第52話 悪行には罰を、善行には……
「はぁ、はぁ、はぁ。今は時間がねえから諦めるが忘れねえからな」
「はぁ、はぁ、はぁ。鳥頭の透が覚えていられるはずがないだろう」
「ぐっ、まあいいや。とりあえずこいつらが先だ」
小さい体躯を生かして机の下とかを逃げ回るセナから手持ちタブレットを奪うことができなかった。
とりあえずあの映像の処分については保留だ。まあ見るとしても俺かセナだけで拡散するとかはねえから安心だしな。
真似キンが倒されてからまあまあ時間が経ったわけだが、クズたちは未だにあの部屋にとどまったままだ。どうやらドロップアイテムの液体について揉めているようだ。飲んでみたい派と持って帰る派に分かれてるようだな。
というか正体不明の液体を飲もうとするって考えられねえな。あっ、何かあっても復活すれば良いって思ってんのか。そう考えると初心者ダンジョンって人体実験に最適なんだな。そういう使い道はしてほしくねえけど。
「なあ、セナ。あの液体って何だと思う?」
「んっ、ちょっと待て……おそらく変身薬だな。効果は1日、好きな相手に変身することが出来るようだ」
セナがタブレットをパパッと操作してそう伝えてくる。あれっ、タブレットに鑑定機能なんてなかったはずなんだがな。
基本的にモンスターからのドロップアイテムに関してはダンジョンマスターは関知出来ねえ仕様だ。だから自分で設置する宝箱と違って何か良くわかんねえはずなんだが。
「なんでわかるんだ?」
「真似キンを<人形修復>するのに必要な素材が変身薬のようだからな。サンドゴーレムも<人形修復>に必要な素材がドロップアイテムだったし、見た目も合致する。ちなみに500DPだそうだ」
「あっ、そういうことか」
セナがさっきタブレットを操作していたのは<人形修復>の必要素材を調べていたってことか。そんなこと思いもつかなかったな。
それにしても変身薬か。500DPもすんのに1日変身出来るだけって微妙だよな。まあ犯罪には使えそうだし、好きな芸能人とかに変身できるって考えたら安いのか? 俺にとっては高いとしか思えねえけど。
それにしてもクズたちが動いていないのは幸いだった。外に出られたら手出しが出来ねえしな。こいつらにはそれなりの報復を受けてもらわねえといけねえんだが、何というかはっきり言ってこいつらに対して労力を使うのが面倒くさくなってきたんだよな。むしろそれよりも初心者ダンジョンとして今回の出来事をどうやって伝えるのかって問題と後は……
タブレットに映る、未だに真似キンのために涙を流し続ける瑞和を眺める。
「あいつには報いてやりてえよな」
「そうだな。真似キンの擬態とはいえ私を守ろうとしてくれた訳だしな」
「スクロールでも渡してやれば良いのかもしれんが、どうやって自然に渡すかが問題なんだよな」
あともうちょっとで良い解決方法が出そうな感じなんだが、最後の最後で出てこねえんだよな。とはいえあんま時間をかけすぎると本当にクズたちに逃げられちまう。後日に報復っていう手もないわけではないが、すぐにした方が自然だしな。
「よし、とりあえずクズに罰を与えるか。ちょっとサンドゴーレム先輩に頼んでくるわ」
「わかった。こっちも対応を考えておく」
セナに言い残してマスタールームの奥の1室に向かっていく。扉を開けて入ったその部屋にはサンドゴーレム先輩のドロップアイテムであるサンドゴーレムの白砂が回収してあるのだ。
今は1層から3層まですべての階層に人がいるからモンスターの召喚も命令の変更も出来ねえ。唯一の例外はこのマスタールームだけだ。一応4層を作るって手も考えたんだがどっちにしろ他の層に接続できねえから意味がねえんだよな。
