第64話 陸上自衛隊准尉の行動記録
「損害が大きすぎる。いや素直に壊滅状態と言ったほうが正しいか」
605人で攻略に乗り出したこの闘者の遊技場ではあるが現在生き残っている隊員は自分を含めて38名。スキルを保有している人員が8割を占めていることは不幸中の幸いではあるが、さすがにまだ見えている範囲の半分ほどしか突破していない現状では、第1目標である闘者の称号を得ることは不可能だ。
「杉浦准尉。どうされますか?」
「そうだな……」
あまり考える時間はない。今この時にモンスターが突然現れるかも知れないことは先ほど経験してよく理解している。もう少し人員が残っていればと歯噛みしたくなるが、それを言っても仕方がない。
「現、ひと・に・まる・さんをもって第1目標を破棄、第2目標へと切り替え行動を開始する」
皆の返事を聞き、そして態勢を立て直し奥への進行を続ける。第2目標は出来うる限り深部へと進みその情報を持ち帰ること。しかしその目標の中に闘者の称号を得るということは含まれていない。つまり出来うる限り進んで情報を収集し、死ねということだ。
「まさか自分が部下に死ねという命令を下すことになるとはな」
自分の所属する陸上自衛隊において准尉という階級は言うなれば中間管理職のようなものだ。幹部ではなく、それでいて曹や士ではない。もちろん今回の攻略においても幹部クラスの3佐や1尉がいた。しかし彼らはモンスターにやられ既にいない。現状で最も高い階級の自分が指揮を執る他ないのだ。
「お前、また変なこと考えてんだろ」
そう言って自分の肩を組むように叩いてきた筋肉質の男臭い奴は牧一等陸曹だ。同期の入隊で寮の部屋が一緒だったため知り合い、そしてそれ以降も何かにつけて縁がある男だった。実際、ダンジョンの探索においても同じ隊を組み、今回の攻略でもここまで共に生き残った。
「牧、率先して隊列を乱すな。下に示しがつかん」
「ここに残った奴らでそんなのを気にする奴はいねえよ。気にするとしたらお前ぐらいだ。なあ」
牧が他の士曹たちに声をかけると、遠慮気味ではあるが皆が牧に同調していた。作戦行動中ではあるが、もはや自分たちは死兵だ。皆がそれで良いのであれば死んでしまった自分たちをそこまで縛る必要はないだろうと自分を納得させる。
「しかし判断が遅えんだよな。スキル所有者を温存するってのはわかるが、判断が遅れて壊滅したら意味がねえだろうに」
「三好3佐はダンジョン内での指揮の経験が少ない。次はうまくやるだろう」
「そうじゃねえよ。本当に攻略しようと思うなら普段からダンジョンに潜ってる奴が指揮を執るべきなんだ。お前みたいな、な。ここは生き返るからまだ良いけど、普通のダンジョンなら本当に死んでるんだぜ」
牧の言っていることはある意味で間違っていない。このダンジョンという不可思議な空間を知れば知るほど外での常識がここでは通用しないことを実感するのだ。
この初心者ダンジョンという生き返ることのできる特殊なダンジョンを除けば、ダンジョン攻略において自衛隊の中から少なくない死者が出ている。そしてその死者は時を経るごとに増えているのだ。まるでダンジョン自体が学習し、成長しているかのように。
まるで俺たちはダンジョンの養分みたいだ。
誰かの言ったその言葉が自分の心の中に呪詛のように渦巻いて離れない。冗談で言ったのだったと記憶しているが、ダンジョンについて知れば知るほどその言葉は正鵠を射ているような気がするのだ。
隣で左右を警戒しつつ歩いている牧の顔をじっと見つめる。その視線に気付いたのか牧がこちらを見た。
「なあ牧、なぜダンジョンなんてものが出来たんだろうな」
「そういう質問を頭の悪い俺にすんなよ。でもどっちにしろ俺たちのすることは変わらないだろ。『Final Goalkeeper of Defense』の言葉の通り、国民を守る最後の砦の役目を果たせば良いのさ。他国からも、そしてダンジョンからもな。おっと、砂地を抜けたな。それと、お客さんのようだぞ」
先程まで話していた時とは一転して牧が鋭く前方を睨みつける。そちらへと視線をやると我が目を疑うような光景が広がっていた。
