第58話 4階層の開放
サンドゴーレム先輩たちに入り口から移動してもらい、ダンジョンの開放をしたのが午前6時だった。すぐに仮眠をとった俺が起こされたのが午前7時半。まあダンジョンへ本格的に侵入して来たら起こしてくれって言ったのは俺だからセナが悪いってわけじゃねえけど……
「めっちゃ慎重だな」
「戦場では油断した者から死んでいく。これほど大規模な改変が起きたのだ。慎重なのは優秀な証拠だぞ」
「まあ、そうかもしれんがこれならもう少し寝られたな」
あまり食欲がわかなかったのでパンと牛乳のみの軽い朝食を頬張りながら壁掛けの大型タブレットで侵入者たちの様子を観察する。あくびが出そうになったが、セナの視線が冷たいので慌ててかみ殺す。油断するなってことだろうが眠いもんは眠いんだよ。
今ダンジョンに侵入してきている奴らは昨日までの一般人のテスターじゃなくて警官と自衛官たちだ。桃山や加藤といった常連は言うに及ばず、それ以外の面々も名前までは完全に把握してねえけど顔なじみが多い。
そいつらが何をやってるかと言えば1階層から順に変わった場所を丹念に調べている最中だ。地図の作製なんかもあるんだろうが、以前に加藤が見つけたような壊れる壁のようなものがないかも探しているようでその進みは結構遅い。階段後ろの隠し通路を調べられたときは流石にドキッとしたが、幸い見つかることはなかった。
瑞和にはこの通路は一時的なもので瑞和が出ていき次第消えるとセナが伝えておいたんだが、さらっと調べるだけだった今回の対応を見るとその言葉を信じた瑞和が報告しなかったのか、報告を受けてそれを信じたのかはわからんな。
まあこの隠し通路が見つかったとしても、最初の頃のようにコアルームに直結しているわけじゃねえからそこまで心配する必要はねえけど。
その後も2階層、3階層と調査が進んでいくが階層が下になるごとにその調査時間は増えていく。まあ下に行くほど拡張した範囲が広くなっているから仕方ねえんだけどな。特に3階層はセナが新たに罠を設置し直したから死ぬ奴も出たし。
あっ、サンがやられたな。相手は自衛官のグループか。さすがにレベルアップした集団と戦うには荷が重かったか。
昨日までのサンは結構すごかった。一般人のテスター相手に互角以上に戦い、人数が少ないグループなんかはサンに負けたりしてたからな。いつもダンジョンに慣れた警官や自衛官ばっかを相手にしていたから気づかなかったが、あいつも着実に強くなってたって訳だ。
さっそく<人形修復>してやると、復活してそうそうorzのポーズでがっくりと落ち込んでいた。たぶんこいつも昨日までの戦いで自信をつけてたんだろう。それがぽっきり折られたわけだ。
「あいつらに勝てないのは仕方ねえだろ。レベルも上がってるし、そのうえ集団だしよ。嫌ならもっと<人形改造>で強くするか?」
俺の問いかけにサンは首をフルフルと横に振って答えた。なぜか知らんがこいつは頑なに<人形改造>で強くなるのを嫌がるのだ。顔を作ったりとか強さに関係のないものは受け入れるんだがな。強さに関係する<人形改造>は目くらいなもんだ。たぶんこいつなりのこだわりがあるんだろう。無理やりってのは本意じゃねえからやらねえが、あんま倒されるのを見るってのもこいつのことをよく知っているだけに実は嫌なんだけどな。
まっ、とりあえずちゃっちゃと作業するか。今なら大丈夫だろうし。
「セナ、しばらく頼む。サンの<人形改造>に入るわ」
「わかった。何か変化があったら呼ぶからこっちは気にするな」
「おう」
ザラメせんべいをぱりぱりと食べながら監視しているセナに一言伝えてからサンの<人形改造>に入る。サンももう慣れたもので大人しく俺のあぐらに頭をのせてじっとしている。まあこれまで何百回としてきたからな。すでに俺の中でサンのイメージは固まっているしその工程もすべて熟知している。
書き、削り、調整し、ヤスリがけ、そしてさらに調整。サンの元気で優しくてちょっとドジな性格がそのまま顔に現れていく。頭の中のイメージ通りになるように、もっとサンらしくなるように<人形改造>を続ける。それがとても楽しい。
「ふぅ」
顔の造詣が一段落したところで大きく息を吐く。時計を見るとここまでかかったのは1時間程度のようだ。我ながら早くなったもんだ。セナの背中越しにチラッと壁のタブレットを見るが、まだ3階層を探索途中のようだな。もう3時過ぎなんだが今日中に4階層に行けるのか? まあ別に今日中に行かないといけないって訳じゃねえけど。
肩をぐるぐると回して少し気持ちをリフレッシュさせて再びサンに向き直る。
「んじゃ、目を入れるからな」