つまりクズたちに罰を与えるにはコアルームで呼び出したモンスターに命令をして、隠し扉を通じて1層に出るしかない。隠し扉が見つかる危険はあるが改造はしてあるし、なにより死に戻りを除けば一度ダンジョンに入ったらあんま階層を移動しないのはこの20日見てきてわかってる。見つかる可能性は高くないはずだ。
ちなみに今サンドゴーレム先輩がドロップアイテムの状態なのは単純な問題だ。砂だから変形できるとはいえサンドゴーレム先輩は通常3メートルの巨人なのだ。
現状でサンドゴーレム先輩がダンジョンのモンスターとして出るのは3階層のボス部屋でしかも単体なので2体いる現状では1体の居場所がないのだ。マスタールームに置くってのも圧迫感がすげえし、個室に閉じ込めておくってのもなんだかなあと思うしな。
そもそもポンプなんて反則を自衛隊の奴らが使わなければこんな問題は起きなかったんだけどな。まぁ、今はどうでも良いか。
あぐらをかいて座り、サンドゴーレムの白砂へと手を当て意識を集中する。
「<人形修復>」
サンドゴーレムの白砂が光を帯び、それが徐々に形を変えていく。そして俺の想像通りにサンドゴーレム先輩は復活した。ちなみにこっちは最初に召喚したサンドゴーレム先輩1号だ。
物置として使うために作ったそこまで大きくない真四角の部屋でサンドゴーレム先輩は膝を曲げた状態で待機する。やっぱこの部屋もう少し拡張した方が良いかもしんねえな。まあそんなことは後だ。
「先輩。今日はちょっといつもと違う仕事を頼む。こいつらを、ここで泣いている奴は除いて1度全員殺してくれ。そうしたら1階層の最初の部屋の復活地点で待機だ。先輩が着き次第こいつらを復活させるから捕らえてから首だけ出した状態で拘束しといてくれ」
「……」
こんだけ詳細な指示をしたことなんてねえから大丈夫かと思ったが、サンドゴーレム先輩はこくりと首を縦に動かした。さすが先輩だぜ。
「こいつらはお前の姉の真似キンを倒しやがった奴らだ。捕らえたらたまに締め付けたりしても良いからな。でも殺すのはだめだ。こっちの手間も増えるしな。あと、これは先輩には申し訳ないことになるが、もし他の奴らがこいつらを助けるために攻撃してきてもそいつらには反撃しないでくれ。あくまで罪はこいつらにあるからな。損な役回りですまん」
「……」
サンドゴーレム先輩は再びコクリと首を縦に動かして了解を示した。攻撃されても反撃をすんななんてダンジョンマスターとして、というより人として最低の指示だ。
徐々に体を変形させながら部屋を出ていこうとするサンドゴーレム先輩の背中を申し訳ない気持ちで眺めていると、その背中越しにこぶしを握った状態で親指を立てるサムズアップを俺に見せ、先輩はコアルームから消えていった。
やべぇ、先輩がかっこいいんだけど。っていうかあいつも意思持ってんじゃねえか?
「透、なにを呆けているんだ?」
「先輩がな……いや、まあそれは後で良いや。何か良い案は浮かんだか?」
「うむ。明晰な私の頭脳に感謝し、むせび泣くがよい。さあ泣け」
「いや、まずはその案を聞かせろよ」
「やれやれ。仕方のない奴だ」
セナがもったいぶりながら考えたという案を俺に話していく。ところどころで意見を交えながら聞き終えたが、確かにこの方法なら瑞和に報いたうえでこのダンジョンをチュートリアルとして維持することも出来るはずだ。リスクが全くないってわけじゃねえし、どこかに穴がある可能性だってある。だがそんなのは承知済みだ。
俺とセナ、そしてこの初心者ダンジョンなら乗り越えられるはずだ。
「ふふっ、では始めるとするか」
「おう。ゆうしゃ誕生だ」
俺とセナはクズたちに襲い掛かるサンドゴーレム先輩の姿とそれを唖然とした表情で見つめるゆうしゃ瑞和を眺め、にんまりと笑った。
お読みいただきありがとうございます。
もうすぐ3,000ブクマです。多くの方に読んでいただき感無量です。ありがとうございます。