第41話 <人形修復>の落とし穴
「あー! 先輩が……」
「ついにやられたか。まあそろそろだとは思っていたが」
俺とセナが見るタブレットに映し出されているのはむき出しになったサンドゴーレム先輩のコアに桃山の棒が突き刺さり、粉々に砕けて弾け飛んでいく光景だった。コアを失ったサンドゴーレム先輩がぐずぐずとその巨体を崩していきながら恨みがましそうに桃山へと手を伸ばす。しかしそれはあっさりとかわされ、先輩はサラサラとした砂に戻って地面へと落ちていった。
ふぅ、と息を吐き、刀から血を飛ばすように棒を一振りした桃山へと4人の警官たちが駆け寄って行き、皆で喜びを分かち合っている。涙まで流している奴もいるな。まあこの3か月間どれだけサンドゴーレム先輩に殺されてきたかを考えれば当たり前なのかもしれんが。
加藤もいたんだが、ついさっき殺されちまって入り口に戻っているのでこの輪には入っていない。つくづく残念な奴だな。
サンドゴーレム先輩の残骸である白い砂の上に残った、パペットのものよりも格段に大きな魔石を桃山が拾いボス部屋の奥へと進んでいく。そしてボス部屋の奥の扉を抜けた先にある小部屋にあったのは金属で作られた頑丈な宝箱だった。
「これは期待できますかねー」
そんなことを呟きながら桃山が無造作に宝箱を開ける。その瞬間、宝箱からヒュンと音を立てながら鉄の矢が桃山の眉間目がけて飛びだした。
「桃山さん!」
「……ちょっと油断したねー。宝箱にも罠があることがあるってことかー」
だらだらとこめかみの辺りから血を流しながらも桃山はいつも通りの口調だ。至近距離からかなりの速度で放たれた矢を体をひねって避けやがったんだ。完全には避けきれなかったようだがな。しかしこの3か月間でこいつの非常識さにも磨きがかかってきたように感じてたが、ここまでかよ。
出血を抑えるために磯崎が取り出したハンカチを桃山の傷口に当てようとしたが、桃山は首を横に振ってそれを断った。その視線は宝箱の中のスクロールへと注がれている。
「またこの巻物かー。加藤さんみたいに魔法が使えるようになるんですかねー」
「かもしれませんね。使っちゃ駄目ですよ。まずは持って帰って神谷班長に報告です」
「ちぇー。じゃあ私、先に帰るねー」
「えっ、桃山さん!」
言うが早いか桃山が腰に装着していた拳銃を引き抜き自分のこめかみへと当てると、ためらいなくその引き金を引く。ターンと言う音が部屋に反響した。
血にまみれた桃山の体がどさりと地面に倒れ伏す。かなりスプラッタな光景だ。直ぐに復活させねえと。
タブレットを操作して桃山を生き返らせて大きく息を吐く。人が死ぬ光景はあんま好きじゃねえんだよな。生き返った桃山は死んだことなど特に気にした様子もなくダンジョンから出て行ってるけど。
「あの女もかなり狂ってるな」
「まあな。原因の一端は俺たちのせいだけどな」
しみじみとしたセナの声に苦笑を返す。
この3か月間、サンドゴーレム先輩に挑んでは殺されるという体験を積み重ねてきた結果、桃山を含め警官たちの生死観はかなり崩れてきてる。おそらく桃山が銃で自分の頭をぶち抜いたのは鉄の矢で負った怪我を治すためだろうし、それを見ていた他の警官たちの反応も「また報告書が……」とか「帰ったら桃山さん、絶対いないですよね」とかの愚痴だったしな。
このダンジョン限定だったらそんな感じでも良いのかもしれんが、他のダンジョンだったり日常生活でおかしなことにならなければ良いんだがな。
まああいつらのことは別にどうでも良いか。それよりも今は倒されてしまったサンドゴーレム先輩を<人形修復>しねえと。
サンドゴーレム先輩はこれまで桃山たちでさえ超えられない壁としてボスとしての役割を十分に果たして来てくれたからな。まだまだ他の奴らには十分通じる強さがあるし、これからも頑張ってもらおう。
