第47話 ダンジョンへの新たな侵入者
篠崎に先導されて1階層を歩いていた5人がダンジョンコアを取り、暗くなった部屋に驚いたり、その後出てきた宝箱に喜んだりと初々しい反応をしている。そして宝箱から取り出した木の棒を交代で持ち、その感触を確かめると篠崎に武器についての説明を受けながらダンジョンから出て行った。
「これで100人か」
「そうだな。時間も時間だしさすがに打ち止めか? キリも良いし」
「かもしれんな」
次の奴らが入ってくる様子もねえしたぶんそうなんだろう。
今日は朝からいつもとは違っていた。いつもは8時になると警官とか自衛官とかが入ってきてダンジョン探索をするんだが、3階層で訓練する1グループを除いて他の奴らは1階層の入口の建物の中に入ったり、その辺を見回るくらいしかしなかったのだ。
なんか変だなとセナと様子を見ていると、10時を過ぎた頃に変化が現れた。警官に引き連れられて6人の男女が入ってきたのだ。これが新しい警官とかだったら少し開始時刻が遅れただけだったんだが、運動しやすい格好という共通点はあるもののその服装はバラバラで、興味深そうにキョロキョロと視線を動かしパペットに驚く姿は明らかに今までの警官や自衛官とは違っていた。
俺にもセナにも直ぐにわかった。この6人が一般人であることが。
警官に案内されながら1階層を回るその姿は、どこか観光ツアーをしている旅行客のような感じだった。何て言うのか微妙だが、怖さ半分面白さ半分って感じか。まあ1階層で危ないことなんてないし、それも仕方がないのかもしれねえけど。
「じゃあ飯にすっか」
「うむ」
10DPを使ってカツ丼を召喚する。出来立てホカホカの黄金の卵に包まれたカツがどんぶりの上で存在感を放っている。半透明になった玉ねぎとちょこんと置かれた三葉の彩り、そして立ち上る湯気。食欲をそそるその匂いが胃をぎゅっと締め付ける。なかなか美味そうだ。
「「いただきます」」
セナと2人で手を合わせ、そして俺はカツ丼のカツを箸でつかみあげるとそれを口に放り込む。卵、ダシ、そしてなにより豚肉の肉汁が口の中で絶妙にお互いを引き上げていく。やっぱ10DPの飯は美味いな。
目の前ではセナがその小さな手で箸を上手に使いながらカツ丼をバクバクと食べ進めている。ちなみに俺と同じ量なのでセナの大きさから考えたらかなりの量だと思うんだがセナが食べ残したことは一度もない。
「んっ? なんだ?」
「いや、相変わらず飯の時は静かだなと思ってな。せんべいを食べるときは長い講釈を聞かせてくんのに」
「ふっ、そんなことか」
セナがそんなこともわかっていないのかと肩をすくめて鼻を鳴らした。
「いいか。食事は自らの体を作る栄養を補給するものだ。美味しいに越したことはないが逆に言えば栄養さえあれば味は二の次で良いのだ」
「ほうほう」
「せんべいは心の栄養の補給だ。その素晴らしさを語ることでさらに心が癒されるのだ。ほら、簡単なことだろ」
「うるさいわ! っていうかまずい飯でも良いって言うならあのクソ不味いレーション食わせっぞ」
ドヤ顔で語っていたセナだったが俺の言葉を聞いた瞬間に明らかにテンションが落ち、そして深い闇を抱えた瞳でわなわなと震え始めた。
「お前には人の心が無いのか!?」
「すまん。俺も言いすぎた」
涙を流さんばかりのその表情にあっさりと発言について謝罪する。
前に1度だけセナの話に興味がわいて1DPで購入できるやつを買って食ってみたのだ。見た目もドロドロしてて全く美味そうじゃなかったし、セナもやめておけって言っていたのにまあ言うほどでもねえだろという安易な気持ちでな。
結果は言うまでもねえ。あんなもんを食いながら戦っていた昔の兵士ってすげえなって気持ちは芽生えたけどな。
