第60話 闘者の遊技場(序)
俺たちが新たに作った『闘者の遊技場』なんだが、正確に言ってしまえばこの階層に落とし穴とか、落石みたいな純粋な罠というものは存在しない。『闘者』のイメージは戦いに特化している強い奴って感じなので罠とかで倒しまくるってのは違うんじゃねえかなってのが俺の考えだったからだ。
セナはそう言うのを含めて強い者こそ強いのだぞとは言っていたんだが、3階層との違いをはっきりさせると言うことも含めて賛同してくれた訳だ。
じゃあなんで桃山たちや入ってきた他の奴らが矢で射掛けられて死んだかっていうともちろんその矢を放ったモンスターがいるからだ。
そのモンスターは絡繰り人形・弓曳き童子だ。江戸幕府の御用人形師だったと言われる雛屋次郎左衛門が作り出した次郎左衛門雛に似た丸顔にひき目、鉤鼻というなんとも味のある独特の顔をしたおかっぱ頭の子供の絡繰り人形だ。その名の通り弓を持っている。
問題はそいつらがどこにいるのかって話なんだが、もちろん桃山達が罠と勘違いしたことからもわかるように通路の側面に居るのだ。
4階層の構造は羊かんみたいな形で長方形の一直線の通路が奥へ続いている構造だ。地図を作る必要もないほど簡単な構造だが、まあそれなりの長さがあるので撃退するには十分な距離は確保できているし、この単純さが脳筋……じゃなくて闘者っぽいからな。
道の横幅は15メートル。高さは10メートルと言うのが地上から見たおおよその形なんだが、実際は違う。正確に言えば上部の1.5メートルくらいが壁からさらに奥に2メートルくらい広がっていてTの字のような構造になっているのだ。そこにこの弓曳き童子たちがいるって訳だ。
4階層は意図的に地上部分を明るくして上に行くごとに薄暗くなっているので普通に地上から見た分には発見するのは困難なはずだ。まあライトで照らせば見つかるかもしれんがそもそも弓曳き童子自体も1メートル弱の大きさしかねえし、本物の人形と違って動くことも出来るから見つかったとしても早々やられることはねえだろう。
「くそっ!」
おっ、また1人死に戻ったな。残った奴が消えていく仲間を見ながら悪態をついている。まあパペットの壁があって前に進めねえし、その間に味方は減っていくし気持ちはわからなくもないがな。
「うーん、マジで強いな」
「罠とは違うからな。まあ別の意味で罠と言えるかもしれんが」
「普通の罠より凶悪だもんな」
ふっ、とセナが笑い再び壁掛けタブレットへと視線を戻していく。うーん、罠は使わないという方針だったが、セナの案を採用していったらモンスターだけ使ってるのに罠盛りだくさんの階層になっちまったんだよな。いや、途中から徹夜のテンションもあって俺もアイディアを出したりしちまったけどよ。
今来ている奴らも矢の対策をしてないわけじゃねえ。左右から弓が飛んでくるってのはわかってるから3グループ合同で進んでいて、でかい盾を持った奴らが左右に立って矢を防いで、中央の守られた奴らがパペットを倒していっているんだ。
堅実な方法だし、普通の罠ならそれで進めていたんだと思うんだけどよ。基本的に罠で飛んでくる矢は一定の場所に向かって飛んでいくし。
ただ弓曳き童子はモンスターだ。しかも名前の通り弓に特化した奴なんだよな。場所も罠みたいに固定されているわけじゃないから狙い撃ちもお手の物って訳だ。
欠点としては一射ごとにまぁまぁな時間がかかるってことだが左右合わせて60体召喚したから現状数でカバーできているしな。
パペットを倒すために足止めを食らっているうちにまた1人、また1人と減っていきそして18人の自衛隊の攻略メンバーは全員が死に戻っていった。
「それにしても懲りないな」
「毎回なにがしか変えているからな。最適な方法を探っているのだろう」
「思った以上に釣れてて得られるDPも高いんだが逆にそれが不安だな」
4階層を開放して15日経ったが毎日のように自衛隊の奴らがやってくるんだよな。しかも昼夜問わずなのでその意気込みようがよくわかる。
その分DPもどんどん入って来るから俺達からすれば狙い通りだと言っても良いんだが、流石にここまで来るとは思ってなかったしな。現状は序盤で撃退出来ているんだからそこまで心配する必要もないはずなんだけどな。
ちなみに現状最も先まで進んでいるのは桃山だ。自衛隊が攻略する隙間時間にたまに単独で挑んで来るんだがパペットゾーンを抜けてお化けかかし混在ゾーンまで進んだからな。
まあ、完全に倒すことに執着せずに自分の邪魔になるパペットたちを崩して駆けていく方法なのでその勢いが止められた段階で囲まれて終わりなんだが、あいつの恐ろしさを改めて思い知らされた。
一般人のテスターたちも入らなくなっちまったからチュートリアル階層はあんま見るべきものがないし、その分こっちに集中できるんだけどよ。ただ……
「なんか嫌な予感がすんだよな」
「透もか」
「ってことはセナもか。てっきり予感なんて不確かなものに惑わされるなって言われるかと思ったんだが」
「予感と言うのは言ってみれば今まで経験からくる無意識のサインだからな。これを無視するやつは長生きできん」
セナが腕組みをしながらもっともらしく語っている。なんか、歴戦の傭兵っぽさがにじみ出ているような気がする。たまにこういう重みのある言葉って言うか真面目なところが出るんだよな。もっと普段からこんな風に……やっぱなしだな。なんというか息苦しそうだし。
「しかし透も嫌な予感がすると聞いて確信が持てた。これは……」
「……」
言葉を溜めるセナに、俺も思わず黙り込み、ゴクリと唾を飲む。そしてセナの視線がキッと俺を貫いた。
「気のせいだ!」
「はぁ!?」
色々覚悟していたのに思いっきり梯子を外され間抜けな声か自分の口から出た。セナはそんな俺に構わずうんうんと勝手にうなすいて納得してやがる。
「いや、どういうことだよ!」
「人形のこと以外に関してはダメダメな透の勘だぞ。当たるはずがないだろうが」
「いや、その判断基準はおかしいだろ!」
話は終わったとばかりにせんべいを食べ始めるセナを眺める。確かにダンジョン造りに関してや戦闘に関してはセナの足元にも及ばねぇから反論しづらいが。
「ところでご飯はまだなのか、ダメ透?」
ニヤッと笑いながらこっちを見るセナの姿にプチッと何かが切れる音が聞こえた。どうやら遊んで欲しいらしいな。その挑発受けて立つぜ。
「お前はそのダメ人間に衣食住世話されてんじゃねえか!?」
「おっ、自ら家政夫宣言か?」
「違えよ!」
そしていつも通りの追いかけっこが始まった。そして2人共息も絶え絶えになった頃には俺の不安もどこかに飛んでいっちまっていた。
こういうとこが敵わねぇんだよな。ありがとな、セナ。絶対に言葉にはしねぇけどよ。
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