第53話 さまよう人形の少女とただの男
「あ、あ、あぁ」
壊れたラジオにでもなってしまったかのようにそれ以外の言葉が出てこない。そのくらい目の前の戦いは僕にとって衝撃だった。ううん、戦いと言うよりは一方的ななぶり殺し、虐殺だ。
警察で見せてもらった映像資料でその存在については知っていたし、小説や漫画の中でもサンドゴーレムは比較的メジャーなモンスターだ。警察や自衛隊のパーティは毎日倒していると言う話だったし、小説とかの話の中でも初期の弱い敵であることがほとんどだからいつか自分でも倒せるんじゃないかと何の根拠もなく思っていたけど、これは無理だ。格が違いすぎる。
天井につきそうなほど巨大な砂で出来た体躯は攻撃を受けても全く意に介す様子も無く、逃げようとしてもその砂にからめ捕られて引き寄せられる。そしてその先に待っているのはその巨体を利用した重そうな一撃だ。攻撃を受けた人がどんどんと消えていく。つまり死んだってことだ。
僕に絡んできたグループはいろいろと問題を起こす厄介者の集まりだったけれど、その代わり最もモンスターと戦っていたグループだった。さっき蹴られてわかったけど僕とはレベルが明らかに違ったはずだ。でもそんな彼らが羽虫のように次々と潰され、そして殺されていく。
「くそっ、なんでこんなとこにいるんだよ!」
僕に絡んできた男が地面を蹴って飛び上がり、サンドゴーレムの顔面に木の棒を突き立てる。顔の部分の砂が吹き飛び、小さくない穴が開いた。ニヤッと一瞬笑みを浮かべた男だったが、空中で顔に穴を開けたままのサンドゴーレムに捕まれ、そのまま地面に叩きつけられて消えていった。
もうこの場所には僕しかいない。
ガタガタと足が震える。頭の中は恐怖で埋め尽くされ、死にたくないという生物としての本能が生まれて初めて働いているのに体はそれに従ってくれない。もしかしたらどうやっても逃げられないと理解してしまっているから動かないのかもしれない。
サンドゴーレムが僕目がけて近づいてくる。自分がどうやって殺されるのかわからないけど、自分が攻撃される最後の光景を見たくなくて地面へと目を背ける。
そこにはもう何もなかったけれど、僕の涙で濡れた地面に、あの壊れた案内役の人形を幻視した。
「そっか。そうだよね」
だらんと力が抜け、その場に腰を下ろす。これは報いなんだ。案内役の人形を殺した彼らと助けられなかった僕に対する。
この初心者ダンジョンで死んでも生き返るということは聞いているし、実際別の人が生き返るのを見たこともある。でも案内役の人形を殺してしまった今、確実に生き返るという保証はない。でもそれは仕方がない。ルールを破ったのはこちらの方だし、それに……
僕だって死にたくはない。でも、あの悲しい案内役の人形を、ちゃんと生きていた人形を守れなかったのは僕の責任だ。
僕がもっとしっかりしていれば防げていたかもしれないのだ。いや、僕がそばにいなかったらあいつだって人形を壊そうとはしなかったかもしれない。きっとそうだ。
「ごめん、僕のせいだ」
頭を下げて目を閉じる。この体勢なら攻撃しやすいだろう。まあ僕の低いレベルなんかじゃどんな体勢でも一緒かもしれないけど、せめてもの罪滅ぼしだ。だってあの案内役の人形もきっと死にたくないって思っていただろうから。
視線を感じたのは初めてこのダンジョンに入った時からだった。一緒に入った警察官に視線を感じた先にいた人形について聞くと、ダンジョンの案内役の人形だと教えてもらった。その時には既に視線を感じることは無くなっており、デフォルメされた美少女の人形は自分で動いてはいるけれど魂のない人形、ただのモンスターのように思えた。
でも毎日ダンジョンの1階層をうろうろとしていて気づいた。引きこもっていたせいで人一倍視線に敏感な僕だから気づいたのかもしれないけど、案内役の人形は誰かを見つけたほんのわずかな瞬間、その時だけ視線に意思が宿っていた。
それはまるで自分のことに気付いてと言っているように僕には思えた。
だから僕は人形に話しかけ始めた。放っておけなかった。幸い僕には家族がいたけれど、それでも今までいた仲間が、友達が離れていく寂しさを身をもって知っていたから。孤独の辛さは理解できた。
人形に向かって話したり後をつける僕を他の参加者は気味悪がったり、馬鹿にしたりした。そりゃあそうだ。モンスターに話しかけるなんて正気じゃないと思われるだろう。まあフィギュアとか人形が好きな人なら賛同してくれそうな気もするけれど、そんな人は今回の参加者の中にはいないようだった。
参加者の中で僕は孤立してしまったけれど、そんなのは気にならなかった。
最初は意味がないかもと自分でも思った。視線を感じるのは最初の一瞬だけで、近づけば逃げるし、話しかけても全く反応はなかった。でもそれを毎日続けていて気づいた。
視線を感じる時間がほんの少しだけ長くなっていることに、近づける距離が少しだけ短くなっていることに、話しかけた時ちょっとだけ僕の方を見てくれるようになったことに。
たぶん他の誰も気づかないような微妙な変化だったけど、僕にはそれが確かにこの人形が生きていて、自分で考えているんだと確信させた。
嬉しかった。僕でも誰かの役に立つことが出来た。それが例え人形だとしても。この人形が変わっていく姿を見れば、その手助けが出来れば僕も変われるような気がした。一緒に変わっていけるとそう思っていた。
だから人形が攻撃されそうになった時、怖くて、悲しくて動かなかったはずの体がとっさに動いた。痛みも我慢できた。何が何でも人形を守らないといけないと思った。でも僕には荷が重すぎた。
壊されながら懸命に這い寄ってくる人形を僕は見ることしか出来なかったのに、最後に人形は僕に向かって笑った。普通の人じゃ気づかないくらいの笑みだったけど、それは僕に「ありがとう」と言っているみたいだった。僕は何も出来なかったのに。
だからこれは僕のせいだ。僕がもっと真剣に努力していれば、あいつに殴られても平気なぐらい強ければこんなことにはならなかった。
もし、生き返ることが出来たら、強くなろう。今度こそ本気で、何があっても自分の守りたいものを守れるように。
巨大な手が近づいてくる気配にぎゅっと体を強張らせる。死ぬのは怖いし、痛いと思う。でもそんな痛みをあの人形も味わったんだ。逃げちゃ駄目だ。
頭の上にその手が置かれた。顔を握りつぶすつもりなのかな、と妙に冷静になってしまった頭で考える。痛くないといいなと現実逃避しているとその手がゆっくりと動き出した。
僕の頭がトマトみたいに潰れる……ことはなかった。
その巨大な手は僕の頭を撫でるように優しく動き、そして離れていった。恐る恐る見上げるとサンドゴーレムは既に入口の方へ向かって去っていっていた。そして僕の目の前には、あの人形の残した魔石と液体の入ったフラスコがちょこんと置いてあった。
僕は許されたのか? 何も出来なかったのに。
目の前の魔石と液体を両手に持ち、その重みを感じた瞬間、涙があふれ出てきた。人形がもういないと言う喪失感と許されたと言う安心感、その他にもいろいろな感情がごちゃまぜになって意味が分からなかったけど、ただただ涙が流れていた。
だから最後まで気づかなかった。小さなペタペタと言う足音が近づいて来ていることに。
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そろそろジャンル別の5位から落ちそうですがここまで長期間残れて幸せでした。
落ちても更新はこつこつ続けますので今後ともよろしくお願いします。