第6話 犠牲者となるのは?
その後ゴブリンも召喚してみたがイメージ通りの体長80センチくらいの緑色の肌をした餓鬼みたいな奴で腰みのをつけているだけじゃなくて棍棒を最初から持っていた。動きもパペットに比べればはるかに素早いし棍棒を持っているから当たるとけっこう痛い。
でもそれだけだ。1対1で戦ってみたが寝込みとか泥酔状態のときに襲われない限り負ける気はしない。最低ランクのモンスターは集団で囲んでぼこるが基本なんだろう。
そう考えると(初期ボーナスセット)も俺にとってはあんまりうまみはないんだよな。
少数で毎回来てくれるのであれば奥まで引き込んで逃げられないようにしてから物量で圧倒するという戦略でどうにかなるのかもしれんが相手も馬鹿じゃない。ダンジョンに入るのに人数制限があるわけじゃないからそれこそ集団でやってくるはずだ。質でも量でも負けたら勝ち目なんてないだろ。
「って言うか出来立てのダンジョンって弱くねえか? 生き残るビジョンが浮かばねえんだけど」
「それはそうだろう。お前は本当に最初期のダンジョンマスターだ。そもそも生き残れる可能性などほとんどない」
「おい……どういうことだ?」
そのセナの言葉を理解した瞬間、自分が思った以上に低い声が出た。先ほどまでのどこか緩い空気が一気に張りつめたものに変わっていく。しかしそれも仕方がない。それだけの発言だ。
にらみつける俺から視線を一切そらさずセナは淡々と続けた。
「ダンジョンマスターはダンジョンという人類に試練を与える道具を管理し、成長させるために選ばれた存在にすぎないということだ。ダンジョンが攻略されればお前は消えるがダンジョンは消えない。いや違うな。一時的に消えはするがまた別の場所に現れるのだ。お前の築いたダンジョンを引き継ぎ、新たなダンジョンマスターを迎えてな」
「なんだよ、それ。つまり俺たちは捨て石って訳か?」
「名誉の戦死だな。2階級特進できるぞ」
「全く嬉しくねえ」
真顔で冗談を言うセナの姿に毒気を抜かれてどっかりと腰を下ろす。セナの話が本当なのであれば、まあ嘘を吐く必要も無いから本当なんだろうが、今回選ばれたダンジョンマスターはほぼ倒されてしまうはずだ。どう考えても戦力が違いすぎるしな。
必要なのは人類に試練を与えるダンジョンなのであってダンジョンマスターは取り換え出来る部品という訳だ。
初めてのダンジョンマスターである俺たちの役目は人類に試練を与えるダンジョンが出来たことを知らせること。はっきり言ってチュートリアルみたいなもんだ。くそっ、くだらねえ。
「しかしこんなこと教えて良いのか。やる気をなくす奴がいるだろうに」
俺みたいに。という言葉を隠してセナに聞くと少し困ったような顔をして、そして小さく微笑んだ。
「ダンジョンマスターに選ばれた者は他の何を賭したとしても叶えたいものがあるそうだ。だからこのことを知ったとしても関係はないと言うことだったんだがな」
「俺は記憶がないからそれに当てはまらないってことか」
「そうだな。面倒な主に当たったものだ」
セナが笑う。その表情は確かに笑みであるのに、俺の胸をざわつかせていく。まるで何かを諦めた者が浮かべるような乾いた笑みなのだ。正体不明のイライラが自分の中で広がっていくのを感じながら、ふと思いつく。
「もしダンジョンが攻略されたら、セナはどうなるんだ?」
「透が私の主だと言っただろう。それが答えだ」
つまり俺が死んだらこいつも死ぬ。一蓮托生ってわけだな。あぁ、だからか。だからこいつはもう諦めようとしてやがるんだ。このくそったれな仕組みを誰よりも理解しているから。自分がすぐに消える存在だとわかっているから。
何より他の奴らのように叶えたいもののない俺が、状況も条件も最悪な俺が頑張らなくても良いように、穏やかに死を迎え入れることが出来るようにそう考えたのかもしれない。
このバカ野郎が。
「おい、セナ。お前は傭兵だろ」
「そうだ」
「俺も詳しくは知らねえが、傭兵ってのは利益のために自分のために戦うんだろ」
「そうだ」
短く帰すセナの答えにイライラが募っていく。そしてそれはすぐに限界を超えた。床をバンッと叩き、立ち上がってその小さな体へと指を突きつける。
「なら足掻けよ。地を這いずって泥にまみれ、みっともなく泣き叫んで許しを請い、情けない奴だと笑われたとしても自分が生きるために全力で足掻いて見せろよ。それがお前の、傭兵の生き様じゃねえのかよ! まだ何もやらないうちに勝手に諦めてんじゃねえ!」
はぁ、はぁと荒い息を吐きながらぽかんとした顔でこちらを見ているセナを睨みつける。
記憶を無くし、そのうえ妙なことに巻き込まれちまったがそれでも俺は生きていたい。こんなふざけた試練なんかのためにくれてやるほど俺の命は、いや俺とセナの命は安くねえ。
諦めるなんて真っ平ごめんだ。そんなもん、のしつけて返してやる。
見つめあっていた俺とセナだったがしばらくしてゆっくりとセナのまぶたが閉じ、そのアメジストのような瞳を覆い隠した。そしてゆっくりと口角を上げ目を開くと、ニンマリという表現がぴったりとくる笑みを浮かべる。
「はっ、まさか透に傭兵が何たるかを教えられるとはな。解雇ものの失態だ」
「残念ながら解雇なんてしねえけどな。お前の力が必要だ。このくそったれな状況を打破するにはな」
ニヤリと笑い返しセナへと手を差し出す。セナの小さな手がその手を掴み……
「くさっ、お前ゴブリン臭いぞ! ちゃんと手を洗え!」
「仕方ねえだろうが! 洗う場所なんてねえし」
「衛生のえの字も知らん阿呆め。だから透はモテないんだ」
「お前、それは関係ないだろう」
結局言い争いになって俺たちが握手をすることは無かった。でもそんなやりとりがなぜかとても楽しく俺もセナも心の底から笑っていた。
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