第51話 本当に大切なもの
壁掛けのタブレットに映るクズたちを睨みつける。楽しげに笑うその姿に、俺の心の中がドロドロとした何かに埋め尽くされていく。
どうやってこいつらを殺してやろうか。その報いを受けさせてやろうか。噛み締めすぎた奥歯がギリっと音を立てる。
「ふっ」
「なんだよ」
いきなりこちらを見ながら吹き出したセナへと非難の目を向ける。こいつも俺と同じ気持ちだと思っていたんだが、やっぱ人形じゃこの想いは……
「悪いな。懐かしかったのだ」
「懐かしい?」
「あぁ。透は今、あいつらが憎くてたまらないだろ。どんなことになってもあいつらに報復してやろうと思っているだろう?」
「そうだな」
セナが急に真面目な顔になって話し出す。その内容は見事に俺の心の中を見通していた。うなずきながら返事をする俺へセナが優しく、そしてどこか寂しそうに微笑みを向ける。
なぜセナがそんな表情で俺を見るのかはわかんねえが激情に押し流されそうになっていた心が少し落ち着き、そんな表情をする理由を知りたいという想いが浮かび上がってきた。
「やめろ、とは言わんし、言えん。だが優先すべきものを間違えるなよ」
「どう言う意味だ? 瑞和の優しい心を踏みにじり、真似キンを殺したのはあいつらだぞ」
「殺した? 倒したではなく?」
「……」
そのセナの指摘に黙り込む。言われてみればそうだ。真似キンは〈人形修復〉で復活する事ができる。現にパペットやサンドゴーレムが今まで倒されても俺は取り乱すことはなかったし、警官や自衛官を憎いと思ったことはなかった。
それなのになんでここまで……それになんで殺したなんて言葉が自然に……
自分自身納得のいく理由が思いつかず顔を上げる。そこには俺の答えをじっと待つセナの姿があった。その澄んだ紫の瞳に心配の色を含ませながら何も言わずに俺を見つめていた。
その瞬間、俺はその理由を理解した。確かにあいつらが瑞和の優しさを踏みにじったことや真似キンを倒したことに怒っていないってわけじゃねえ。
だがそれよりも俺を怒らせたのは……
いや、俺を恐怖させたのは……
こいつが殺される光景を見せられたからだったんだ。
せんべいばっか食ってやがるし、俺をからかって遊びもする。くだらないことで喧嘩したことなんて数え切れないほどだ。
でも、こいつと一緒にいるのは居心地が良かった。記憶を失い、その上ダンジョンマスターなんていう訳のわからんもんにさせられたのに正気を保つだけでなく、それどころか楽しいとさえ思えたのはセナと言う最高の人形がいたからだ。
こいつは紛れもなく生きている。例え人形だとしても。だからこそ殺されたと言う言葉が出てきたんだ。
カーっと顔が熱くなる。セナにこんなに思い入れていることをこんなことになって自覚するなんてな。でもセナにそれを悟らせる訳にはいかねえ。絶対に調子に乗りやがるし。
セナのことは気に入っているが、俺はピュグマリオンみたいに人形にマジで恋なんてしねえし。
なんとか悟らせないようにと眉間にシワを寄せて時間を稼ぐ。早く、なんか言い訳を思いつかねえと。
必死に頭を働かせていると、セナがゆっくり近づいてくる。その姿はまるでタイムリミットを告げる使者のようだった。背中を嫌な汗が伝う中、セナの小さな手が俺に触れた。
「殺されたと言うほど人形たちのことを想ってくれるのは私も嬉しい。真似キンは私の妹分のようなものだしな。しかし、勘違いするな。私達が本当に殺されるとしたらそれは〈人形修復〉出来なくなった時、つまり透が殺された時だ。だから……」
「だから?」
俺を上目遣いで見ながら言葉を止めたセナに続きを促す。しばしの間、見つめ合ったまま沈黙が続き、そしてセナがふいっ、とそっぽを向いた。
「生きろ。死と言う抜け出せないループに足を踏み入れるな。あいつらにはそんな価値はない。いつか、そうせざるをえなくなったその時は私が半分背負ってやる」
そう言ってセナは俺に背中を向けた。半分を背負うと言ったその小さな背中を見つめ小さく笑う。
もう、あいつらへの抑えようの無いほどの感情は残っていない。それよりもこの頼りになる相棒の不器用で優しい希望に俺の心は満たされちまったからな。
セナの頭へと手を伸ばし多少乱暴に撫でつける。セナは迷惑そうな顔をしながらも、どこか嬉しそうに見えた。
俺は決めた。殺しはしねえ。チュートリアルの内容も超えねえ。でもその行為の対価は払わせてやる。十分すぎる程にな!
「じゃあ始めるか。チュートリアルのお約束を破った悪い子には罰が必要だ。存分にチュートリアルを味わってもらおうぜ」
「そうだな。私にいくつか考えがある」
「おっ、どんなのだ?」
「まぁ、焦るな。まずはこれを見てからだ」
「どれどれ?」
何か妙案があるのかとセナが持っている手持ちのタブレットを覗き込む。そこに映っていたのは……
「判決を言い渡す。死刑だ!」
傍目から見ると、めっちゃドヤ顔をしながら痛いセリフを叫ぶ俺の姿だった。
「テメェ、消しやがれ!」
「何を言うんだ。私の集めている透の迷言集の中でもトップクラスの一言だぞ」
「ぜってえ、『めい』の字が違うだろうが!」
タブレットを奪おうとする俺に、セナはいつも通りの小憎らしい笑みを浮かべながら逃げだした。
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