食事を再開しセナが先に食べ終え、少しして俺も食事を終える。空になっていたセナの湯呑にお茶を注ぐと、ずずっと音を立てながらセナが美味しそうに飲んだ。その姿にちょっとニヤっとしそうになるのを隠すために俺もお茶を飲む。
ふぅ、落ち着いたな。
「しかし今日の奴らは一体なんだったんだろうな?」
「明らかに一般人だったよな。ダンジョンを民間に解放することにしたのかもな」
「そうなのか。私には遊び半分で来ているようにしか思えなかったぞ」
「まあ確かにな」
確かに今日来ていた奴らの様子を見ていた限り、どこか夢心地というか現実ではないゲームで遊んでいるようなそんな印象を受けることが多かった。もちろんそうじゃない奴らもいたが、比較的若い層は特にその傾向が強かった気がする。
「入手したDPも初めての割にそこまでじゃないしな」
「あー、どんなもん入ったんだ?」
「およそ4,000だ。1人あたり40くらいだな」
「マジか?」
にわかに信じられずに聞き返すとセナが頷きながらタブレットを差し出してきた。そこに書かれた今日のDPの推移を見ると確かにセナの言ったとおりだった。
今まで半年以上ダンジョンでDPの増え方の記録を取ってきたが初めての奴から得られるDPが50を切ることはなかった。まあ完全に初めてか初めてじゃないかを認識できていた訳じゃあないから誤差はあるのかもしれねえけど、ここまで少ないのははっきり言って異常だ。
「武術経験者とかはポイントが高いのか?」
「いや、今日の中でも高いものはいるからな。特にこいつは飛び抜けている」
セナが指さした場所に書いてあった人数は2人。つまり警官とそいつだけということだ。こいつについてはよく覚えている。20代前半くらいのちょっと小太りの男だった。他の奴らから少し間を開けてから入ってきたし、1人で案内されていたから特に印象に残っている。
「200DP!?」
その横に書かれた取得したDPの数値に思わず声をあげる。警官を1人伴っているとは言え、その警官は既にダンジョンに入ったことのある奴だからこのポイントのほとんどはその男から得られたDPって訳だ。個人としては歴代最高じゃねえのか?
その男は武術なんかとは縁は全くなさそうだった。終始ビクビクしていたし、パペットを倒すのにも一苦労していたくらいだからな。
つまり俺の説は外れたわけだ。
「やはりその者にとって試練となったかどうかで判断されているようだな」
「その可能性は高いな」
今までなんとなくそうじゃないかと思っていたことだったが、反応のわかりやすい一般人が入ってきたことで裏付けが取れた。得られたポイントは少なかったが、別の意味で収穫があってラッキーだったな。
となると次に気になるのは……
「問題は明日以降の様子か?」
「そうだな。新しい者たちが1階層を同じように巡るのか、それとも今日の奴らが先へと進むのか? そしてそれがどれだけ続くのか?」
「やっぱ情報は必要だな。潜入させるか?」
タブレットに映った建物を指さしながら顔を伺うと、少し悩んだあとセナはその首を横に振った。
「まだ待ちだな。潜入は警戒が緩んだ頃に行うべきだ。今は地道に会話から拾った方が良いだろう」
「了解。じゃあ、まあ現状維持ってことだな」
「うむ」
とりあえずの結論が出たので、温くなってしまったお茶を捨てて新たに淹れなおしに行く。振り返るとセナがせんべいを机の上に並べてどれを食べようか迷っていた。
お茶をセナに淹れ、俺も倒されたパペットたちの〈人形修復〉を行う。コアルームにはゆったりとした時間が流れていた。
こんな日常が続いてくれれば良いんだけどな。
しかしそんな俺の願いは叶わず、翌日から初心者ダンジョンの様子は大きく変わり始めたのだった。
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