第62話 ナルという存在
現状こっちの被害はパペット500体、まあ<人形修復>でまあまあな数を復活させたから実質は700弱とお化けかかし50体だ。こいつらの侵攻が終わったら<人形修復>で復活させるとして失ったDPは1200ってとこだな。
今回の自衛隊の奴らが入ってきた段階で増えたDPは驚異の120,000超えだ。600人で割ったとしても1人頭で200DP以上入ってきている計算だ。つまりそれだけの覚悟で試練に立ち向かっているってことだな。
今、歩いている最中もDPは増え続けているし……おっ、初の死亡者か。
盾の隙間を縫うように飛んでいった一本の矢がひとりの自衛官の首の端に突き刺さり、頚動脈が切れたのか派手に血を噴き出して死んでいった。
うーん、やっぱあんまこういうのは好きじゃねえな。とは言えダンジョンマスターとしては任せっきりにして放置するなんていう責任のないことは出来ねえけど。
この矢を射たのはやっぱあいつか。
ちょっと得意げに胸を張って矢を放ったポーズで停止している弓曳き童子の姿がタブレットに映る。
「ナルは今日も絶好調だな」
「まあな。これであの陶酔時間がなければ最高なんだがな」
弓曳き童子の中でもちょっと変わったこいつのことを、俺とセナはナルと呼んでいる。名前の由来は言わずもがなナルシストからだ。弓の腕は他の童子たちに比べて一線を画しているし、これまでこの闘者の遊技場で最も人を倒してきたのはナルだ。
ただぶっちゃけ言わせてもらえばめちゃくちゃウザったい。なんというか矢を放つ前の仕草も大仰で、まるで僕の華麗な弓引きを見ろと言わんばかりだし、当たった時なんて残心じゃなくて完全に自分に酔ってやがるのか恍惚とした表情のまま動かなくなるしよ。いや、表情は変わんねえんだけどなんとなく雰囲気がそうなんだ。
この時間がなければもっと倒せると思うんだがな。まあしっかりと仕事はしてくれているんだからあんま言うのも可哀想なんだけどよ。
自衛隊の奴らに動揺はあまり見えねえな。多少の犠牲は織り込み済みってことか。犠牲って言っても生き返るってことはもう十分経験して知っているだろうしな。
さて、死んだやつを生き返らせるかなと手持ちのタブレットを操作し始めた瞬間、セナが俺の腕を掴んで止めた。
「生き返らせるつもりならやめておけ」
「なんでだ? あんま遅いと不自然じゃねえか?」
「生き返らせた奴が戻ってきたらどうするのだ?」
「いやいや、まさか……えっ、マジでか?」
冗談だろ、と言おうとしたのだがセナの表情には微塵もそんな気配が感じられず、思わず聞き返した俺にセナは笑いもせずに首を縦に振った。マジかよ。
いや、確かにゲームとかでそういうのがあるってのは聞いたことがある。でもこれは現実だ。確かに負った怪我なんかは元通りになるが、死んだ記憶は残るんだから精神的に疲労はする。現に今まで死に戻った奴らは一旦ダンジョンの外へと出て行った。あのクズとかの例外はあったが警官と自衛隊の奴らに関してはそうだったはずだ。
「今まで4階層に入ってきた奴らは大きな時間差もなく死んでいったからそんなことは心配する必要はなかったが、今回は確実に違う。生き返らせれば余裕で4階まで戻ってこれるだろう」
それはその通りだ。チュートリアルとしてどの階層にもすぐに行けるように2階層と3階層はわざわざ同じ部屋に上りと下りの階段を作ったんだしな。入口から4層まで10分かからないはずだ。
「前例のない今なら4階層は他の階層と違い、復活するのは侵入者全員がその階層からいなくなってからと思わせることが出来るはずだ。しかし、もし今その前例が出来てしまえばそれも出来なくなる。将来こちらが不利になったからと言って急に方針を変えればそれこそ疑われるぞ。それに、そんな方法で闘者が選ばれるのを透は望んでいないのだろう」
「……ああ、そうだな。悪ぃ、助かったわ」
そうだな。闘う強き者で闘者なんだからな。個人でこの階層を突破する気概のある奴じゃねえとな。
礼を言う俺にセナはフッと力を抜いた笑みで返し、そしてタブレットへ視線を向けた。
「気にするな。透が思いつきでカレーに卵を入れるような考え足らずだということは知っている」
