第55話 大改装
顔に涙の跡を残したまま笑顔で歩く瑞和に抱かれて、真似キンがダンジョンの出入り口へと向かって去っていく。瑞和の肩越しにダンジョンの奥の方を見ていた真似キンが小さく手を振る。その顔はとても幸せそうだ。
くっ、目頭が熱くなるじゃねえか。結婚式で娘を見送る父親の気持ちってこんな感じなのかもしれねえな。
そして2人は俺のダンジョンから出ていった。その瞬間、減ったDPが真似キンが俺の元を離れていったことを示していた。誰もいなくなった入り口を映したタブレットをセナと2人で見つめる。
「行っちまったな」
「泣くな。女々しいぞ。それにあいつが自身で決めたことだ。笑って送り出してやるくらいの度量さえないのか」
「お前だって、自分と見分けがつかなかったらダメ、真似キンの扱いに対して怒らなかったらダメとか条件付けやがって。どこぞの小姑かよ」
お互いに文句を言いつつも、いつものように言い合いには発展しない。結局俺たちの心の内は同じだからだ。
タブレットから視線を外し、天井を見上げる。セナも俺につられるようにして天井を見上げた。特に変わったものが映る訳でも、きれいな星空が見える訳でもない、いつものコアルームの天井だ。
「完敗だな」
「ああ、真似キンの気持ちに私たちは気づいてやれなかった。あいつの心を開いたのは紛れもなく瑞和だ。あいつなら真似キンを大事にしてくれるだろう」
サンドゴーレム先輩がクズたちに襲い掛かったところで俺は真似キンを<人形修復>で復活させた。先輩のいつもより過激な戦い方からして変身薬を取り戻すのは無理だと判断したからだ。まあその予想に反して先輩は変身薬に傷1つつけずにしっかり取り戻してくれた訳だが。それはどうでも良い話か。
で、<人形修復>した真似キンは顔や体の起伏がある通常の人間サイズの元の姿に戻ったわけだが、復活した瞬間に壁掛けのタブレットへと近づいていき、そこに映る瑞和へと手を伸ばしたのだ。まるで愛しい人へ向けるようなそのしぐさに俺とセナは目を見合わせた。
真似キンの気持ちは痛いほど伝わってきた。だから俺たちは元々の計画を修正したんだ。
真似キンをダンジョンの外に出すメリットはない訳じゃない。普通のモンスターならダンジョン外に出てしまえば俺が命令を出来なくなるので制御できなくなっちまうが、自らの意志を持つモンスターがどうなるのかの実験になる。瑞和は強くなるって言ってたし、今回まともにチュートリアルをしてねえからきっとこのダンジョンに戻ってくる。その時に真似キンから情報収集する、なんてことも出来るかもしれねえ。
一方でデメリットもある。万が一、外に出た瞬間に真似キンの意志が無くなり普通のモンスターとして人を襲いだしたとしたらせっかくスクロールで成長させた瑞和はモンスターを連れ出した重罪人ってことになるかもしれんし、下手するとこのダンジョン自体が警戒対象になる可能性もあった。
でも俺とセナは真似キンの意志を尊重することに決めた。信じることにしたのだ。真似キンと瑞和を。2人がこのわずか20日間に築いた思いを。
くそっ、瑞和は20日で気づいたってのに、俺ってやつは……そう考えると再び涙が出てきそうになっちまうが、真似キンはそんなことは望まねえはずだ。幸せそうに俺たちに手を振ってくれたんだしな。こっちがいつまでもぐずぐずしているわけにはいかねえ。
気持ちを切り替えるために深呼吸し、そしてパンっと両手で頬を張った。若干力加減を間違えてじんじんするがそれもまた良しだ。
「おしっ、とりあえず人もいなくなったし配置を変えるぞ」
「そうだな」
サンドゴーレムを2体追加で召喚し、1階層の最初の部屋に配置する。しばらくこいつらにこの部屋から先に人を進ませないように防いでもらう予定だ。
瑞和にはもう伝えてあるので馬鹿な奴らは来ないと思いたいが、どうなるかは正直わからん。まあ来たとしてもよっぽどのことがなければサンドゴーレム2体を同時に相手にするのはまだまだ難しいはずだから大丈夫だろう。
で、人が侵入してこない間に俺たちがするのは3階層までの見直しと新たな階層の作成だ。
瑞和やクズといった一般人が入ってきたおかげでいろいろと問題点もわかった。はっきり言ってキャパが少なすぎるんだ。それに対応するために各階層の拡張をすると同時に、新たなニーズに対応するためにも階層を追加するつもりだ。
