第61話 侵攻開始
今朝はいつもと違っていた。と言うかいつもなら夜の間も4階層に挑戦してくる自衛隊の奴らがいるのに、昨夜に限っていなかった事を考えると予兆はあったとも言えるんだけどな。
今朝も8時過ぎても誰も入ってこねえから変だとは思ってたんだがそこまで気にもせず、久しぶりに落ち着いて朝食を食べれるな、なんてついさっきまでセナとのんびり話していたのに。
「マジかよ」
「ふむ」
壁掛けの大きなタブレットに映る映像に思わず声が出る。そこに映っているのは整然と2列に並んでダンジョンへと入ってくる迷彩服の集団の姿だ。見慣れた感のある自衛隊の奴らではあるんだが、問題はその数だ。蟻の行列みたいな感じで延々とダンジョンに入ってきやがるし、一直線に4階層を目指してやがる。あっ、一応途切れたな。マジで終わりがないんじゃねえかと思ったぜ。
ほっと一息ついていると、厳しい顔でタブレットを見つめていたセナがこちらを向いた。
「600余名だな。大隊もしくは小さな連隊といったところか」
「なあ、これって……」
「うむ。本気で攻略するつもりのようだな」
「なんか攻略っていうか戦争を仕掛けられてるように見えるんだが」
「あながち間違いではあるまい」
俺たちが話している間にも自衛隊の奴らは4階層の最初の部屋にたどり着き、整列していく。もちろん600人なんて入れるはずねえから余った奴らは階段に並んでいる。ここはダンジョンで人気ラーメン店の開店前じゃねえんだけどな。
よし、まだ冗談を考える余裕はあるな。
扉を開けて中の様子を先頭の男がうかがっている。そろそろ入るようだな。
人数は増えたが、それに対応できるようにも作ってある。それに600人全員が一気に攻撃できるわけでもねえし徐々に削っていけばなんとかなるはずだ。そう考えるといつもと同じ……
プシューン!
今まで聞いたことのない、空気が一気に抜けるような音を響かせながら何かが一直線にパペットへ向かって飛んでいく。そしてそれが1体のパペットに当たるととてつもない爆発音とともにその周辺にいたパペットも吹き飛んだ。もうもうと立ち込める煙の中で四散したパペットが光の粒となって消えて行く。
あまりの事態に俺は言葉を失った。だがセナは違った。タブレットを見つめながら状況を淡々と観測し続けていた。
「ふむ、80から90ミリ程度の無反動砲か。普通の兵器の威力はダンジョン内では減衰するとは言え、さすがにパペットには荷が重いな」
「マジかよ。これってあれだろ。ロケットランチャーだろ?」
「全く違うぞ! 透の目は節穴か? 確かにそう誤解されていることも多いがどちらかといえば近いのは大砲だ。装薬の爆発エネルギーによって砲弾を飛ばすのだが、通常こういった武器で起こる発射時の反動を逆方向へと……」
「あー、それは後でゆっくり聞くわ。今はとりあえず先に対処しようぜ!」
「むっ、そうだな」
ふぅ、セナのスイッチがいきなり入っちまったので焦ったが、なんとかなって良かった。ロケランじゃなくって無反動砲だったか、を扉から入って横にずれた位置から2人が発射したせいで第一の壁になる予定だったパペットたちの前線はずたずただ。
このままの状態だとさして苦労もせずに先に進めてしまうだろう。でもな……
「セナ、タブレットで<人形修復>を頼む。俺は直接やる」
「わかった」
ここまでのことは想定してなかったが、パペットがやられた場合の対策ぐらいは練ってあるんだよ!
セナと俺とで手分けしてやられたパペットを<人形修復>で復活させるとすぐにある場所へと送っていく。それはもちろん4階層じゃねえ。人がいるから俺たちでは手が出せねえしな。ならそれはどこかというとパペットたちが通路を塞いでいる場所のさらに奥側、その両隅にある階段から降りた先の5階層だ。
闘者の遊技場を作るにあたって1番俺たちが頭を悩ませたのはそのコストだ。いくら<人形修復>で復活できるといってもそれにはコストがかかる。サンドゴーレムに関して言えばサンドゴーレムの白砂が仮にあったとしても500DPは必要になる。もし白砂も持っていかれるようになったら必要DPはさらに跳ね上がるしな。
そう考えると最もコストパフォーマンスが良いのはパペットなのだ。わずか1DPで復活できるからな。だがあまりにも弱すぎる。半端に数を揃えたところで数が減り続けたら結局は意味がない。
それを解決するための方法が5階層を繋げるってことだ。人がいない5階層ならいくらでも<人形修復>したパペットたちを送り込めるからな。あとはクールタイムの1時間をなんとかしのいじまえば永遠にパペットの壁が出来上がるって寸法だ。
寸法なんだが……
「ちっ、どんだけ持ってきてんだよ」
次々と発射される無反動砲の砲撃によってパペットたちの数が目に見えて減っていく。俺とセナも出来うる限り素早く<人形修復>していっているが明らかに足らねえ。無反動砲を撃ってやがる2人は数人がかりで盾を使って守ってやがるからさすがの弓引き童子でもかすらせるのがやっとだ。
「セナ、パペットを追加するか?」
「……」
セナはものすごい速度で指を動かしタブレットで<人形修復>を行いながら戦況を確認し続けていた。そして俺の問いかけに対して首を横に振る。
「いっそのこと先に進ませてやれ」
「いいのか?」
「序盤だけでは飽きるというものだ。弾切れをここで待つという手もあるがそれで帰られても面白くないしな。せいぜい手の内を見せてもらおう。あいつも退屈しているだろうからな」
「……わかったよ。じゃあ一旦<人形修復>はやめだ」
最後に<人形修復>したパペットを5階層へと送り、そしてどっかりと腰を下ろしてあぐらを組み直す。セナも手持ちのタブレットを置いて俺のあぐらの上に座った。<人形修復>の仕事が終わったら、俺たちに出来るのはただ見ることだけだからな。
補充がなくなったせいでパペットはどんどん数を減らしていき、そしてその奥のお化けかかしたちもなすすべなく倒されていった。でもパペットと違ってお化けかかしの中には1発では死なない奴もいたのでこのあたりが現代兵器の無反動砲の限界ってやつなんだろう。
自衛隊のやつらがパペットたちのいなくなった通路を進んでいく。飛んでくる矢も邪魔してくるパペットがいない分、冷静に対処できていて怪我を負った奴はいるが死に戻りは未だに0だ。こうして見るとこれまでの散々挑戦してきた成果が現れてると言えるな。
ただ調子に乗っていられるのもここまでだ。ここから先は未知の領域。闘者にふさわしいかふさわしくないか、ふるいにかけられる場所だ。
お読みいただきありがとうございます。
近々10,000ポイント記念投稿が出来ると思います。今の話が切りの良いところまで進んだらですが。本当にありがとうございました。