第50話 優しさの先に
「ぐっ」
「邪魔だ、どけよ」
顔をしかめ、木の棒を持った手をぶらぶらと振りながらクズがすごむが、瑞和は顔を上げることもなく首を横に振った。そして体をぎゅっと縮こまらせて真似キンをかばってみせる。その姿に思わず俺はこぶしをぎゅっと握り締めた。
やっぱいい奴じゃねえか。自分の身を呈して真似キンをかばうなんて普通できねえだろ。たとえ過去に痴漢してしまったんだとしても、今ここまで人形を大事にするこいつを俺は嫌いにはなれねえよ。
「おらっ、どけって言ってんだよ」
クズが木の棒を瑞和の顔のすぐそばの地面に叩きつけたりして恫喝しているが、亀のように縮こまって瑞和は動こうとしない。まあ瑞和の下で真似キンが逃げようともぞもぞ動いているのがちょっと場違いだが仕方ねえ。捕まえられたら逃げろとしか指示してないし、人がいるからその指示を変更することも出来ねえしな。
しばらく瑞和の周りをぐるぐると回りながら大声を出したり、地面を叩いたりして恫喝を続けていたクズだったが、1つ深呼吸をすると意を決した様子で瑞和の腹をサッカーボールでも蹴るようにして蹴飛ばした。もともとの体力差か、何度も死にながらもパペットを積極的に倒してきたクズとそうではない瑞和の差かはわからねえが、蹴られた瑞和はこらえきれずにごろごろと転がっていき、そして苦しそうに咳き込みながら床へと倒れこんだ。
クズと真似キンの間をさえぎる物はなくなってしまった。それが意味することは明らかだ。
ふつふつと、俺の中で何かがふつふつと湧き上がっていく。こんな訳のわからんダンジョンマスターになんてされてから初めて抱いた感情だ。怒り? 憎しみ? この感情を表す言葉がうまく見つかんねえ。
クズが真似キンのそばで木の棒を振り上げる。瑞和が顔を土で汚しながらもそれを止めようと手を伸ばしていた。だが転がったせいでその距離はあまりにも遠く、その行為には意味がなかった。
いや、意味はある。お前の気持ち俺に届いたぜ。そしてありがとうな、俺の人形を助けようとしてくれて。
「なあ、セナ」
「なんだ?」
「ブートキャンプで教官に逆らった、いや教官を殺した奴がいたらどうなるんだ?」
「そうだな。国によるが、まあ軍法会議にかけられるということが多いな」
平然と淡々とした口調で答えるセナだが、俺と同じように握ったこぶしを震わせていることからもこいつの気持ちが俺と同じだとわかった。
クズの木の棒が真似キンに向かって振り下ろされる。セナの姿を真似していて小さいしそこまで強いわけではないが、それでもパペットより真似キンは強くて頑丈だ。だからこそ何度も、何度も、何度も木の棒が振り下ろされていく。
「や、やめろ……」
「ちっ、さっさと死ねよ。このくそ人形が」
木の棒が振り下ろされるたびに、少しずつ真似キンの動きが鈍くなっていく。その折れた手足で必死に、逃げろと言う俺の指示に従おうとしている。セナみたいな使い魔やサンのような特別なモンスターとは違い、真似キンは普通のモンスターのはずだ。今まで俺の指示のとおり1階層を巡回する以外に特別な行動なんて取ったことはねえからな。
だから偶然なのかもしれない。真似キンが救いを求めるように瑞和の元へと向かおうとしているのは。その体の一部を千切れさせながらも、ただ瑞和だけを見つめ這いずり進んでいるのは。
「ぐあああ!」
瑞和が満身創痍の体に鞭を入れるように大声で叫び、立ち上がる。そして真似キンに向かって手を伸ばしながら駆けた。普通に歩くよりも遅いかもしれない速度ではあったが瑞和は確かに駆けていた。
そしてその手がついに真似キンの折れた指へと触れたその瞬間、クズによって振り下ろされた木の棒をまともに頭に受けた真似キンはパッと光の粒になって宙に消えていった。
残ったのはパペットのものよりも大きな魔石とそしてフラスコ状の容器に入った透明な液体。それだけだった。
「うおおおー」
瑞和の慟哭が部屋の中に響く。涙をぽろぽろと流しながら瑞和が真似キンがいた場所へと額をぶつける。そんな瑞和の様子を見ながらへらへらと笑い、当然のようにクズは魔石と液体の入ったフラスコを手に取り仲間の元へと意気揚々と戻っていった。クズの仲間たちも今まで見たことのない大きさの魔石やドロップアイテムに興奮しながらはしゃいでいる。
「なあ、軍法会議ってどうやるんだ?」
「専属の裁判官がいたり、幹部クラスまたは上官が裁いたりもするな。まあこのダンジョンは透がマスターだ。お前の好きにすれば良い」
「そっか。そうだな」
タブレットから視線をはずして天井を見上げ、そして目を閉じる。
瑞和は気づいただろうか。最後の最後、瑞和と手を触れた真似キンがわずかに笑ったことに。消えてしまう前のほんのわずかな時間に、その空虚だった瞳に想いが宿っていたことに。
瑞和がなんで真似キンを守ろうとしてくれたのか俺にはわかんねえ。世間から見ればただのモンスターを守ろうとした馬鹿に映るのかもしれねえ。
でもその優しさは俺だけじゃなく真似キンにも通じていた。だから、だから俺は……
「判決を言い渡す。死刑だ」
その優しさを踏みにじりやがったこいつらを許すわけにはいかねえんだ。
そうだろ、真似キン。
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