるために集団で攻撃してきた奴らには山のような人形やぬいぐるみたちが襲い掛かり、単独で勝負を挑んだ時にはそいつらは手出しをせず1対1で正々堂々と勝負になるわけだ。ちょうど今のようにな。
本当はもうしばらく集団でも進めるエリアがあって、ボスラッシュの最初の担当がユウだったんだ。まあ、ラッシュと言ってもまだユウしか召喚してねえけどな。今回はそこまで持ちそうもなかったし、なにより先輩の姿に動かされちまったってのが本音のところだ。先輩のように敵わないとわかっている敵にも立ち向かう個人としての強さを示してこそ闘者だろ!
ぷらぷらと体を動かして準備運動していた桃山が半身で棒を構え、引き締まった表情でユウを見つめる。いつになく真面目だな。それだけ本気ってことか。
「ハッ!」
躊躇なくなめらかに突き出された木の棒をユウは避けもせずにそのまま鎧で受けた。そしてそれを気にした様子もなくその二股に分かれた腕を高速で振るう。俺が目で追えないほどのスピードだ。はっきり言ってレベルが違いすぎる。まあサンドゴーレムの20倍のDPがかかってるんだから当然なんだけどよ。
桃山がいくら強いといってもそれは3階層までの話だ。これで終わりだな、と俺はそう思っていたんだが……
「避けただと?」
ユウが腕を振るった後も桃山は立っていた。
「棒を突き出すのと同時に後ろへ飛んだようだな。勘の良い奴だ。まあ完全には避けきれなかったようだがな」
よく見てみると木の棒を持っていたはずの桃山の右腕は肘から先がなくなり、その先端から血がぼたぼたと地面に落ちている。なのになんでこいつは笑ってやがるんだよ。
「うーん、これは実力が違いすぎますねー。また鍛え直しですかー」
再び振るわれたユウの腕を今度は避ける様子も見せずにしっかりと観察するようにして桃山は受け、そのまま消えていった。これだけの実力差を見せられたのにも関わらず折れないってのが桃山のすごいところだな。
桃山が消え、残っていた自衛隊の1人をユウが半分にして処理すると、あとはぷるぷると子犬のように震える加藤だけだ。とばっちりで連れてこられた挙句、最後まで残るとか同情せざるを得ないな。
「汝、闘いを求めるものや、否や」
「……」
ユウの問いかけをぶんぶんと首を横に振って加藤が拒否する。その返答に加藤への興味を失ったかのようにユウは人形やぬいぐるみたちの中心に戻っていった。とりあえず今回の侵攻はこれで終わりだな。
最後にちょっと予想外のことはあったものの、伝えたいことは伝えられたし、加藤もしっかりとこの顛末を見たから報告者としては十分な……
「「あっ」」
俺とセナの声が重なる。タブレットには、ほっとした表情のまま矢に貫かれて死んだ加藤が映っていた。そしてその矢を射たナルのドヤ顔も映っている。加藤が消えていき、闘者の遊技場には誰もいなくなった。
うーん、何とも締まらない終わり方だが仕方ねえ。それにしてもなんというか、本当に可哀想というか残念な奴だな。
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