こくりとうなずいたのを確認し、ドールアイを押し込むようにしてサンに埋め込んでいく。普通の人形だと頭をかち割って内側からくっつけたりするんだが、押し込むだけで勝手に入っていくので楽と言えば楽だ。細かな微調整も簡単に出来るんだが、ちょっと便利すぎて何というか、もったいないというかそんな気持ちが湧いてくんだよな。
ちなみにこの目、いわゆるドールアイは俺のお手製だ。最初の頃はDPで購入できるオレンジの目を使っていたんだが、だんだんともうちょっと虹彩のラインとグラデーションの仕方がとか、もうちょっと瞳孔の大きさがとか、もう少しオレンジが明るい感じの方がとか思い始めたらもう作らずにはいられなかった。
人形の目を作るなんて言うと難しく感じるが、実際はそこまでじゃねえ。ちゃんとした道具さえあれば初心者でも1時間程度で出来ちまうしな。
ピットクッションとかループエンドとかの眼球製作用の用品を使えば簡単に猫目とか三白眼とか自分の好きな目が作れるってのが自作ドールアイのメリットってとこか。まあせっかく時間をかけて虹彩を描いたのにピットクッションを張る位置がずれて落ち込んだりすることもあるが、まあそれも経験だ。
ちなみに俺が作っているドールアイはシリコンアイとかレジンアイっていう液状のものを硬化させて作るタイプのドールアイだ。立体感のあるリアルな目が作れるのが良いところなんだが、気泡が入りやすいってのが難点か。ただ、素材はシリコンやレジンじゃなくてDPで購入可能だったアイボールマテリアルという正体不明の材料なんだけどな。
まあ時間で硬化するし、DPで購入できる目と同じ機能を持たせるにはこれを使うしかない。そもそもダンジョン自体が不可思議なもんだし今更っちゃあ今更なんだけどな。
自作にしたせいで今まで20DPだったのが、もろもろ含めて倍ぐらいまで跳ね上がったが、サンが受け入れてくれる目ぐらいは俺自身の納得のいくものにしたかったから後悔はしてねえ。まあ倒されるごとに作り直しなんだけどな。
目の位置を微調整し、それに合わせて顔の造詣を修正していく。うん、まあこんなもんだろ。
「よし、終わったぞ。サンはどうする? 4階層へ行きたいかそれともここで見てるか?」
立ち上がり俺に向かってぺこぺこ頭を下げているサンに聞いてみると、少し迷ったように首を傾け、そして俺の隣へと腰を下ろした。どうやら見ることにしたようだ。まあ今更4階層に行ってもサンがすることもないだろうしな。配置は完了してるし。
「透、そろそろ4階層へ行きそうだぞ。んっ、サンも見るのか?」
「……」
振り返ったセナが俺たちの状況に気付いたようでサンに問いかけると、サンはコクリと首を縦に振った。その答えにセナが柔らかく微笑む。
「そうか。こうやって俯瞰した視点で見ることも大事だしな。よし、私が解説してやろう」
「なぁ、なんか俺よりサンに優しくねえか?」
「ふっ」
何を言ってるんだと言わんばかりの態度でさらに鼻で笑われてカチンときたが、確かにサンは自然と応援してやりたくなるような奴だ。たぶんセナにとってもそうなんだろうな。
セナの隣にあぐらをかいて座ると、当然のようにセナがその上に座った。そしてその横にサンが正座で腰を下ろした。3人で観戦というなかなかない機会に少し笑みを浮かべ、そして壁掛けのタブレットを見る。入ってきたのはやっぱ桃山や加藤の警官グループだな。まあこいつらが最もこの初心者ダンジョンに詳しいし、桃山の性格からいって先陣を切るのはこいつらだとは予想していたが。
階段を下り、4階層の小部屋に到着した桃山たちの目の前にあるのは1枚の扉だ。『闘者の遊技場』と書かれた看板が頭上にでかでかと掲げられている。ごくりと加藤がつばを飲み込む音が聞こえた。
「なあ、桃山の嬢ちゃん……」
「では、進みましょうかー」
「じゃよなぁ」
がっくりと肩を落とす加藤を尻目に意気揚々と桃山が扉を開けてその先へと進んでいく。うん、ストッパーの意味がねえな。まあ死んでも生き返るってわかってるからここまで大胆に進めるんだろうが。
扉を抜けた先には15メートルほどの横幅の通路が奥へ向かって一直線に広がっている。そしてその通路を塞ぐようにパペットが横並びに立たせてあった。その光景を見た桃山が少しがっかりした様子でため息を吐く。
「うーん。数は多いけどパペットかー」
「いや、むしろパペットで良かったじゃろう?」
「まあ、奥に行けば変わりますかねー」
桃山たちがパペットと戦うために近づいていく。パペットは横並びになったままその場で動かない。そしてついに戦闘が始まると思われた瞬間、無数の矢が桃山たちに襲い掛かった。
「なんじゃと!? 罠なん……」
加藤に最後まで言わせず、無数の矢によって貫かれ6人は死に戻っていった。
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