今回最も多かったのはモンスターの取り合いによるトラブルだからな。そんなに戦いたいなら存分に戦える場所を用意してやるぜ。
「じゃあ俺は人が入ってくる前に1階層を増設するから、セナは先に3階層を頼む」
「わかった」
セナは手持ちのタブレットで、俺は壁掛けのタブレットを使ってダンジョンを改変していく。いつものあぐらの上にセナが座るスタイルじゃないのが少し寂しく感じるが、今はスピードが命だ。やることはいくらでもある。
1階層の改造は簡単だ。一番時間のかかるパペットと戦う部屋を9追加して10部屋にし、それに続く通路を最初と最後の部屋に繋げるだけだ。形としては提灯みたいな格好だな。
3階層を改造しているセナはまだまだ時間がかかりそうなので続けて2階層を増設していく。ここは通路を増やして罠を設置する必要があるので1階層のように単純にはいかない。試練にならないと意味がねえしな。
自分なりに難しくなるように、でも難しすぎないようにという微妙なラインで罠と通路を設置していく。あんまりやりすぎてもダメってのがチュートリアルの難しさだよな。
「なあ、透」
「んっ、なんだ?」
「瑞和はちゃんと勇者として扱われるだろうか?」
タブレットから視線を上げてセナの方を見ると、らしくない少し不安の混じったような顔でセナが俺を見ていた。この作戦の大まかな計画を立てたのはセナだが、セナは日本という国に詳しくない。そして真似キンを送り出したことでその不安が増したんだろう。
いったん作業を止め、セナのそばに座りあぐらを組む。そしてポンポンと太ももを叩いた。俺の意を理解したセナがいつものようにあぐらの上に座る。やっぱこの体勢が一番安心するな。座りながらこちらを見上げるセナに笑い返す。
「あれだけのスクロールをやったんだ。それにこの騒動を治めた立役者だぞ。勇者扱いされないわけがない」
「そうか」
セナの顔は少し明るくなったが完全には晴れない。お前にそんな顔は似合わねえだろ。
セナの頭に手を置き、くしゃっとその髪をなでる。
「確かに計画を立てたのはお前だが了承したのは俺だ。だからもし失敗したとしても責任の半分は俺が背負ってやるよ」
「ふん、生意気なことを」
セナが俺に対して言ってくれた言葉をそのままそっくり返すと、やっとセナがいつも通りのニヤリとした笑顔を返してきた。それでこそ俺の相棒だ。
せっかくなのでこの体勢のまま3階層の改造を2人ですることにした。まあ2体のサンドゴーレムがいるんだ。頑張ってくれるだろうし、もう少ししたら拘束されたクズたちを助けようとした警察に倒されちまったサンドゴーレム先輩も<人形修復>出来るからな。先輩が手伝ってくれれば百人力だ。問題の1階層の改造はすでに終わったし、少しゆっくり造っても大丈夫だろ。
基本的にセナが設計しながら俺が意見を言う感じで3階層の増築は進んでいく。やっぱダンジョンの設計に関してはセナの方が上手いな。
そんなふうに感心していると、ふと思い出したようにセナが振り返った。
「そういえば本当にポイズン、パラライズ、スリープで良かったのか? もっと勇者らしいスキルや魔法もあったと思うが」
「まあ、確かにそうだな」
ポイズン、パラライズ、スリープはそれなりに高いスクロールだ。具体的に言うと1つ20,000DPもする。さらに真似キンが外に出るということで万が一にも壊されないように<人形改造>しまくったせいでさらに20,000DPくらい使ったし、そんな真似キンを外に出すのに約10,000DPかかったので合計すると90,000DP近くかけたことになる。この20日で入ったDPと差し引いたとしてもまっかっかの大赤字だ。
まあそれは後で考えるとして、20,000DPものスクロールとなるとそれなりに良いスキルや魔法のスクロールもあった。身体強化のスキルとかめっちゃ有用そうなスキルも十分に買えたしな。毒や麻痺、睡眠なんて状態異常にさせる魔法に比べればよっぽど勇者っぽい。でもな……
「俺たちに不利になるスキルや魔法なんて、勇者っぽいって理由だけで渡す訳ねえだろ。その点、あの3つのスキルなら俺達には意味がねえしな」
「まあ、それもそうか。しかし動けなくして毒殺とは、勇者と言うより暗殺者だな」
「それを言うなよ。俺も若干そう思ってんだから」
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