第49話 ソロとクズ
この小太りの男は初日に1階層のチュートリアルを1人でして、個人としては過去最高の200DPをたたき出したあの男だ。
こいつは何というか変わった奴で、ずっと1人でダンジョン探索をしている。まあ3階層に行くことはほとんどなくて1階層で最初のレベル上げ用のパペット相手に戦ったり、今のように真似キンを観察してみたり、かと思えばダンジョンの様子を地図や絵に描いてみたりとマイペースにダンジョンを探索していた。
たまに絵を描いているところをタブレットで見たりするんだがなかなか特徴を捉えていて上手い。それに描いているときの顔が幸せそうなんだよな。好きなことをしているってのが良くわかる。
今もどうやら持ってきたノートに真似キンの姿を描いていた最中だったようだが、人が来た気配を感じてやめたみたいだな。別に下手なわけじゃねえんだから堂々としてりゃあ良いんじゃねえかと思うが、まあその辺はこいつの勝手だしな。
「およ、ヨシッチ。どしたん?」
先に進んでいたパリピのグループの女がヨシッチがついてきていないことに気付いて振り返る。しかしヨシッチはその声に応えずにつかつかと小太りの男に向かって歩いて行った。関わりあわないようにと小太りの男が顔を背けたがヨシッチはわざわざ回り込むようにしてその顔を覗き込む。そしてその顔を一瞬嫌らしく歪ませた。
「あれあれー、どこかで見た顔だと思ってたら瑞和 優希先輩っすよねー。痴漢で会社を首になったって言う」
「ち、違う!」
「えー、こいつ痴漢なの。そマ?」
「マジだって。会社の先輩に写真見せてもらったし。いや、まさかこんなとこでエンカするなんて」
皆に聞こえるように大声でわざとらしく驚くヨシッチに対して、小太りの男、瑞和はぶるぶると震えながら俯いて黙ってしまった。
やっぱこいつ、俺嫌いだわ。ほぼ初対面の人間を完全に犯罪者扱いしやがるし。しかもドヤ顔でそれをわざわざ皆に広めようとするってのが最高に気持ち悪い。
しかし痴漢か。これまで見てきた限り瑞和がそんなことをするようには思えねえんだけどな。でも黙ってしまって否定し続けないってことは認めてるってことか。まあ更生したってことかもしれんが。
「なに持ってんだよ?」
「あっ!」
ヨシッチが瑞和の持っていたノートに気付き取り上げる。瑞和もとりかえそうと手を伸ばしたが、その手がヨシッチの持つノートに届くことはなく、その直前でプルプルと震えながら止まっていた。
そんな瑞和を無視してヨシッチがノートをパラパラとめくっていく。
「きもっ。なにモンスターの絵なんて描いてんだよ」
「あっ、うっ」
「うわっ、その反応もきもいわ。性犯罪者の描いた絵なんてゴミだよな。ゴミはゴミらしくってね」
ヨシッチがセナの姿の描かれたページをびりびりと引き裂いていく。瑞和はそれをとても悲しそうな顔で見ていたが、結局止めることはしなかった。他のページもびりびりに破っていったヨシッチがその紙を瑞和の頭から振りかける。パリピのパーティの他のメンバーも楽しそうに騒いでいるだけでその行為を止めようともしない。
「なあ、セナ」
「んっ、なんだ?」
「俺、こいつ嫌いだ」
「偶然だな。私も嫌いだ」
とはいえ直接手が出せるわけじゃあねえんだけどな。今は1から3階層まで全部人が入っているからダンジョンを改変したり、モンスターに指示を出したりも出来ねえし。
次こいつらが死んだときに生き返らせないでおこうかとも一瞬考えたが、さすがにそんなことをすれば変な疑いを持たれるしな。死亡回数に制限があるとか思われて、初心者ダンジョンとして挑戦してもらえなくなる可能性だってあるんだし。
流石に瑞和がひどいことをされたからってそんなことは出来ねえ。俺とセナの安全な暮らしが第一だ。第一なんだけど、このもやもやした気持ちはどうすればいいんだろうな。
何を言われても、何をされても反抗してこない瑞和に飽きたのかヨシッチ、いやもうこいつのことはクズでいいや、やってることはクズそのものだしな。クズがつまらなそうに舌打ちする。
そしてクズは瑞和から視線を外し、真似キンへと視線を移した。真似キンが空虚な瞳でクズを見つめる。
「おっ、そういえばこいつも結局モンスターじゃん。しかもレアだし、経験値とかドロップアイテムとかあるんじゃね?」
クズが真似キンに向かって棒を振り上げる。こいつマジか! 事前の警察の説明で真似キンには絶対に手を出さないようにって言われてただろ。
真似キンは振り下ろされようとしている棒を見て逃げようとしているがその速度は逃げ切れるほど早くない。そもそも真似キンは1000DPもするモンスターではあるが姿を変形させるその能力が貴重なのであって、別に強いってわけじゃない。まがりなりにもパペットと戦い続けてレベルの上がったクズ相手では荷が重いはずだ。
確かに倒されても<人形修復>で直せる。多少のDPはかかるだろうけどな。でもセナの姿に攻撃を加えようとしていることが俺をなにより苛立たせた。
ボグッ
木の棒が何かをたたく鈍い音が響く。木の棒に打ち据えられた真似キンが床に崩れ落ちる。そう俺は思っていた。しかしそんな光景がタブレットに映ることはなかった。
タブレットに映っているのは真似キンをかばうようにその体を覆いかぶさらせた瑞和が木の棒で殴りつけられ、腹を抑えながらうめいている姿だった。
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