目の前を埋め尽くすように並んでいるのはどこか間の抜けた表情をした動物やよくわからないキャラクターと思われる人形たち。その中心に1人、白銀の全身鎧を着た何かが佇んでいた。人と判断しなかったのはそれが全く身動きせず、そしてなによりその腕が付け根部分から二股に分かれていたからだ。
動きそうになる若い隊員へ「動くな!」と声を飛ばし、同時に牧が鋭い視線を放って抑え込む。さてどうするべきか。現状では相手が動く様子はない。迂回しようと思えば出来るが果たしてそれが正解なのか。
判断を決めかねているうちに状況は動いた。全身鎧を着た何かがギギっという金属のこすれる音を鳴らしながらこちらを向いたのだ。
「汝、闘いを求めるものや、否や?」
「しゃべった?」
ダンジョンのモンスターが話すという異常事態にざわざわと動揺が広がっていく。年長者が抑えようとしているがもう持ちそうにない。ただでさえ未知の領域を少人数で歩いてきたのだ。いつ誰が暴走して攻撃してしまったとしても無理はない。
じりじりと重心を動かすためにブーツの擦れる音も聞こえてくる。破裂する寸前の風船のように空気が張り詰めていくのを感じる。もう限界だ。
ならば全力でこの相手の情報を持ち帰るのが最善策。
「全員、かかれ!」
自分の命令に即座に部下たちが反応し、遠距離攻撃を起点とした攻撃に入る。正体不明のモンスターに最初から直接ぶつかるなんてことは危険すぎる。例え生き返るとわかっていたとしても。
魔法を唱えるのにかかる時間は1秒弱。たったそれだけの時間に過ぎないはずだった。
「汝、闘者に値せず」
鎧でくぐもっているのにも関わらず、少し高いその声は自分の耳に届いた。そして次の瞬間、その鎧の周りを囲んでいた動物やキャラクターの人形やぬいぐるみが飛び跳ね、そして自分たちに襲いかかってきた。
「わわっ」
「やめろ、まとわりつくな!」
部下たちの悲鳴が聞こえるがこちらも助けに入る余裕はない。いくら振り払おうともぬいぐるみや人形たちはまとわりつくことをやめず、そしてついには地面に引き倒されてしまった。
なんとか視線だけで状況を把握しようとしたが、目に映ったのは最悪の光景だった。自分と同じようにぬいぐるみや人形によって地面に引き倒され動けなくなった部下が鎧の二股の腕で挟まれ持ち上げられるとそのまま体を半分にされて死に戻っていく。
もう立っている者などあの鎧以外にいない。それは明確な終わりを自分に告げていた。
鎧が部下たちを殺していくのを目を背けずに見続ける。こんな最悪な結果になったのは自分が判断を誤ったせいだ。だからこそ目をそらすわけにはいかない。
ついに牧が持ち上げられ「ちっ、先に行くわ」という言葉を残して体を真っ二つに切り裂かれ死んでいった。最後に残ったのは奇しくも自分だった。近づく鎧をせめてもの反抗として睨みつけるが意味はなく、そのフルフェイスのヘルメットの奥には暗闇があるだけだった。
自分の体へと二股の腕が伸びる。そして挟み込まれて持ち上げられると思った時、鎧の動きが唐突に止まった。そして私のことなどまるで忘れてしまったかのように視線を上げ、そちらを見据える。釣られて私もそちらへと顔を向ける。
そこには20代後半と思わしき木の棒を構えた私服の女性と、シャツの一部分が引っ張られたかのように伸びた初老の男性警官の姿があった。
「なぁ、明らかに強そうなんじゃが」
「うわー、ドキドキしますねー」
「ドキドキというか動悸がしてきたんじゃが。帰らんか?」
2人のことは知っている。確か警視庁に所属するチームの中で最も強いと噂のチームに所属する者たちだ。実際に共闘したことはないが噂は色々と聞いている。主に女性の噂だが、今の生き生きとした表情を見ると噂に間違いはないようだ。
鎧が2人を見据える。
「汝、闘いを求めるものや、否や」
自分たちにとって死刑宣告に等しかったその言葉に、その女性は最愛の恋人に向けるような幸せそうな笑顔で
「もちろんですー」
と言い放った。
その時、心臓に電流が流れるという体験を自分は生まれて初めて経験した。
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