「いや、カレーに卵は普通だろ」
「カレーせんべいの方がうまいぞ」
「いや、それは話が違うだろうが」
俺の言葉をしれっと無視してセナはそのままタブレットに映る、通路を慎重に進んでいく自衛隊を見ている。なんかうやむやのうちにごまかされたが、カレーに卵を入れるのは普通だ。味もまろやかになるし栄養的にもバランスが取れるしな。反論は認めん。
しかしセナの助言は確かにありがたかった。一応初心者ダンジョンとしては闘者の称号を得る者が出ることを推奨しているってスタンスだからな。それを妨害するような方針の転換は余計な疑念を抱かせかねない。最初から闘者の遊技場はこういう決まりでした、と思われておいた方が良いだろう。
生き返らせることはせずにそのままタブレットで戦況を眺める。ナルの活躍で9名が死に戻り、5名が負傷で退場していった。他の弓曳き童子たちも頑張ってはいるんだがまぐれあたりで数人を退場させることしか出来なかった。
そしてお化けかかしとパペットの混合部隊がいた場所を自衛隊の奴らが通過した。そしてすぐにその足取りが遅くなる。
「ちっ、砂か」
「地形が変わるぞ。注意しろ」
おおっ、すぐに指示が飛んだと思ったらそれが波のように伝わっていく。どう考えても履いているブーツなんかじゃさらさらの砂の上なんて歩きにくいと思うのに、なんというか歩き方を変えて隊列を乱さずに進んでやがる。
ほほう、と小さく感心したようにセナが呟いた。
「よく訓練されている」
「あっ、やっぱそうなんだな」
「うむ。砂漠などの砂の上を歩くのにはコツがあってな、不用意に歩くと体の重心が……」
「ええっと、その解説はまた後でな。今は状況が状況だし」
「わかった。しかし透、お前最近私の解説を聞くのを面倒だと思っていないか?」
ぐりんと首をこちらに向けて見上げてくるセナの視線に、俺は思わず視線を逸らしちまった。完全に図星だったからな。しかし今の対応はまずかった。
ぎこちなく視線を元へと戻すと、そこには良い顔で俺を見ているセナがいた。これはヤバイやつだ。
「ほうほう、お前の気持ちはよくわかった。ちょうど良い機会だしこれが終わったら実地でみっちり1日かけて教え込んでやろう」
「全力で遠慮するわ!」
「気にするな。教官役は得意だ」
どこからともなく取り出したナイフを鞘からチラリと抜きながらセナが見せつけてくる。完全に脅迫だよな、これ。
「っていうかお前も俺の話を聞かねえじゃねえか」
「何のことだ?」
「ほれっ、弓曳き童子を召喚した時にからくり伊賀こと飯塚伊賀七について俺が話そうとしたら興味ないって言っただろうが」
「実際に興味がないからな」
「ばっさり切るんじゃねえよ! じゃあ俺も砂漠の歩き方なんて……」
そこまで言った瞬間にヒュンという音とともに風を感じ、そしてパラパラと数本の前髪が落ちていった。背中から一気に嫌な汗が流れ始める。
「とっても興味があります」
「それで良い。敵の行動を理解せねば生き残れないのだからな。みっちり教えてやる。良かったな」
「アリガトウゴザイマス」
くそっ、言ってることが間違っていないだけに反論しづらい。セナは満足げにうなずいているが、1日中砂の上を歩き回るなんて死んでもごめんだ。何か手を考えねえと。
俺たちがそんな馬鹿なことをしているうちにも自衛隊のやつらは砂の上を進んでいった。周囲を警戒しているようだが、見渡す限り白い砂原が広がっているだけでモンスターの姿は見えない。見えないってだけでいないってわけじゃねえんだけどな。
そしてついに砂原エリアの中央まで自衛隊が到達した。
「始まるぞ」
「頼むぜ、先輩!」
俺たちの言葉が合図だったかのように先頭を歩いていた奴らの目の前の砂原が盛り上がり、3メートルを超える砂の巨人、サンドゴーレム先輩が突然現れたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ4,500達成しました。ありがとうございます。次の目標は5,000ですね。更新頑張ります。
*2019.8.22 感想で頂いたご指摘を元に生き返らせない理由等を修正しました。ありがとうございます。