あぐらをかき、手を掲げるお決まりの<人形修復>をするいつもの格好で目を閉じて意識を集中させる。サンドゴーレム先輩のことを十分に想像し、はっきりと像がイメージできたところでゆっくりと目を開く。
「<人形修復>」
いつも通りの手順だ。すぐにやられるパペットたちの<人形修復>を既に何千回も繰り返してきた。失敗なんてするはずがない。そう思っていた。
しかしそこにはサンドゴーレム先輩が現れることはなく、空っぽの俺の手をセナが覗き込んでいるだけだった。しばらく見続けていたセナだったが、その視線がゆっくりと俺の顔へと向き「ふんっ」と小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「失敗のようだな」
「くっそー。まだイメージが固まってねえのか。仕方ない。タブレットで復活させるぞ」
タブレットを操作し<人形修復>の項目からサンドゴーレムを選択する。いつもならここで(修復しますか?)という文言と(はい)(いいえ)の選択肢が現れるはずなんだが、今回に限ってはそうではなかった。
タブレットの画面に見慣れないウィンドウが立ち上がったのだ。それをセナと2人で見つめる。
「(サンドゴーレムを<人形修復>するには素材が足りません。不足材料を購入しますか?)って何のことだ?」
「ふむ、とりあえず不足材料とやらを確認してみればどうだ?」
「それもそうか」
タブレットを操作して不足材料を確認してみると、必要なのはサンドゴーレムの白砂という材料らしい。そのお値段は……2,500DPだと! 普通に召喚した場合の半額じゃねえか。
あっ、違うわ。サンドゴーレムの白砂を用意した上で<人形修復>するんだから合わせて3,000DP。つまり6割もかかるってわけか。4割安く修復できるって考えたらお得なのかもしれんが素材も必要なく修復出来るパペットを知ってるだけに損した気分だ。
「もしかしたら高いDPの人形系モンスターの<人形修復>には素材が必要なのかもしれんな」
「マジか。はぁ、やっぱ世の中そうそう上手くいかねえもんだな」
全ての人形系モンスターを10分の1のDPで<人形修復>出来たならダンジョンにとってかなりのメリットだったんだがな。そうそう俺たちの都合良くはいかねえってことか。
いや、むしろ切羽詰まった状況で知ることにならなかったことを幸運だと思わねえとな。
そんなことを俺が考えている横でセナはじっとタブレットを見つめていた。そしてしばらくしてこちらを振り返りニヤッとした笑みを浮かべる。
「まあ今回に限ってはそうとも言い切れんがな」
「んっ、どういうことだ?」
「ほらっ、これを見てみろ」
セナが差し出してきたタブレットの画面には先程までサンドゴーレム先輩が戦っていたボス部屋が映し出されている。もう警官たちは帰ったので先輩の残骸が白い山になっているだけだ。
意味が分からず首をひねる俺に業を煮やしたのか、セナが白い山を指さした。
「おそらくこれがサンドゴーレムの白砂だ。モンスターは倒されたら消えるからな。残っているということはこの砂はドロップ品ということだ」
「確かに。ってことは……」
「ああ。これを回収すれば問題あるまい」
実際、セナの予想は正しく残骸だと思っていた白い砂の山はサンドゴーレムの白砂であり、3階層に人がいなくなったところで回収し<人形修復>してみたところ問題なく修復することが出来た。
まさか桃山たちも砂がドロップ品だとは思いもしなかっただろうな。何に使えるのかはよくわからんがとりあえず俺たちにとって助かったことは確かだ。
お読みいただきありがとうございます。
ジャンル別日刊5位を1日キープ出来ました。これからもコツコツ頑張ります。